第4話 少年がいますよ?

 少年の方は少し首を傾けた。




 髪は結い上げていない。


 垂髪すいはつというか、分からないが烏帽子えぼしとかは被らず、下ろして後ろで一つに結っている。




 プライベートだから?


 元服前?


 いや、半尻はんじり(童子用の狩衣)とは違う気がする。元服はしているのだと思う。






 しかし、元服後となれば人前で烏帽子を被ってないのは、相当に珍しいのではないか?






 大人には見えないが、子供でもない。


 中学生くらいなのだろう。




 平安時代の文化形態なら大人。


 元? の世界では子供。


 そんな中間的な存在だ。




 そんな少年と目が合った。


 顔立ちの整った少年だ。


 清潔な感じのする、涼やかな少年。




 その少年は私と目が合うと、扇で口元を隠し、少し微笑んだ。




 好意的?


 そう捉えて良いんだよね……?




 何か話かけてみようか?


 言葉は通じるよね?


 少し待ってみたが、少年からは話かけてこない。




 へんな沈黙が過ぎたあと、ここは年上? だからという気の回し方によって、私が口を開いた。




「こんにちは……?」




 ……。

 

 

 なんだろう?


 微妙に間が抜けてしまった。




「……こんにちは」




 少年も戸惑いながらも、返事を返してくれる。 透き通った声だ。




 ーたぶん、声変わりはしていないと思う。




 ふと、首元に視線が行ってしまう。


 しかし、暗くて喉仏までは確認出来ない。




「……良い月ですね」




 自分の口から出た言葉に私自身が驚いた。


 月って……。


 三十五年間の人生、挨拶に月を出した事はない。




 なんとなく……。


 世界のイメージが月なんだよね。




 平安時代の貴族は、あまり分かりやすい美を求めていない為か、百人一首に月が多様されている。




 月を用いている歌は十二首もあるのだ。




 百分の十二って凄い数字だと思う。




 かの有名な紫式部ですら




『めぐり逢いて 見しやそれとも わかぬ間に


雲隠れにし 夜半よわの月かな』




 と詠んでいる。




 幼い日の友達と逢ったのに、あなたと確認する前に、夜中の月のように消えてしまった。




 うーん。




 盛ってあるよねーこの歌。




 紫式部さんて、なんていうか源氏物語でも思うけど、盛りまくり盛りまくり、盛って盛って更に盛る?

 のが特徴なんじゃないかしら?




 あなただと分からぬ間に……


 なんて事、ある訳ないので、まあ、その方がロマンチックだからそうしたのだ。




 うん。エンターテイナーだわ。




 それは良いとして、月を話題に出したのは、月の明るさが印象的だから…というのもある。




 そして、自分を落ち着ける為だ。




 私の疑問質問が今にも堰を切ったように溢れてきそうで怖かったから。




 だって、初対面の男の子に、




 ここはどこ?


 あなたは誰?


 私、どうしちゃったの? 




 と、捲くし立ててしまったら、ちょっと申し訳ない。




 大人なのだ…大分。


 というか、子供の前では大人で有りたい。




 保育士としての、なけなしの矜持? なのかな?




 しかし、考え過ぎて、謎の会話になってしまった。




「ええ、今宵は十六夜です」




 十六夜いざよい……。うん。


 やっぱりこの子、現代人じゃないよ。普通の中学生は




「十六夜ですね」なんて名称を会話では使わない。十六夜というのは、満月を一日過ぎた日で十五夜より少し掛けている。下の部分がね。




「ここはどこでしょう」




 ここに来て、一番肝心な事? を聞いた。


 私的にね。




「ここは別邸です」




 少年はシンプルに答えてくれた。


 別邸ね。


 大分短い会話なのだが、ヒントになる情報はいくつかある。




 つまり、彼は本邸も持っている金持ちだということだ。


 そして地名はぼかされた気がする。


 ○○の別邸です。という方が自然じゃないか。


 何の為にそこを伏せたのだろうと思うが、伏せた方が都合だ良いから伏せた


のだ。




 別邸か……。




 百人一首的に言えば、吉野とか宇治とかかしら?




『朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 


吉野の里に 降れる白雪』




 響きの綺麗な歌だ。




 夜があける時、夜明けの月を思わせるような、明るい雪だ。




 昔も今も、夜更かしをする人は多かったみたい。白い雪で外が明く見える。雪国の人ならなんとなく実感出来ると思う。




 寂しさや切なさとは割と無縁な歌である。風景を読んだ歌だからね。


そんな吉野という土地は、奈良時代、平安時代は皇族や貴族の別荘などがある。




 まあ吉野のことは置いといて……。


 端的に言って、ここは東京じゃなさそうね。


 もちろん私の安アパートでもない。




 木で造られた、しっかりしたお屋敷で、この少年はやんごとなき身分の人なのだ。




 家元?




 いやいやいや、茶道などの家元な訳がない。確かに家柄はしっかりしているが、着物の時代が違う。




 茶道は、家によって異なるだろうが、直衣や狩衣なんかは、全然ないだろう。


 どちらかというと、袴を付けない着流し系だよね。




 じゃあ、神主!?


 一番有力な候補者である。




 けど、良く考えればこれだって違和感バリバリだ。中学生の神主って。




 ないわー。全然ない。


 百歩譲って、見習いだよね。


 そして見習いは大概、白い着物に水色等の袴をつけている。




 まあ、認めちゃえば簡単なんだけど。


 私、初見で、ここは世界が違うと思ったんだよね……。




 私の熟考中、少年は音もなく待っていた。


 というよりは? 興味深く観察してた?




 ちらっと見ると、やはり目が合う。


 目元が少し上がっていて、切れ長な瞳だ。


 ある意味日本人的な顔つきなのではないかな?


 この造作の綺麗な顔、私はどこかで見ていないだろうか?


 少し、懐かしい気がするのだ。




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