第10話 意志を聞かれましたよ?

「いくつか質問してからで良い?」


 私はこの後に及んで、まだ決意を口にしなかった。

 いや、もう大体決まってるんですよ。本当は。


「どうぞ」


 と促されて口を開く。


 というか『どうぞ』って絶対答えバレてるよね。すっごい余裕が有るもん。


「まず、私が『心の準備が出来ました。OKです』って言うまで無理矢理は事に進まない」

「……ー別に、その希望は飲んでも良いですが、男としては大変やりにくいですよね。だって問答無用で押し倒しちゃえば楽ですし。早く自分の物にしないと少し落ち着かないですしね」

「?」


 なんだろうこの答え。イエスなのノーなの?


「どっちなの」


 重ねて聞くと、瑠佳君はぱっと扇を開いて口元を隠す。


「まあ、心の声には耳を傾けましょう。『いやよいやよも好きのうち』なんて言葉もあるじゃないですか」

「はぁ?」


 私はどうも納得が行かず、声を大きくした。

 いやよいやよって本当に嫌な場合だってあるでしょうよっ。


「問題が三つ有ります」


 瑠佳君がこちらを見ながら指を三本立てる。


「一つは、僕の感情と心のセーブ。好きな人が目の前にいて、抱ける状況にあるというのに、押さえなければいけないという苦しみ。二つ目はそうこうしているうちに鳶が油揚げをかっさらうという事です。これ、大変危険です」


 鳶が油揚げって。油揚げって私っ。マジっすか。


「誰ですか鳶って?」

「まあ、いっぱいいるんじゃないですか? 一宮とか二宮とか三宮とか、内裏だいりに上がっている貴族とか?」


 えー。そういう環境なの?


 全員私に興味なんてなさそうなんですけど。


 最初の質問から暗礁に乗り上げてない?


「まだあるんですか? 質問」


 なんかめんどうそうにしている瑠佳君が言ってきたが、私は怯みませんよ?


「あと、百人一首の歌い手に会わせて下さい」


 思い切って言うと、瑠佳君は今度こそ扇の陰で溜息をついた。


「……平安時代っぽいはあくまでぽいですよね、百人一首なんてありません」


 にべもなく断られた。


 ショボーン。


 あんまりしょんぼりとしているので、場の空気まで微妙になってるよ。


「……まあ、歌は存在していますから……あなたが定子とでも名乗って、別荘にでも貼ったらどうですか?」



 定子って何? 百人一首の選者である定家さんの女性バージョンですか?

 

 いや……そこよりも……ー

 私が選者?? 驚きの展開です。


「歌い手さんに会わせてくれるの?」


 私はおずおずと聞いてみる。ちょっと調子に乗りすぎたか?


「それは駄目です」


 む。結構頑なな感じだ。


 女性なら良さそうなものだが…。


「瑠佳君が隣にいてくれれば良くない?」


 そこまで言うと、彼は薄く笑ってこちらを見る。


「まぁ、その時点で僕のものになっていて、なおかつお腹に子供がいる状況なら考えても良いですよ?」


 と憎らしくも言って来た。


 交換条件ですか、そうですか。



「質問はその二つで終わりですか?」

「………」

「質問というより、閨の教育係を受ける条件みたいなものでしたね」


 そうね……。もう隠しようもないほど、ダイレクトにそうだったね。


「じゃあ、僕から最初の質問に対する、問題三つ目です。閨の教育係というのは、あくまで結婚準備の一貫であり仕事です。なので子供が出来ない限り女御にょうごに昇格しにくい。つまりは期限があるという事です。なので……あまりじらされると困りますよね。実際問題」


 じと目で私を見る。


 うん。なんか両方とも反古にされそうな危機ですよ。


 合意の上で……進みたい……と思ったわけだけど、沢山の反対意見が。沢山というか一人から三点の問題提起だけど。


 ……合意ってのもなんだろう。


「抱いて良いですよ」


  とOKを出して、行為に及ぶということなんだけど、実際の恋人ってこういう確認作業ってしてるのかしら?


 ドラマや映画じゃそういうシーンはほとんど書かれないよね。コメディならありそうだけど……。


 コメディ……。私たちの関係ってそういうジャンルだったの!?


 一人で考えて一人で笑ってしまった。


 転移的な大事件から、何か初めて心から可笑しかった。


 笑ったらなんだかシリアスに考えすぎていた自分に突っ込みが入りそうになった。


 考えたってしょうがないじゃん。


 そもそも最初に言われた通り、選択肢なんて無いに等しい訳だよ。


 その上で、戯れ程度というか彼は彼なりに遊んでくれているのだろう。


 私が引っかかっているのは、彼の強引性。


 つまり、一から十まであんたの思う通りかい! という所なんだろうね。


 ただ、ここで頑なになって、彼を拒否したらきっと誰も幸せにはなれない。


 彼だって人を一人さらったのだ。相当の覚悟な筈だ。私より二十二歳も下の男の子が、時空を越えて私をさらう。


 三十路の私に起こった事にしては、随分とゴージャスなロマンスだ。


 覚悟を決めて私は口を開く。


「その二つを飲んでくれたら、受けるわ」


 つーんとそっぽを向きながら言ったのに、私はぎゅっと抱きしめられたのだ。


「可愛いね凪子。僕に我が儘を言ったの?」


 私は恥ずかしさから、体に熱を持つ。



「八年前は、そんな姿見せてくれなかったのに、男の前では見せるんだ」



 そう言って、私を抱く手に力が入る。



「押し倒していい?」




 耳元で囁かれた言葉に、返事をするより早く、私は寝具に押し倒されたのだ。



 元々寝ていた場所なので、凄く状況が整っている感じ。



 私はというと、吃驚するほどあっけなく押し倒された。



 ちょっと待って! いきなり条件その一が破られそうなんですけど! この人守る気あるの!?



「良くない! 良くない! 良くないよ! 瑠佳君」



 私は慌て捲って言葉を発する。もうなんか舌噛みそうだよね。



「そんなに何度も言われると、逆に口を塞ぎたくなるよね」



 笑っているんだか、拗ねているんだか分からない顔で見下ろして来る。



「もう、条件とか良くない? このまま一気に行こうよ。僕も積年の思いを成就させたいしね」

「待って! 待って! ちょっと待って!!」



 反古してる! 言った側から本当に反古したよ! 予想通りだよ!



「だって心の準備が!」

「今直ぐにして」

「でもっ」

「僕の事、好きになり始めてるくせに」



 よく分かるね。好きになりかけてますけども。


「男として見始めてたでしょ?」


 見始めてますけどね!


「一気にいったら、もっと好きになるよ」


 露骨だよ! 瑠佳君!


「心が結ばれてからしたいの」


 私はなんとか言い切った。


「どっちが先でも、結果は同じだよ」

「……っ」

「体が結ばれてから、心が結ばれる。心が結ばれてから体が結ばれる。同じでしょ?」


 同じだけど! プロセスが違う!


「体が結ばれてから、心が結ばれなかったら、悲劇でしょ!」



 そういう場合もあるよね。


 いや、そういう場合がないと、みんなレイプ犯を好きになっちゃうでしょ?



「悲劇にはなりそうにないけど」



 何故か冷静な分析が返ってくる。


 うん。なりそうにないよね。自分でも分かるよ。一気に落ちるわ。認めちゃうけど、あんたにラブラブに成りそうな気がするよ。困ったね。



「凪子の心も体も手に入れる最大のチャンスを逃すタイプの人間じゃないけど」



 やっぱりそういうタイプだよね。



「ついでに言うと、『いやよいやよ~』が本当に嫌かOKなのかも分かるタイプだよ」


 こんな時なのに十三歳は余裕で言ってくる。


 本当に十三歳!?



 逆光になって、彼の輪郭が濃くなる。


「随分立派な十三歳ね」


 あれ? これって嫌味?


 瑠佳君はクスリと笑う。


 別に可笑しくて笑ったというよりは、私が嫌味を言ったのが新鮮で笑ってしまったという感じだ。


「そうだね。普通の環境には生きてないよね」


 クールダウンした彼の声に耳を傾ける。


 私も実際一緒にクールダウンしたのだ。


「ここは別邸だけど、普段は内裏にいるんだよ? 権謀術中の渦の中。普通には生きられないよね」


 瑠佳君が私をじっと見下ろす。


「明日、毒殺されるかもしれない。謀反に仕立て上げられて、追放されるかも知れない」


 私も彼の視線に視線を合わせる。


「だから、今晩抱きたいんだよ」


 そんな事を言われたら、私は何て返せばいいんだろう?


 心の準備とか、そんな小さな事を持ち出せる雰囲気ではなくなりましたよ?


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