幕間 ~『幼馴染たちの葛藤』~


 個人経営の小さな街の宿屋で、女性の鳴き声が響く。涙を流しているのは金髪赤眼の少女、マリアだった。彼女は机の上に伏せながらポタポタと涙を零している。


「うっ……ぐす……わ、私が悪いの……私が酷いことを言ったから……」

「マリア、君のせいじゃない。そろそろ泣きやみなよ」


 マリアの傍には幼馴染のジニスが寄り添っている。彼は慰めるようなことを口にしながら、彼女の位置から顔が見えないのを良いことに、ニヤニヤと笑っていた。


「わ、私が、付いていてあげれば……アルクは……ぐすっ……」

「何度も言うよ。君は悪くない……誰かが悪いとするならば、ジークと逸れてしまった僕に責任がある」

「ジニスのせいじゃないわ……魔物に襲われたのは不可抗力よ」

「まさか僕もあんな弱い魔物に不意を突かれるとは思わなかった。気を抜いた僕のせいだ」


 ジニスはアルクをアイアンゴリラのような強い魔物がいる場所へ連れて行ったことを秘密にしていた。そのため彼と逸れたのも、オークに強襲されたからだと言い訳をしていた。


「き、きっと、アルクは生きているよね?」

「どうだろうね……なにせアルクだから……」


 ジニスは明言せずに、暗にアルクが無能だと侮辱する。しかしマリアはその真意に気づいていない。


(もうじきマリアが僕のモノになる。アルクは死んだんだし、時間の問題だ)


 ジニスの計画はこうだ。恋人を亡くし、失意に暮れるマリア。そんな彼女に優しく接することで、もう一人の幼馴染の大切さに気付くというものだ。


(子供の頃からずっと狙っていたんだ。逃がさない。絶対に僕のモノにしてやる)


「で、でも、大丈夫よ。アルクはほら? 変なところで幸運だったじゃない。きっと今も――」

「いいや、死んでいるね」


 ジニスははっきりとアルクが死んだと明言する。


(マリアは義理堅いし、アルクが生きていると希望がある限り、あいつのことを忘れない。忘れさせないと僕が入り込めない)


「そ、そんなことないもん! アルクは生きているもん!」

「いいや、死んでいるよ。無能のアルクがオーク相手に生き残れるはずないだろ」

「ア、アルクは無能じゃないわ!」


 マリアはバッと振り返り、強い意志を込めて、ジニスを見据える。


「庇うのは分かるよ。でもあいつは……」

「剣技も魔法も駄目だったよ。それは私も知っている。でも私たちのこと、いつも裏方で支えてくれていたじゃない」

「そ、それは……」

「その証拠にアルクが去ってから、私たちの冒険は失敗ばかりよ」


 アルクの能力は贔屓目に見ても、決して優れているわけではない。しかしそれはあくまで個人としての能力であり、パーティとしてはジニスとマリアの二大戦力に連携を取らせるための潤滑油の役割を果たしていた。


 ジニスとマリアの実力はどちらも国内最強クラスで、二人とも自分が実力者だと自負していた。だから二人は自分の正しいと思う戦い方を自由に選択する。しかしそれではパーティとして連携できているとはいえず、ただ二人で個人戦をしているに過ぎなかった。


 しかしアルクがいた時は違った。後方から彼が冷静な指示を出すことで、二人は連携し、実力以上の結果を出すことができていたのだ。


「分かった。認めるよ。アルクがいなくなって僕たちは困っている。でもあいつの個人能力はないに等しい。オーク相手に生きているはずがないんだ」

「で、でも、私、認めたくない……」

「だけどね、これは事実なんだ。いない人間のことは忘れるしかないんだ」

「ジニス……」

「これからは僕たち二人で生きていこう。残された幼馴染として、アルクの分まで幸せになってやるんだ」


 ジニスはマリアの肩に手を回すと、慰めるように優しく触れる。


(すべては僕の計画通りだ! ざまぁみろ、アルク! 君の女は僕のものだああっ!)


 ジニスは勝利を確信したようにニタっと笑みを浮かべる。顔の邪悪さと比例するように、彼女に触れる手付きは優しくなっていく。裏と表、両方の顔を使い分けられる彼にとって、マリアをたぶらかすことなど造作もないことだ。


 しかしそんなジニスの余裕は、突然机から立ち上がったマリアによって崩れ去ることになる。


「駄目よ、ジニス。私に触れないで」

「マ、マリア。僕はただ……」

「ジニスも知っているでしょ。私はアルクのことが好きなのっ」

「で、でも、あいつより僕の方が優秀だ!」

「ジ、ジニス……あなた……」

「街の人たちに、僕とアルク、どちらが君の恋人に相応しいかを聞いてみればいい。聞かなくても答えは分かる。皆、僕の方がふさわしいと答える」

「でも私はアルクを選ぶわ……アルクはね、子供の頃の私を救ってくれたの……みんなが私のことを裏切っても、アルクだけは味方でいてくれたの。だから私はいつだって、アルクの味方」

「ぐっ……で、でも、あいつは死んだ。死んだ奴を好きでいても仕方がないだろ」

「ジニス、それ、本気で言っているの?」


 マリアは信じられないと、目で怒りを伝える。機嫌を損ねてしまったとジニスは慌てるが、時はすでに遅かった。


「ジニス、あなたって最低ね」


 マリアはそう言い残して、部屋を後にする。ポツンと残されたジニスの心は敗北感で一杯になる。


「アルクゥッッッ!」


 ジニスは怒りに身を任せて、机を叩き壊す。粉々になった机を見下ろしながら、彼はいずれアルクを同じ目に遭わせてみせると、心に誓うのだった。

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