第12話 陰陽師は万能か?


 なんだか不思議。

 時空を越えて、こうして寝所で年下の少年と語り合うなんて。


 別の世界に生きていた少年と、別の世界に生きていた私が恋をする。


 交わる筈のない世界に生きていた筈なのに。


 いや、……凄いね。陰陽師の力。


 私が生きていた世界は、そんな力は公には存在していなかった。


 それだけで異世界なんだと実感出来る。



 相対性理論だって、時間が絶対的なものではなく、場所によって相対性で存在する。と彼の科学者言っていたけど、つまりは時間の過ぎる部分が相対性なだけであり、別世界どうこうという話ではない。



 会えたことがもう既に不可能が可能になっている。



 よくよく考えてみると、この子は年下だと思っていたが、事実上はもっと曖昧だ。

 時空間を超えているのだから。



 でもーー



 繋いだ手が温かい。

 目が合うと、ふと笑顔になる。



 この子は本当に普通に可愛い少年だ。

 実際、彼は十三年しか生きていない?



 ーーいないよね?



 陰陽師とかいると微妙に疑わしいが、人魚の肉でも食して無い限りは、見た目通りの年齢ということになる。



 さっきもさらりと触れていたが、陰陽寮。

 気になる。


 阿倍清明。


 気にならない人はいないよね?


 ここは平安時代っぽい世界な訳だから、期待して良いのかしら?


 もちろん、文化形態が同じだけで、異世界な訳だから、私の世界でいう所の歴史的人物なんている訳がないのだが、っぽい人はいるかもしれないよね?



 安部清明は居ないけど、稀代の陰陽師は居るはず。



 さっき源氏物語について瑠佳君が口にしていたが、あれは平安中期の作品だ。


 彼が百人一首や源氏物語の知識が有るのは、幼少期の異世界留学の所為と考えられる。


 自分の世界と似ている歴史について勉強していたのだ。


 もしくは、もっと直接的に平安時代を勉強しに来ていたとも考えられる。




 そして登場する光の君のモデルは平安初期の超イケメン在原業平ありわらのなりひら




 どんな時代でもそうだが、権勢を誇っているのは初期である。時代を平定した張本人がトップにたっていたりするからだ。



 江戸時代だって、もちろん家康の時代が一番力がある。八代将軍吉宗の頃には、既に御三家から養子を取っているし、亨保の改革が行われたように、色々困ったことが起きている。



 しかし、これ、末期になると改革すら成功しない。そんな力も権力も残ってないのだ。



 後鳥羽ごとばさんが良い例である。



『人もをし 人もうらめし あぢきなく

         世を思うゆえに 物思う身は』



 百人一首では九十九首にあたる。

 なんというか、特に女性に人気がある?

 とは思えない一首。



 在原業平みたいに、華やかで艶があるというわけじゃないし、どっちかというと、ままならない世の中に心を痛めている感じかな。



 ある時は人が愛おしく、またある時はうらめしい。思い悩んでしまう私には。



 まあ、人間の悩みの七十パーセントは人間関係というくらいだから、色々あるよね。


 だって、良い人もいるし、悪い人もいるし、普通くらいの人もいるし、やや良い人もいるし、やや悪い人というのもいる。



 顔に書いてあれば分かるけど、これが全然分からない。


 だから、どうなのかな? どうなんだろう?


 と延々悩んでしまうのだ。


 現代人だって胃が痛い人はうん万といる。


 きっと平安人も沢山いたんだね。


 後鳥羽さんにはもちろん過去の人……。


 百人一首の選者でもある藤原定家も過去の人……。


 っぽい人を探す旅をしてみたいなー。


 目標は当代切っての歌人と稀代の陰陽師ね……。



 私がにこにこしながら物思いにふけっていると、瑠佳君が肘を付きながらこちらを見ている。


「今、違う男の事を考えていたでしょう?」


 ギク。


「………ちがうよ?」


 声が裏返ったかな?


「違いません。いちいちそういう嘘付かないで下さい。どうせバレるんですから」



 え…ー。



「誰です?」



 聞くまで許してくれそうにない。


「阿倍清明さんとか? 藤原定家さんとか? そういう人……」


 しかし平安時代の人というのは、一種の歴史上のアイドル的なものだと思う。芸能人と一緒だよね。


 ああ、瑠佳君が冷たい目でこっちを見てる。


 君も大概顔に出るよね?


 いや、わざと出してるモードなのかな。



「好きなのですか?」



 いや…あの…好きか嫌いかと言われれば、もちろん『好きです』という返事なのだが、これもなんだかはばかられる言い方だ。



「残念ながら、会えませんよ」



 瑠佳君がきっぱり言い切った。

 もうなんの躊躇もなく言い切ったね。

 そりゃそうでしょう。彼らはいわゆる私が居た世界の住人だ。

 故人ですがね……。



「似てても異世界だものね」

「……それはそうです。決して探そう等とは思わぬように」


 ? 随分念押ししますね? 


 勝手に動かれると面倒だから?


 特に有力なのは稀代の陰陽師の方じゃない?


 あの、狐の子と言われている天才陰陽師阿倍清明。


 もちろん名前は違うだろうが、時空を超えて異世界にやって来られる術を使える者。


 平安時代の陰陽師とは訳が違うわ。あれは占い師だし。


 楽しみね。


 ああ、見たいけど、見てはいけないような。


 でもぜひぜひ見たいというか……。


 瑠佳君は相当に陰陽師と繋がりが深い訳で、実は腹心の部下とか親友とか、そんな関係がありそうでならないんだけど。



 だって時を越えてるんだよ。



 つまり秘術な訳でしょ。


 それを私事? で利用している。



 さっき、陰陽寮は俺のもの? って言ってたよね。言ってない? 


 しかも自分の事を


『今をときめく宮』


 と言っていた。


 後鳥羽さんじゃないけど、ときめいてる宮なんかそうそういない。みんな物思いにふけってる宮ばかりだと思う。


 悩んで歌を歌ってみたり。


 悩んで海に沈んだ神器を探してみたり。


 悩んで乱を起こしてみたり。


 悩んで出家してみたり。


 うん。全部後鳥羽さんじゃん。


 後鳥羽さんのもの思いは長くて深いわ。


 それにくらべ、私のもの思いは割と小さくて短いわね。大分精神的に楽になってきたわ。


 困った事態になったら、『後鳥羽さんを思い出せ』ね。


 思い出せば大概の事は、乗り越えられそうな気がしてくる。後鳥羽マジックね。



「もったいぶってないで、ここがどういう世界なのか教えてよ」




 私は耐えられなくなって、直接聞いた。


 それによって楽しみ方が変わってくるのだ。




「別にもったいぶってません」


「じゃあ、聞かせて」


「概ね平安時代と思って楽しんで下さい」


「今更そうくる!?」




 私はあんぐりと口を開ける。


 とぼけてる?


 この少年、とぼける気でいる?






「…しかし、凪子も色々気になると思うので何故世界を越えたかをお話します」




 本題!?




「長くなりますが大丈夫ですか?」


「コンパクトにお願いします」


「無理です」


「………」






 無理なら最初から確認しないでー。






 瑠佳君は重々しく口を開いた。




 ちなみに、二人は居住まいを正す為に、何故か布団の上に正座である。




 足がしびれないことを祈ろう。






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