第8話 知られてました?

 知ってるって言い張ってます。




「あのー……。つかぬ事を伺いますが、なんでお知りになっているのでしょうか?」

「閨の教育係の性歴は調査されますので」

「………」




 調査されるんですね……。それもショックですが、ならば閨の教育係に向いていないのも分かりそうなものではないのでしょうか。




 私はぶつぶつ言わずには要られない。




 向いてないよね? 向いてないでしょ?


 経験なしだよ?


 向いてないにも程があるよ?






「勘違いしているみたいなので、ハッキリ言いますが、閨の教育係なんていうのは、ただの言い訳のようなもの。つまり凪子が手に入るのなら、別にどんな手を使っても構わないのです。ただ、それが一番公式として手っ取り早かったという、結果論です」

「……」




 悪人?


 外道?




「公に四の宮はこの女を抱いている。という牽制というか、これは俺の女だという先制というか。だから他の女はいらないというか。ついでに婚活なんかされて、他の男に触られたら許せないというか。そんな諸々の気持ちを解決する最善の方法だったのです」



 私は今度こそ言葉を失った。


 瑠佳君が超絶早口で凄い内容を捲し立てていて、もう言葉を挟む隙がない。




「っていうか婚活ってなんですか、婚活って。僕と結婚する約束だったでしょ? 忘れたとは言わせませんよ」




 え?


 約束?



 えっと約束?




『先生、大きくなったら結婚しようね』

『いいよ』




 という、ああいう遣り取りのことじゃないよね?




 お飯事ままごとの延長的なアレ?


 大きくなるとみんな忘れる、もしくは良い思い出になる、アレ。






「なので、経験がなくて結構。むしろない方が良い。あったらとても不愉快な気分です。性歴なんてものはいくらでも融通が利きますし、適当に経験豊富な女性って事にしておけば良いのです」

「へー……」




 何とも、要領の良い宮様で……。


 なんだろうね? この十三歳。






「瑠佳君て、先生とそういう関係になりたいの?」




 シンプルな質問が口をついて出てしまった。




 だって重要でしょ?


 嫁じゃなくて、閨の教育係だよ?


 シンデレラストーリとはほど遠いし……。


 なんかなー……って思うじゃん。






「もちろん。とても成りたいです。というか凪子となれればそれで良い。わざわざ時空を越えて迎えに行ったのですよ? 強く執着しているとも言えますよね?」




 しれっと言い切った。


 有る意味凄い。






「二十二歳も年上の先生と、そういう関係って想像すると照れくさくない?」




 先生は恥ずかしいとうか照れくさいというか、居たたまれないというか、どういう顔してそういうことするのか想像も出来ないですけど。






「恥ずかしいです」

「え? じゃあ」

「いえ、恥ずかしさなど些末なことです。それにそういった感情は最初の一回だけではないでしょうか? 恥じらいは楽しむべき過程の一つです。そうです楽しみましょう。歳の差は取るに足らない事ですね。たかだか一年や二年や二十二年くらい。凪子が長生きすれば済む話ではないですか」




 うわー……。長生きってなんかリアルな話になって来た。しかも二年の後二十二年って凄い飛んだ。

 飛び過ぎじゃない? 一歳、二歳、三歳、五歳、十歳くらいで進もうよ。






「ちなみに凪子に断る選択肢なんて用意されていませんよ。当たり前の話ですが、拝命していましたし。平安時代似の世界ですから、僕が保護しなければのたれ死に決定です。もちろんそんな事はさせませんが。そして元の世界にも帰れません。時空の道は閉じられたばかりですし、そもそも術式がないと開かない。開ける術者に頼むことも出来ません。陰陽師は僕の息が当然かかってますしね」






 少し泣けてきた。


 瑠佳君、君って結構酷いよ。やってる事。




 八方塞がりってこの事なんだね。




「先生、拝命してないよ」




 最後の頼みの綱とばかり訴える。


 聞いてはいたが、返事はしてない。


 これは事実。






「してましたよ?」

「してないわ」

「それは意識を水面下に落としてたからです。催眠術の一種ですよ」

「ーーーっ」






 ひどっ。


 私の意志が一パーセントも入っていない。


 あんまりにもあんまりで、うっすら涙ぐむ。






「僕が嫌い?」






 落ち込んで肩を落とした私に、瑠佳君がそっと手を伸ばした。




「嫌いとか好きとかじゃなくて、全てが先生の意志を無視して進んでいるところが悲しかったの」

「じゃあ、これからは意志を伺いましょう」




 瑠佳君が私の手をそっと取り、口元に近づけた。ふわりと柔らかい唇が触れる。




「真っ直ぐに伝えた所で断られるなら、そんなものには意味がない。連れ去ったのも閨の教育係にしたのもフェアーではないかもしれない。でもねー」




 瑠佳君の瞳が私をのぞき込む。


 先程の手にされたキスの感触も相まって、私はぶっわと顔が紅くなった。




「好きなものを確実に手に入れるって、結構強引なんだよ」




 手元にキスをした少年はしれっと言い切った。






  






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