第11話 断れない空気ですね?


 今、初めて心の一部が見えた気がする。


 今の今まで私はずっと受け身でなおかつ自分視点で物事を考えていた。


 つまりは、瑠佳君の言葉を聞いて初めて彼の立場で物事を一瞬見たのだ。


 俗にいう、主観ではなく客観視点だ。


 この少年は何でそこまで私に拘ったのだろう。


 こんな言い方をしては何だが、いくらでも選べる立場にある訳だ。


 可愛いくて若い少女も、知的で身分の高い女性も。


 何故私……。


 冷静に考えて有り得ない。さっきも言っていたが、この子は四の宮なのだ。上に三人の親王様がいらっしゃられるが、天皇陛下のお子様であらせられることは間違いない。


 御生母様がどんな身分の方かまでは聞いていないが、大内裏で生き抜くには身分の高い女性の後ろ盾が必須。


 幼少期は御生母様のお父様。長じてからは、妻の実家の後ろ盾。


 私は無い無いずくしの無いずくしだ。


 嫁いで言い訳が無い。


 行く行くは女御にょうごになんて言っていたが、正室などとは考えるべくもない。


 お仕事は閨の教育係。


 お子様が出来れば側室の一人?


 側室というのが、どういうものかと考えれば、これも当然実家の力次第で身分が変わる。


「凪子」


 呼ばれて視線を上げると、端正な顔がぶすっとしている。


「あんまり心此処にあらずという姿を見せられると、自信なくしますよ?」


 私はその言葉に首をぶるんぶるんと左右に振る。


「違う違う違うの」

「何が違うの?」


 瑠佳君は面白がって聞いてくる。


「あのね、年上の女性への拘りはどこから来たのかな? とか。御生母様がいらっしゃないのかな? とか。更衣こういとか典侍ないしという身分だったのなか? とか。そうだと、どんなにお寂しい幼少期だったのだろう? とか。やっぱり霧壺の更衣様のように、女御様にいじめられて死んでしまったのかな? とか。ああだから年上? とか。だって光の君だって御生母様が亡くなられて、お父上の奥様の藤壺様に横恋慕して道ならぬ恋をしていたじゃない? あれよあれ」


 一気にまくし立てると、絶対零度の視線に射抜かれた。


「……そもそも、別邸を好きなように使い、陰陽寮も命令一つで動かせる。妻の実家の牽制も必要としない。世界最古の小説に思いを馳せていないで状況分析をした方が賢明だと思うよ?」


 私はきょとんと首を傾ける。



「世から忘れられた宮様じゃないの?」

「全然。僕の母上は御健在で、中宮ちゅうぐうですよ? 妃の中でも最高位です。その上一の宮は母の子で、僕には同腹の兄になる。このまま順当に行けば、兄が即位する訳で、僕はその実の弟。しかも兄弟仲は良好。源氏の君のように臣下に下る話なんか一度も出たことがない、今をときめく宮ですよ」

「………」



 えー……。


 ときめくって自分で言うもの?


 忘れられた宮様の母性への恋情? じゃなくてどちらかというと、甘やかされた宮様の我が儘的なものなの?


 私の中の妄想と悲壮感が一気に吹き飛んだ。


 何か同情の余地もなくムカつくわね。


 毒殺って言ったじゃない?


 いや確かに、皆から忘れられた宮様は毒殺なんてされる可能性が低いが……。なんと言っても忘れられている訳だし。お亡くなりになられてもね……得する人がいないって話だよ。



「ちょっと、悲壮感漂わせて語っていたけど、毒殺って一の宮様の方じゃないの? しかもときめいてるのも一の宮様よね」



 私がぷりぷりしながら口にすると、瑠佳君はサラッと笑った。それが肯定ととれる。



「兄の場合はちょっと立場的にときめき過ぎじゃないですか? 僕の場合、程良くときめいてるという意味です」

「………」

「良いですか? 一の宮であったなら、こんな悠長なことしてられませんよ? 家柄の為に養子にしたり、自分の思い人をこっそり閨の教育係にしたり。誰も気にしていないから、そういう裏工作が出来るんです。丁度良いでしょ?」


 そう言ってニコリと微笑む。


 微笑むと左頬にえくぼが出来て、昔の可愛かった瑠佳君を思い出す。


 間違っても裏工作とかは言わない瑠佳君の方ね。


「兄上様なんて凄いですよ? もう権力を得ようとしている殿上人てんじょうびとが、やれ娘をやれ孫をと。更衣こういの数は十二人と定められていますからね、女御となれるのはもっと少ない。女の世界は怖いですよ? あんな野心家の女性なんかと臥所を共になんて出来ません。疲れるし落ち着かない。もうね……顔とか年齢とか知性なんて小賢しいものどうだって良いんです。安心が一番です。その上好きな女性なら尚良い」


 そこまで言うと、私の横にころんと寝ころんで、体を寄せて手を繋ぐ。


 繋いだ手から瑠佳君の体温が伝わって来る。


 そして着物から紅梅の香り。


 品の良い彼によく合う香りが伝わってくる。






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