第一章 ~『人の心のコントロール』~


「こ、これがメンタリストの力……」

「どうだい、凄いだろう? 君も同じ力を得られる可能性を秘めているんだ」

「俺が同じことを……」

「折角のメンタリスト同士の邂逅だ。君に力をあげよう」


 クロサキは虚空に手を伸ばすと、何もない空間から本の山を生み出す。表紙には『魔物言語』や『心理学』との文言が並ぶ。


「随分とたくさんの本だな。全部読んだのか?」

「もちろんさ。魔物と会話するためにはこれくらい努力しないとね」

「こっちの本も魔物と会話するための本なのか?」

「いいや、それはメンタリストの一番の武器だ」


 クロサキは『心理学』の本を拾い上げると、アルクに手渡す。何の本なのか分からぬままに、彼はそれを受け取る。


「少年、君はメンタリストのスキルのもう一つの課題に気付いているかな?」

「それは……相手の好きなモノを知る方法がないことか?」


 好きなモノを教えて欲しいと質問して素直に回答してくれるならいいが、敵対している魔物が答えてくれる可能性はゼロに等しい。


「結局、魔物の言葉が話せても意味がない。君はそんなことを考えたね」

「あ、ああ」

「ふふふ、なら僕はどうやってアイアンゴリラの好物がミカンだと言い当てたと思う?」

「それは……当てずっぽうじゃないんだよな」

「もちろん。僕はね、心理学を利用したのさ」

「心理学? なんだそれ?」

「心を理解するための学問さ。相手が何を考えているのかを見抜き、相手の感情を読み当てる。でもそれだけでは終わらない。人の心はね、コントロールできるんだ」

「心を……コントロール……」

「相手の意思や感情を自由に操るのは、これがもう気持ちよくてね。自分の手の平で他人の心を操縦できる快感。是非、君にも味わってもらいたいな」

「馬鹿馬鹿しい。人の心に干渉なんてできるはずない。心は魂なんだ。俺の意思は俺だけのものだ」

「ふふふ、それこそ馬鹿げた回答だよ。いいかい、心は扁桃体が生み出す脳内物質による錯覚さ。僕らは脳が見せる幻覚を心と呼んでいるに過ぎないんだ」


 あまりに突拍子もない考えだった。しかしクロサキの話はアルクを夢中にした。もし彼の言う通り、人の心を自由にコントロールできるなら、メンタリストのスキルは最強になる。


「感情を操れるなら、相手に好きなモノを植え付けることも可能なのか?」

「もちろんできるさ。楽勝だよ。例えばそうだね、趣味や出身地が一致すると仲良くなるだろ。あれは自分と共通点のある対象に好意を抱くように脳ができているからだ。類似点を結び付ければ、ゴリラの好物をミカンにすることだって可能さ」


 人は自分との共通点を探しながら他者を評価する。例えば有名人が自分と同じ学校の卒業生なら好感度を増すし、出身地の果物と縁もゆかりもない場所で採れた果物なら、同じ味でも前者を好意的に感じる。


「ちなみに恋愛感情も脳が魅せる幻覚だよ。魅力的な異性を前にすると、ドーパミンがドバドバ出てくるから好きになるのさ。つまりだ、恋する乙女は脳内麻薬中毒者なのさ。そして脳内物質は身体のどこかに兆候を示す。その兆候を知れば、相手の感情なんて手に取るように掴み取れる」

「酷い言い草だな……でも興味深い話だ」

「でしょ。そうなんだよ。心理学は楽しんだ。マスターすれば、好きな女の子を惚れさせることや、相手を尊敬させること。嫌いな奴と親友にだってなれる。チート能力なんてなくてもね」


(人の心を操作する。そんなこと考えたこともなかった)


 アルクは自分の人生に新しい輝きが見えた気がした。もし一流のメンタリストになれば、幼馴染たちを見返すことや、復讐だってできるようになる。


「この本の内容を僕はすべて頭の中に叩き込んでいる。だからもう使わない。君にあげるよ」

「ありがたいが、これだけの本を持ち運べない」

「う~ん、なら特別サービスだ」


 クロサキはアルクの肩に手を乗せると、『能力委譲』と宣言する。手の平から魔力が伝わり、体の芯が熱くなった。


「俺に何をしたんだ?」

「空間魔法をプレゼントしたんだ。自由にモノを収納出来て、本も持ち運び放題。消費魔力量も少ないから、君でも十分に扱える」

「そんな便利な魔法を俺が……」


 アルクはクロサキから空間魔法の使い方を教わり、虚空に手を掲げる。魔力を流し込むと空間が広がり、収納するための穴ができる。


「本当にできた!」

「当然さ。僕は嘘吐きだが、可愛い後輩に嘘は吐かない」

「でも本当にいいのか? こんな便利な力を貰って」

「いいさ。君の尊敬のお返しだからね」

「尊敬?」

「メンタリストのステージ九の職業スキルは『相手を尊敬させることで力の貸与ができる』だ。もし君が僕のことを見くびっていたなら、魔法を譲ることに失敗して、寿命が一年縮んでいたところだ」

「そんなリスクを背負って……」

「ふふふ、リスクでもなんでもないさ。僕はメンタリスト。君の心なんてお見通しだからね」

「クロサキさん……本当にありがとな」


 アルクが勢いよく頭を下げると、クロサキは気恥ずかしげに頬を掻く。メンタリストでなくとも、照れているのが分かる仕草だった。


「少年、頑張りたまえ。そしてまたいつか再会しよう」

「ああ。次に会う時は俺も一流のメンタリストだ!」


 アルクはクロサキとの出会いに感謝する。この偶然が世界の運命を大きく変えることになると、この時の彼は気づいてさえいないのだった。


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