第2話 死んだ?

 

『もろともに、 あはれと思へ 山桜


 花よりほかに 知る人もなし』




 修行の為に、山に入った修験者の若者が言ったわけよ、




「哀れだと思っておくれ、山桜よ」




 お前の他に、私が桜を見て綺麗だと、思っている事を、誰も知らない。


 という意味…。




 これまた孤独な歌なのよね……。




 誰も来ない秘境で桜が満開に咲いている。


 こんなに綺麗なのに。


 誰も知らない。




 ……けど、お前が綺麗に咲いている事を、私は知っている。


 だから、お前も私の心を知っておくれ。




 ーもちろん




 私が玄関先で倒れて気を失った事など、世界の誰も知る人はいないー




 一人暮らし……万歳?




 夜中だしね……。


 人も通らないよ?




 倒れた時に、大きな音がしたのならともかく、崩れるようにズルズルといった感じで、音はしなかった。と思う。




 下は鉄板のはずなのに、衝撃はなかった。




 うーん。




 どうしようね?


 スマホも持ってないし、




 花だって知らないよ? 咲いてないしね、アパートの廊下には。そんな洒落てはいません。




 でも…ー


 僅かな時間が経った頃、誰かの命令するような声が響いたのだ。




 紅梅の匂いは相変わらずしていて、




 その匂いの中、


 声が聞こえる。




『泉之守の娘を、四ノ宮のねやの教育係に任命する』




 随分と具体的な内容だ。




 夢現の出来事なのか、私はうんともすんとも言えない。




 でも、耳元で私とよく似た声が、


「拝命いたします」


 と細い声で答えているのだ。




 誰?


 何?


 何の話?




 いやいやいや。


 ちょっと、拝命しちゃって大丈夫なの?




 ねやだよ?




 私は頭の中で、混乱しながらも、もの申したい。




 簡単に引き受けてはいけない。


 危険だ。


 心の中で何度も警鐘を鳴らした。




 私の代わりに返事をした、そこのあなた。




ねや』っていうのは、直訳では、こうなります。 寝室。奥深い部屋。


 意味ありげですよね、閨って。




 もちろん。


 もちろん。もちろん。


 私は百人一首大好き人間なので、閨って知ってます?


 大切なことなので三回言いました。




 平安時代、結婚準備的なそういうので、成人すると貴族? というか皇族? は自分より年上で経験豊かな? 女性と寝所を共にして、アレヤコレヤと教えてもらうという。




 そうじゃないと、結婚する女性側も男性側も初めて同士になってしまい、あんまりうまくいかないというか……。




 もちろん初めて同士でも大丈夫といえなくもないと思うのだが、今と違って、色々なものから知識が得られる訳ではないので、どちらかが心得ていないと、いったい何するの? 的になってしまうから? なのか。




 周りの大人、お膳立て凄いな……。




 結構デリケートな事だよね?




 しかしーー




 泉の守の娘とやら。


 あっさり返事をしたから、迷いとかそういうのないんだよね?




 ーーでも




 なんで私に声が似てるんだろう?


 先祖?


 先祖は中流貴族??




 今の状況と全然関係ないけど、少し嬉しい。


 明らかに、今の私はキングオブ庶民だしね。




 成人といっても、平安時代の事だから、もちろん二十歳なんかじゃない。元服といったら十三歳くらいなんだと思う。




 今でいう中学一年生。


 もしくはその前後。




 四の宮というからには、四人目のお子さまなのだと思う。


 天皇陛下の第四皇子。


 かな?




 凄い身分よね。


 この時代の日本の頂点というか……。




 まぁ……今も頂点ですけども。




 私とは一生縁のなさそうな身分ではある。




 私はなんだか、脈絡のあるようなないような、思考の海を一人で展開する。




 そして、恐る恐る、目を開いたのだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る