第5話<カクヨム版>文化祭の前と後
「というわけで多数決の結果、
議長であるうららがホワイトボードに『決定!』と大きな花丸を描く。お化け屋敷と写真展にペケマークをつけて、満足気だ。
空き教室を借りて、百合結びの会に関わる九人は、文化祭の企画を相談していた。
「それでは、詳しい内容についてなんですが、実は大勢の部から『お手伝いさせてほしい』という依頼が殺到しておりますわ。これもお姉様方の人徳ですわね」
「なんだか悪いなあ」
「いえいえ、こういうものは断ってしまうほうが失礼に当たりますわ。皆様、文化祭を一緒に楽しみたいと思ってくださるのですから」
抵抗感を覚えたのは涼香だけらしく、なるほどそういうものか、と文化の違いを感じてしまう。
「メニューの相談については、家政科部にお願いしたほうがよさそうですわね」
「衣装は服飾研究会かな。このメンツなら協力してくれそうですもんねー」
「あとは、飾り付けを美術部など?」
「いいですねいいですね。手を借りられるところはガッツンガッツンいきましょう!」
マシンガンのようにアイデアを撃ち合ううららと未華子を眺めながら、涼香は「うーん」とうなる。
「一年生が張り切ってくれて、楽だなあ……」
胸の内からわきあがる、姉としてこれでいいのか? という疑問については、もはや見ないふりをした。涼香に姉の威厳などない。
話はそれから、喫茶のコンセプトやメニュー内容、衣装や内装に移ってゆく。
涼香は椅子に深くもたれながら、隣の
「パジャマパーティーのときもそうだったけど、企画に対するパワーがすごいっていうかさ。なんか、若さの差を感じちゃうよね……」
「そうかもしれませんね……」
「ふたりとも、たった一学年差だからね」
うららが嬉しそうに手を打った。
「それじゃあ各自みなさん、麒海祭に向けて、がんばりましょう! 今回の成功であたしの……もとい、あたしたちの名前が学院中に知れ渡るワケですから!」
グッと拳を握ってやる気に満ちたうららを、一同は生暖かい目で見守っていたのだった。
家庭科部には、そもそもの部員である真悠と千沙都が向かった。一緒になって共同メニューを開発するようだ。
一方、美術部は喫茶のコンセプトが関わってくるため、うららと未華子、それに喧嘩しないよう見張りの帆南が向かう。
服飾同好会と協力してメイド服を作る作業が一番大変かと思ったのだが、明日葉が里帆を連れていくと、同好会メンバーは大喜びで迎え入れてくれた。
なんといっても、校内でも有数の美少女、藤麻里帆が一緒に服を作りましょう、とやってきたのだ。いいから座っていてください、あとは私たちに任せて! という勢いで放置されてしまった。
その後、メンバーはそれぞれが服飾同好会と一緒に、自分に似合いそうなメイド服を作り上げていったようだ。
ちなみになぜなのかはまったくわからないが、涼香は衣装を選ぶ権利を与えられなかった。妹たちが選んでくれるようだ。
これも姉の義務なのかもしれない。
***
文化祭の準備は、万事順調に進んでいた。
普段は上手に着飾っている学院のお嬢様方も、この準備期間だけはパワフルな女子中高生として学院を駆け回っている。
百合結びの会の面々もそれは例外ではなく、なんと里帆までも毎日ちゃんと服飾同好会に顔を出しているのだ。
「いやあ、いいね、お祭りって」
「ふふっ、そうですねー」
「ところでさ」
メイド喫茶に生まれ変わりつつある空き教室の窓枠に頬杖をつきながら、涼香は隣に佇む汐音に目を向ける。
「汐音さんはお手伝いに行かなくていいの?」
「それはおねーさまこそじゃないですかー?」
「いや、なんか私は、手伝おうとしたんだけどさ……」
「だけど?」
「どうも私のやり方は、チームプレーに向いていないみたいで」
くすっと汐音が笑う。
「聞きましたよー。一生懸命、予算案を考えて提出したら、ぜんぜん現実的じゃないって怒られたんですよね?」
「小麦粉からベニヤ板まで、ネットを巡って、安さと品質を両立させたものをリストアップしてみたんだけどな……。なんか、そういうんじゃないってうららさんと未華子さんにめっちゃ突っ込まれた……」
「あはは。おねーさま、努力の方向間違ってますよー」
「は、ハッキリ言っちゃうね」
汐音にちょこんと脇を突かれて、涼香は顔面を手で覆う。
「てか、汐音さんこそこんなところでボーッとして、どうしたの?」
「いやー、みんな楽しそうなので、お邪魔はしないでおこうかなーって」
「お邪魔って」
「ま、それは冗談みたいなものですけど、なにか困ったことがあったら手を貸せるように、こうして待機しているんですよー」
「汐音さんは優しいねえ」
しみじみ告げると、汐音は目を細めて笑った。
そのどこか控えめな態度に、涼香はさらに踏み込んだ質問をする。
「でも、そうやって輪の外にいるのって、寂しくないの?」
「それならおねーさまこそ」
また同じやり取りだ。のらりくらりとかわそうとする汐音に、涼香は心配そうな目を向ける。汐音はわざとらしく両手を持ち上げた。
「汐音はだいじょーぶですよー。いつでもどこでも、汐音は汐音のやりたいようにしているだけですからー。だいたい、あたしがそんな、気を遣うタイプに見えます?」
「見えないけど、見えないから心配かな?」
汐音は腰に手を当てて、くるくる回りながら歩いていく。
「ふふっ、それじゃあちょっとみんなの様子見てきますね。メイド喫茶、ぜったい成功させましょうねー」
ニコニコと去ってゆく汐音を見送り、ひとり残された涼香は、うーん、と首を傾げる。
「なかなか、わかりづらい……」
今まで真悠やうららなど、ある意味わかりやすい子ばかり相手をしてきた涼香は、どうしても頭を悩ませてしまうのであった。
***
「お姉さま、お姉さま、次はどこにいきます?」
「わかりやすい」
「なんです?」
千沙都はコテンと首を傾げた。涼香はパタパタと両手を振る。
「なんでもない、なんでもない、こっちの話」
そもそも誰かと千沙都や汐音を比べるなど、失礼な話だった。
本日は麒海祭の二日目。大勢の一般来場者が校内で楽しんでくれる日だ。
彼らはお客様であるため、麒美島生はすれ違うたびに会釈をする習わしである。いかにもお嬢様学院らしいルールだ、と涼香は感心していた。
シフトの休憩時間、涼香は千沙都と出し物を見て回っていた。
汐音も一緒にと誘ったのだが、彼女は他にやることがあると言って、どこかにふらりと去っていった。やはりとらえどころのない少女だ。
「お姉さまお姉さま、二年生の教室で自作映画の上映ですって! いってみましょうよ!」
「ああ、面白そうだね。そんなに腕を引っ張らなくても、大丈夫だよ。逃げないよ映画は。どうどう」
千沙都は心から楽しそうだ。
無邪気な妹と、それに引きずられるように歩く姉の組み合わせは、学内のみんなからも微笑ましく見守られていた。
「お姉さまのご両親はいらっしゃってるんですか?」
「そうだね、さっきちらっとメイド喫茶を覗いていったよ」
幸いにも、休憩時間に入って制服に着替えたばかりだったので、バニーメイド姿を見られる惨事は免れた。
「といっても、夏休みに実家に顔を出したばっかりだから、そんなに久しぶりって感じでもないけどね。千沙都ちゃんは?」
「わたしもです! お店に来てくれて、かわいいメイド服を褒めてくれました!」
「こっちは見られずに済んでよかったよ……」
「まあ。お姉さま、とってもかわいらしいのに!」
布面積がね、とはなかなか口に出しづらい。千沙都に変な想像をされても困るので。
しかし、一応都内とはいえ、辺鄙な場所にある島によく日本中から集まってくるものだ。
もちろん一度も姿を見せない親御さんも、それなりにいるのだろうけれど。
来場者で賑わう廊下の先に、ふと見知った顔を見た気がした。汐音だ。
用事があると言ってきたのに、ひとりで校内をぶらついているようだ。
「あ、ええと」
「?」
呼び止めようとしたけれど、この状況で大声を出すことはできず、千沙都とつないだ手をぐっと引っ張ってしまった。
「いや、映画、楽しみだね」
「はい!」
千沙都は元気いっぱいにうなずいて、それから休憩時間が終わるまで、ふたりは麒海祭を練り歩いたのであった。
こうして、二日目の麒海祭は、過ぎてゆく。
メイド喫茶『百合結びの会』は最後までお客様が絶えず、大盛況のままで幕を閉じた。
そして──。
***
講堂で開かれた後夜祭が終わると、生徒たちは各自解散の趣となった。
麒美島には、大勢を泊めるための宿泊施設がないため、来場者はすでに帰宅済みだ。
そんな中で──涼香は、人気のない校舎をなんとなく散歩していた。
窓からは夕焼けが差し込む。逢魔が時、文化祭の残骸のような飾り付けがあちこちにうずくまっている。
開けっ放しのドアから、メイド喫茶跡を覗き込む。
「あれ?」
窓から外を眺めていた汐音が、振り返ってきた。
「どうしたんですか、おねーさま。片付けは振替休日が終わって、明後日からですよ? それとも、忘れ物ですかー?」
「んー、なんか、汐音さんがいるかなって」
「汐音を探しに来てくれたんです? そんな、おねーさまの手を煩わせてしまうだなんて、恥ずかしい妹ですね。それじゃあ寮に戻りましょうか」
歩き出そうとする汐音の横を通り過ぎて、涼香もぼんやりと外を眺めた。
「文化祭、楽しかった?」
「楽しかったですよ」
教室の中ほどで立ち止まった汐音はUターンして、涼香の隣に並んできた。
人懐っこい猫のような瞳が、ぱちぱちと涼香を映す。
「おねーさまってば、元気ないですね。なにかあったんですかー?」
「んんんー」
涼香は頭を抱えた後に、「うおー!」と叫んだ。
隣の汐音はびっくりもせず、ただ涼香をまじまじと見つめている。
「……なんですか?」
「すごいモヤモヤした気持ちを抱えきれなくなったので、つい……」
「汐音でよかったら話聞きますけどー?」
涼香は窓枠に頬杖をついた。
「汐音さんのこと、教えてほしいな」
「なんですかそれ。見たまんまが私ですよー?」
「わかんないんだよね。汐音さんは大人っぽいから。だから、お手上げです」
涼香は苦笑いして、それから汐音をじっと見つめた。
「もうこうなったら、直接本人に聞いてやれ、っていう」
「乱暴な解決策ですねー」
少し笑った後に、汐音は妖精のようないたずらっぽい瞳を向けてくる。
「言いたくない、って言ったら?」
「困っちゃうよね」
「正直者を通り越して、なんかもう汐音を脅迫してませんか? それ。汐音はおねーさまを困らせたいわけじゃないんですよねー」
観念したかのように、汐音もまた肩をすくめた。
「汐音、自分のことを話すの、あんまり好きじゃないんですよねー」
「そうなんだ?」
「一応、理由とかあったりして」
「へえ、へえ」
「おねーさま、話すまでここから帰さないぞって顔してません?」
「話した方が身のためだと思うよ。私と汐音さんがぎくしゃくしていると、千沙都ちゃんが悲しむ」
「それは、嫌ですねー」
からからと笑って、汐音は沈みゆく夕日に目を向けながら、口を開く。
「さんざんもったいぶっておきながら、大したことじゃないんですよー。あたしのママ、歌手をやっているんですよね。日本ではそんなに知名度がないんですけど、欧州ではずっと大人気のままで、なかなかなものなんですよー」
態度自体は普段の汐音と変わらない。
しかし、これを話してくれることが、今はなによりも特別なひと時なのだろう。
「子供の頃から、あちこちに連れ回されちゃいましてね。それは今もなんですけど……別に、それが嫌だってわけでもないんです。あたしもクラスで大人気でしたから、せがまれるたびに海外旅行の話なんかしちゃって。みんな、大喜びだったんですよ。ですけど……」
そこで汐音は大げさに首を振った。
「なんかそんなことを繰り返していたら、またあの子自慢してるーみたいに言われちゃったんですよねー。汐音はみんなが聞きたがるから話してただけだっていうのに、理不尽ですよねー」
「それは、大変だったね」
「いーんですよ、昔のことですから。ただ、どうせ自分のことを話したって、本当はだーれも興味なくて、むしろ嫌われるばっかり。だったら人の話をしたほうが、お互いにとってもいいよねーってだけの話ですよー」
汐音はそう締めくくった。
「はい、これでお話はおしまいです。大したことなかったですよねー? ほらほら、もう寮に帰りましょう」
ぱんぱんと手を打って歩き出そうとする汐音の手を、涼香が握った。
「話してくれてありがとうね、汐音さん」
「別に、どうってことないですよー」
「でも、私は嬉しかったな」
「おねーさまに、自分のことをわかってもらうようにがんばれー、ってプレッシャーかけられちゃいましたからねー」
「あれ、そういう意味で言ったわけじゃなかったけどなあ」
姉妹は歩き出す。
「残りわずかですけど、よろしくお願いしますねー、おねーさま」
「こちらこそ」
文化祭の熱を背に、ふたりは校舎を出た。
風はもう冷たく、しかし繋いだ涼香と汐音の手は暖かかった。この手のぬくもりだけは、決して嘘ではないのだ。
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