第一章 ~『メンタリストの実力』~


 アイアンゴリラの拳を止めたクロサキはメンタリストだと名乗る。ありえない。最初に浮かんだのはそんな感想だった。


「おっと命を助けられた感謝ならいらないぞ。僕にとっては遊びみたいなものだ」

「ほ、本当にメンタリストなのか?」

「嘘を吐いてどうするのさ」

「そ、それは……メンタリストは最弱の職業だから……」

「最弱か。この力を見ても、そう言えるかな」


 クロサキはアイアンゴリラの拳にデコピンを打ち込む。すると破裂音が響き、アイアンゴリラの腕が吹き飛ぶ。血しぶきが宙を舞う光景は、夢でも見ているかのように非現実的だった。


「どうだい? メンタリストは強いだろ?」

「やっぱり嘘だ。メンタリストは補正ゼロの残念職業だぞ。こんな力を得られるはずがない」

「随分とメンタリストを馬鹿にするね。さすがの僕も怒るよ」

「馬鹿にするつもりはない……俺の職業もメンタリストだから……」

「ははは、メンタリストは数百万人に一人のレア職業だぞ。嘘を吐くな」

「嘘ならどれほど良かったか……」


 アルトは悔しそうに下唇を噛む。その仕草からクロサキは何かを感じ取ったのか、小さく笑みを零す。


「喜べ、少年。僕たちの出会いは運命だ」

「運命……」

「君の口ぶりだと職業スキルを上手く使えていないようだね。勿体ないねー。使いこなせれば最強になれるのに」

「あの残念スキルで最強になれる? 冗談はよしてくれ」

「冗談じゃないさ。現に僕は強い」

「だがメンタリストのスキルは失敗すると寿命を失うリスクがある」

「なら失敗しなければいい」

「はぁ?」

「もしかして君、メンタリストとなるための修行を何もしてないのかい?」

「そんなことはない。強くなるために剣を振っているし、魔法の練習もしている」

「馬鹿だねー、それは剣士や魔法使いになるための訓練だ。料理人になるために剣を振るっても決して良き料理人にはなれないように、その訓練ではいつまで経っても真のメンタリストにはなれない」

「真の……メンタリスト……」

「見当違いの訓練をしている君だ。きっと魔物相手だと役立たずのスキルだと勘違いしているんだろ?」

「うっ……」


 まるで心を読まれたように、アルクの職業スキルに対する悩みを言い当てられる。


「心を読まれて驚いたって顔しているね?」

「図星だ。すごく驚いている」

「でも驚く必要はないよ。心を読むのは得意なのさ。なにせメンタリストだからね。そしてこの職業の可能性を君に教えてあげよう」


 クロサキは片腕が吹き飛んで敵意を剥き出しにするアイアンゴリラを見据える。緊迫した空気がピリピリと痛い。


(いったい何をする気なんだ……)


「ウホッ」

「は?」

「ウホウホウホホッ」


 クロサキは突然ゴリラの鳴き真似を始める。するとアイアンゴリラはクロサキの声に答えるように、胸を叩いてドラミングを始める。


「ウホ、ウホッ」

「ウホウホッ」

「ウホウホウーホッ!」


(この男、気でも触れたのか?)


 アルクはクロサキの正気を疑うが、彼の怜悧さを感じさせる表情に変化はない。だがアイアンゴリラの方には変化があった。


「あれ? 気のせいかもしれないが、弱くなったか?」

「気のせいじゃない。弱くしたのさ」

「まさか、メンタリストのスキルを使ったのか?」

「ご明察。アイアンゴリラくんはミカンが大の好物らしくてね。それを言い当てたおかげで、彼の身体能力は僕のものさ」

「ミカンが好物ってそんなの予想できるかよ! ゴリラはゴリラらしくバナナを好物にしとけよな」

「ははは、随分と理不尽だね」

「でもアイアンゴリラの好物を言い当てるなんて、クロサキさんは運が良いな」

「運? まさか。あれは僕のメンタリストとしての実力だよ……僕はね、アイアンゴリラくんから好物を聞き出したのさ」

「ならまさか、さっき話していた言葉は……」

「アイアンゴリラの魔物言語だね」


 動物の鳴き声は人の耳にはすべて同じに聞こえる。例えば犬ならワンだし、猫ならニャー、そこに声音のパターンを見いだせても十に満たない判別がせいぜいだろう。


 しかし言葉を発している動物たちは鳴き声に多くの意味を持たせている。イルカは鳴き声で数千の意味を伝えられるし、ゴリラも手話の理解力で人以上の結果を残した実験結果がある。


 動物でさえこれだけの言語を解するのだ。より知能の高い魔物ならコミュニケーションを取ることができてもおかしくはない。しかしアルクはその答えを受け入れられない。


「魔物とコミュニケーションを取れるとは聞いたことがある。だけど魔物言語は種族によって異なるんだ。その言語をすべて覚えるなんて不可能だ」

「不可能じゃないさ。君が剣や魔法に費やした歳月を魔物言語の習得に充てればいい。君、いままで努力してきたんだろ?」

「そ、それは……」

「答えはいらない。メンタリストだからね。聞かなくても分かってるよ」

「うっ」


 アルクはどれほど努力しても結果を得られなかった。誰からも褒められない努力は失意さえ生んだ。


 しかしクロサキはアルクの心を見抜いたように、努力を評価してくれた。それが嬉しくて、気づくと彼はクロサキのことを尊敬するようになっていた。


「あ、あの、俺も魔物の言葉が話せるようになるかな?」

「なれるさ。なにせ勉強嫌いの僕でもできたんだ。そしていずれ君も、この力を手に入れるんだ」


 クロサキはアイアンゴリラに手の平を向けると、身体に溢れる魔力を満たす。


 何かが起きると予感させた次の瞬間、クロサキが魔力の砲弾をアイアンゴリラに放つ。一直線に飛来する魔弾は光の奔流を放ち、アイアンゴリラに着弾する。光が晴れると、視界に広がる森は抉られ、アイアンゴリラの影も形も消失した。鮮やかな緑色は土色の荒野へと姿を変えたのだった。

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