第3話 目が覚めた?

 片手で額を押さえる。




 当然そこはアパートの廊下のはず。


 でも、アパートの廊下じゃない。




 それはもう本当に匂いで分かる。




 埃っぽさや、塗装の臭い、錆びた配管の臭いだったり、道路に吐き出される排気ガスの臭い。




 とにかく、都会、東京とはそういう雑多な臭いがするものなのだ。




 自転車のタイヤの臭い、換気扇から吐き出されるシャンプーや芳香剤の臭い。




 いわゆる人混みの臭いだ。人が生活をして、その生活が作る臭い。




 これが好きな人も、そうではない人も居るだろうが、そういう臭いがしないのだ。




 つまりーー




 アパートの前ではないという事。




 それは分かる。




 じゃあ、代わりに何の匂いがするかっていうと。これはたぶんーー




 別世界の匂い。




 なんて言うか? 木の匂いがするんだけど、林とか森じゃない。桐とか桧とかそいう匂い。




 もちろん、木の匂いに詳しかったりはしない。

 けどーー


 例えば源氏物語を読んだ後、出てきた香の匂いは気になって調べる程度には興味有り。




 アロマオイルより、入浴剤の方が、近い匂いを発見出来たりして、地味めにへこむ。


 入浴剤って!?


 なんて年齢層が上のアイテムなんだ!






 つまりは、木っぽいような、箪笥っぽいような、桐の箪笥に入っていた振り袖のような。


 そういう匂い。


 そしてやっぱり紅梅の匂い。




 梅の匂いって、よく源氏物語の光の君も言ってたけど、あれよねーー


 梅を目の前にして、くんくんしても微妙に分かりにくい……


 なんとなく梅干しがもっと花っぽくなった匂い? だと思う。


 良い匂いなんだよ。うん。




 つまりーー


 言うなれば……。




「ーー箪笥の中の匂い!?」




 第一声が、とんでもない内容の言葉になってしまった。そして意識がはっきりと覚醒する。




 と同時に、クスリと笑う声が聞こえた。


 品が良いけど、どこか幼さの残る声。




 人! 人がいる!


 っていうか人!




 目を凝らすと、仄かな明かり中、人が座っているのが分かった。




 月明かり?


 外から差す明かりが、影を造っている。 




 箪笥の中じゃなかった……。


 私は変な所で赤面する。




 箪笥の中な訳ないじゃない。


 箪笥なんかに、人、入らないよね?


 自分で自分に突っこむ。




 でもさ、バラバラ死体とか、箪笥とかクローゼットに入れられてさ……っていうか、それって生きてないしっ。




 混乱中の頭が更に混乱していく。




 そうじゃない、そうじゃない!


 人! 人を確認しないと!




 私は凝視するように一点をみつめた。


 もちろん、笑い声が聞こえた方である。




 よく見れば少し小柄、少年のような人影だ。


 身長は私より高いか低いかどっこいどっこい。


 ちなみに私の身長はやや低め。


 そんな私と同じくらい。


 つまり、大人じゃないんだ。




 そしてー




 着物姿をしている。




 着物と言っても一般的和装じゃない。




 平安時代の貴族が着るような着物だ。


 つまり、直衣のうし的な。


 いや狩衣かりぎぬかもしれない。




 ちょっと座っていて判断しにくいのだ。




 今の時代、一般人はそうそう狩衣を着たりはしない。




 むしろ、着たことあります。と言われたら吃驚だ。




 縁も縁もなく一生を終えるんじゃないかな。




 まあ、昔だって庶民は狩衣に一生縁がない。




 そこんとこ変わらないか…うん。




 今は皇族&神主&コスプレイヤーくらいかな。

 着たことある人。




 そして、昔は貴族のかなり砕けた私服だろうか。


 そんな扱い。




 その、いかにも質の良さそうな、けれどどこかあか抜けた雰囲気のする着物から、紅梅と桐の匂いがする。




 これだわ……。


 箪笥の正体……。




 間違えないでしょ?




 私は確信の為、うんうんと頷く。












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