第一章 ~『復讐を誓うメンタリスト』~
「悪かったね、元気出してよ」
「ああ……」
仲間たちの追放宣言がショックで落ち込んでいた彼の肩をジニスが叩く。アルクは何とか気を取り直すと、乾いた笑みを浮かべる。
「アルク、大丈夫?」
「心配しないでくれ。仲間に追放されたショックで死にたくなるけど、俺は元気一杯さ」
「本当に大丈夫なの!?」
大丈夫なはずがなかった。子供の頃から連れ添った幼馴染たちと別れなければならない苦しみは胸が引き裂かれるようで、泣かなかった自分を褒めてやりたいとさえ思えた。
「じゃあな。俺は一人で街へ戻るよ。二人で冒険を頑張ってくれ」
「なら案全なエリアまで送っていくよ。この辺りのエリアは危険だしね」
「ジニス。お前、やっぱりいい奴だな」
魔物の森はエリアごとに出現する魔物の強さが大きく異なる。アルクたちのいるエリアはオークなどの中堅クラスの魔物が出現する場所で、ゴブリンやスライムしか出現しないエリアまでいけば、彼一人で安全に帰ることができる。
「私も一緒に送っていくわ」
「いいや。マリアはそこで待っていてくれないかい?」
「どうして? 私も一緒の方が安全でしょ」
「君は魔法使いだ。体力補正があるとはいえ剣士ほどではない。今のうちに体力を回復させておいて欲しいんだ」
「で、でも……」
「あんまりワガママを言わないでくれ」
「ジニス……や、やっぱり、私……」
「ふぅ。あんまりしつこいと君の秘密をアルクに伝えるよ」
「そ、それは駄目!」
マリアはよほど秘密を隠しておきたいのか、必死の形相で口止めする。秘密とは何なのか、アルクは気になったが、質問を遮るようにジニスが「早く行こう」と彼の背中を叩く。
「アルク、わ、私のこと忘れないでね」
「忘れるもんか。俺たち恋人だろ」
「う、うん。そうだよね……依頼を達成するから、街で待っていてね♪」
「おう。待っているよ」
アルクたちはマリアを残して、二人で来た道を戻る。一度は通った道だが、彼女がいないだけで何だか心細く思えてしまう。
「さっきは悪かったね」
「いいや、俺の方こそ迷惑かけていたからな。追放の決定は仕方ないさ。それよりも秘密ってなんだ?」
「秘密は秘密さ。アルクには関係ないよ」
「ふ~ん。そっか……」
アルクたちの間に重苦しい空気が広がる。乾いた土を踏みつける音だけが二人の耳に届いた。
「秘密について知りたいかい?」
「そりゃ、まぁな」
「後悔するよ」
「でも知らないよりはいいさ」
アルクの問い詰めに、それならばとジニスはゆっくりと口を開く。
「実は僕とマリアは恋人同士なんだ」
「は? な、なに言ってんだよ。マリアの恋人は俺だぞ」
「違うんだ。君は浮気相手。いいや、浮気相手でさえない。ただのピエロさ」
「ピ、ピエロ?」
「マリアは聖女のように優しいと評判だよね。あれは落ちこぼれの君を見捨てないことも踏まえた上での評価だ」
「つ、つまり、マリアは、自分の評判を良くするために……」
「君と恋人の振りをしていたんだ。裏ではいつも君のことを馬鹿にしていてね。不憫で見ていられなかったよ」
そんな馬鹿なことするはずがないと、アルクはジニスの言葉を頭の中で否定するが、理性が感情を阻害し、嫌な方向へと発想が広がっていく。
なぜ男なら誰もが虜になる美人が、冴えない男に惚れたのか。偽の恋人だとしたら説明がつく。
なぜ賢者の称号を持つ才女が、職業補正ゼロのメンタリストに惚れたのか。これも偽の恋人なら説明がつく。
なぜ度重なるパワハラ発言でアルトを苦しめたのか。これも偽の恋人をサンドバックとして利用していたのなら説明が付く。
「マリアの奴……まさか本当に……」
「すまないね。君も知っての通り、マリアは直情的な性格なのに、妙なところで打算的だ。幼馴染の君を犠牲にするなんて、彼女は本当に酷い奴だよ……本当に……最低だぁ!」
ジニスは腰の剣を抜くと、前を歩くアルクの背中を斬りつける。白銀の刃が彼の背中にクッキリと切り傷を刻む。赤い血が飛沫となって宙を舞った。
「な、何するんだ!?」
「これもマリアの頼みなんだ。もし秘密をアルクに知られることがあれば、彼女のイメージを維持するために、迷わず殺せってね」
「お、俺を殺すのか? 俺たちは幼馴染なんだぞ」
「だから僕も悲しい。君を殺したくない。でもマリアの命令だからね。仕方がないんだ」
ジニスはトドメを刺そうと再び剣を上段に構える。白銀の剣にはアルクの怯えた顔が映し出されていた。
(もう終わりだ。俺は死ぬ)
アルクは死を覚悟した。しかしその時である。どこからか獣の雄叫びが響く。その声を聞いたジニスはニンマリと下卑た笑みを浮かべる。
「やっぱり僕も人間だ。幼馴染を殺すのは気が引けるし、止めておくよ」
「ジニス、思い直してくれたのか……」
「ただし僕が殺さないだけだ。君が死ぬ運命は変わらない」
「え?」
「この辺りはオークよりもさらに強い魔物が出現するエリアだ。アルクじゃ敵わない魔物がウヨウヨしている。そんなところに血の匂いを漂わせる獲物が放置されたらどうなると思う?」
「う、嘘だろ……」
「魔物に食われて死ぬ方が幼馴染に殺されるよりも幸せだろ。元気でね」
ジニスはそれだけ言い残すと、逃げるようにその場を後にする。背中の怪我のせいで、追いかける元気さえないアルクは、その場で蹲る。
「痛い……だけど俺は自然治癒力の補正がない……ははは、どうして俺はこんなに無能なんだ……」
アルクは悔しくて涙をポロポロと零す。その涙は悔しさ以上に二人の幼馴染に対する怒りから生まれたモノだった。
「俺が無能だからって殺そうとするなんて……許さない……マリア、ジニス。二人とも絶対に許さないからなああああぁ」
アルクは怒りを吐き出すように大声で叫ぶ。彼の瞳は復讐心で黒く濁っていたのだった。
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