パワハラ幼馴染に追放された最弱職、実は心理学を使えば最強でした

上下左右

プロローグ ~『追放されたメンタリスト』~

「アルク! お荷物のあなたのせいで遅れているのよ」

「そうだよ、アルク。もっと急がないと」


 重い荷物を運ぶアルクを叱咤するのは、二人の幼馴染だった。三人は同じ村の出身者たちでパーティを組んでおり、依頼達成のために魔物の森を探索していた。


 幼馴染の一人は魔法使いのマリア。アルクとは幼少の頃からの付き合いであり、今では恋人でもある。絹のような金色の髪、血より濃い朱色の瞳、それに白磁の肌と色素の薄い唇はとても扇情的だった。


 魔法使い兼冒険者として育ってきたマリアは身体もしなやかで、小柄な体格と反比例するように発達した大きな胸は、男なら誰もが虜になる。


 しかもマリアの魅力は外見だけでは留まらない。魔法使いとしても超一流で、賢者の称号を得るほどに優秀だった。


 ここまでがマリアの表の評価である。だが恋人であるアルクは本当の彼女を知っていた。


 外見の美しさとはほど遠い気の強い性格で、日常的にアルクを暴言で虐めていた。口を開けば無能のアルク、出来損ないのアルク、役立たずのアルクである。その積み重なったパワハラは彼の精神を擦り減らしていた。


「それに比べてジニスは凄いわね。疲れが見えないわ」

「ははは、体力だけはあるからね」


 もう一人の幼馴染であるジニスは海のように青い髪と青い目が特徴的な優男で、アルクとも子供の頃からの付き合いだった。


 職業は剣士で、若くして剣聖の称号を手に入れるほどに優秀な男だった。その実力から将来は王国騎士団の団長も確実だと噂されている。


「ははは、ごめんな。俺が無能なばっかりに……」


 アルクは小さくため息を漏らす。子供の頃から何をやるにも三人一緒で、苦難を共にし、肩を並べてきた。しかし大人になって実力差が生まれてからは違う。アルクは二人に劣等感を抱くようになっていた。


「二人とも、少し休憩しないか?」

「またなの! 本当に役立たずね」

「仕方ないだろ。俺の職業は体力補正がないんだから」


 職業。それは十二歳の成人の儀を果たすと神から与えられる一生に一つのステイタスである。


 マリアの魔法使いや、ジニスの剣士も職業の一つであり、他にも調理人や鍛冶職人など多くの職業が存在する。


 職業はその仕事を上手くこなすために必要な能力補正が与えられる。例えば剣士ならば身体能力が、魔法使いならば魔力が爆発的に向上する。さらに剣士や魔法使いのような冒険者も兼業するような職業だと、冒険をするための体力に、怪我を負った時の自然治癒力も僅かながらに補正がかかる。


 だがアルクの職業には体力の補正がなかった。それどころか魔力や身体能力の補正もなく、自然治癒力の補正もない。補正ゼロ。それこそがアルクの職業の特徴だった。


「補正がないなんて、本当に可哀そうね。これだと職業のステージが上がってもきっと弱いままね」


 職業補正はステージという習熟度に応じて効果が増減する。ステージが上がれば補正も増えるためより強くなれるが、ランクアップすると補正値が倍になるのが通例で、ゼロが倍になってもゼロなのは変わらず、アルクには成長の見込みさえなかった。


「マリア。アルクの職業はメンタリストなんだから。無能なのも仕方ないよ」


 メンタリスト。それこそがアルクの職業であり、補正ゼロの残念職業でもあった。この職業のせいで、彼は何をやるにも人並以下の結果しか出せなかった。


 さらにメンタリストの残念なところは補正だけではない。職業にはステージごとに特殊スキルが与えられるのだが、その能力が役立たずなのだ。


 メンタリストのステージ1の職業スキル。それは『相手の好きな物を言い当てることで身体能力を奪取できる』というものだ。これだけ聞けば、強力な能力だと勘違いしそうになるが、相手の好きなモノを知れるほどに仲良くなる必要があったり、失敗すれば同じ相手には二度と使えない制約や寿命が一年短くなる制約があったりと、使いこなすことが困難な残念スキルだった。


「マリア、アルク。気を付けてくれ。僕の気配探知スキルに引っ掛かった敵がいる」

「魔物ね。どこにいるの?」

「それは――アルク、後ろだ!」


 アルクが振り返ると、茂みから巨大な体躯の魔物が姿を現す。緑色の肌をした巨人はゴブリンの上位種族に位置するオークだった。筋肉の鎧で覆われた肉体を前にして、アルクは腰を抜かす。


「や、やめろ。くるんじゃない……」


 アルクは尻餅を付きながら後退する。オークは彼に勝てる敵ではなかった。


(寿命を減らしても死ぬよりはマシだ。スキルを使うしかない!)


「オーク、お前の好きなモノは肉だぁ」


 アークは怯えながらも職業スキルを発動させるがオークに変化はない。スキルの発動に失敗したのだ。


(やっぱり俺のスキルは役立たずだ……)


 アルクの職業スキルは相手の好きなモノを言い当てる必要があるため、その力を確実に発動するには、まずコミュニケーションを取り、情報を聞き出す必要があった。


 しかし相手はオークだ。魔物は人の言葉を話すことができない。これこそがメンタリストの致命的な弱点だった。


「アルク、僕に任せて!」

「なら私は援護するわ」


 ジニスが白銀の剣を腰の鞘から抜くと、オークとの間合いを一瞬で詰める。怒涛の剣戟が宙を裂き、オークの緑色の肌が血で赤く染まっていく。


「グギギギギッ」


 オークは痛みで唸り声をあげる。そこにトドメの一撃とばかりに、マリアが雷の魔法を発動させる。


 空の雲が雷雲に変化し、地上に雷を落とす。天から降り注いだ雷はオークの身体を感電させ、その命を刈り取った。


 命を失ったオークは身体から魔素を散らせると、最後には鉱石へと姿を変える。魔法石という魔物の力が詰まった結晶だった。


「アルク、大丈夫?」


 額に汗を浮かべたマリアが心配そうに駆け寄ってくると、腰を抜かして倒れているアルクに手を伸ばす。


「もうドジなんだから……でも無事で良かったわ……」

「ありがとう。助かったよ」


 アルクはマリアの手を掴んで起き上がる。暖かい手の感触が手の平に広がる。


「ほら、服が土で汚れているわよ」

「あ、本当だ」

「払ってあげるからジッとしていて」


 マリアはアルクのお尻に付いた土を払う。その手付きから彼女なりの優しさが伝わってくる。


(マリアは普段厳しいけど、時々優しくなるんだよなぁ……)


 だからこそアルクはマリアから罵倒されても恋人関係を続けることができた。叱咤もきっと自分のためにしてくれていることだと思うことができたからだ。


「なぁ、アルク。話があるんだ」


 ジニスが神妙な顔つきで剣を腰の鞘に仕舞う。


「なんだよ、改まって」

「このパーティから出ていってくれないか?」

「はぁ?」


 アルクは突然の追放宣言に頭が真っ白になる。長年の友人から絶好を切り出されるのは、家族から縁を切られるに等しい衝撃があった。


「マリアからも言ってやれ。アルクがいると邪魔だろ?」

「べ、別に、わ、私は……」

「いつも無能だと馬鹿にしているじゃないか。あれは嘘だったのかい?」

「で、でも……アルクは……頑張っているし、その……」

「マリアは優しいね。だから僕が厳しいことを言うよ。君が邪魔なんだ」

「ジニス……」

「オークによる襲撃もそうだよ。君は何の役にも立っていないじゃないか。それどころか僕らの邪魔をして足を引っ張った。今回は相手がオークだから助かったけど、次はもっと強力な相手かもしれない。そうなれば僕らだって安全とは言えない。君の無能はね、君だけじゃなく、僕らの身も危険に晒しているんだ」


 ただそこにいるだけで迷惑である。ジニスの言葉はアルクの心を抉るには十分すぎた。だが彼は簡単に頷くことはできない。幼馴染たちが集まるこのパーティから抜けたくなかったのだ。


「な、なんでもする。雑用でも何でもやるからさ。お、俺をこのパーティに置いてくれよ」

「駄目だよ、アルク。君の安全のためにも、パーティに残ることを認めることはできない。君も同じ意見だよね、マリア?」

「わ、私は、だから、その……」

「アルクの安全のためにも! このパーティでやっていくのは無理なんだ! 君なら分かってくれるよね!」

「で、でも……」

「このままだとアルクが死んじゃうよ! それもいいの!?」

「そ、そんなの駄目!」

「なら一緒にアルクを追い出そう! 彼のためにもパーティから追放するんだ」


 アルクのため。ジニスの魔法の言葉はマリアの心を揺さぶる。彼女自身、彼がパーティに所属し続けていると、いつか命を落とすかもしれないと心配していたことも説得力を増す材料になっていた。


「アルク……ごめんなさい……パーティから追放することに私も賛成するわ」

「それでこそマリアだよ。さぁ、君の追放は決定だ。無能な君は安全な場所で、身を弁えて暮らすんだね」


 ジニスはアルクを嘲笑しながら追放を宣言する。大切なモノを亡くしたショックで、彼は乾いた笑みを漏らしかできなかった。


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