終26 英雄凱旋
「兄ちゃん……」
「ったくなんだその、幽霊でも見ているような呆けた顔は」
いや、だって幽霊じゃん。なんて突っ込みをいつもならしていたのだろうけど今やそんな言葉すら言葉にならない。
目の前に起きた奇跡に、事象に。何をどう言葉にしていいのかすら分からなかった。
「どうせ、シリア達から聞いてたんだろ。俺は死んじゃいない。こいつらとずっと旅をしていたからな。結果的にその
「でも……」
でも、結局俺一人の力では何もできなかった。家族のことも。魔王のことも。
「でも、なんだ? 現にこうして魔王の陰謀を止めていてくれたじゃないか。俺がこの時間にこっちの世界に帰って来れるというのは決まっていた。シルフィーユのバカが『ダメです! 時間と空間の行き来には運命に定められた刻限に動かなくてはならないという制約がありまして』ってちっとも臨機応変に動いてくれなくてさ」
と。どうやらそのシルフィーユというのがこの世界とシリア達の世界をつないでいたらしい。
「で、結局この刻限までこっちの世界には帰って来れないっていうもんだからめっちゃ心配してたんだけど、その心配さえ要らなかった。まぁシリアが俺の家に飛ばされたって時点でそこまで心配もしてなかったんだけどね」
「でも、でも俺がこうして魔王討伐に動かなかったら」
「そんなわけない。何だかんだ言ったって翔は優しいから。そうだ、ついでに心の声が聞こえてたから教えておくけど、翔に心の温もりを教えてくれたのは何もシリア達じゃないからな。心の温もりなんて人間誰もが最初から持っているものなんだ。シリア達はそのぬくもりを翔に思い出させてくれただけ。
全部全部彼女たちのせいじゃない。翔が最初から持っていた気持ちなんだよ。で、その心の優しさに付け入るわけではないけど、もう少しだけ協力してほしいな。ほら、俺と魔王が戦って互角になるくらいだからもう少し火力が欲しいわけさ。ってことで、お願い」
兄に頼みごとをされるのはそう珍しいことでもなかった。お調子者の兄は割と子供のころから口癖のように「お願い」って。
でも、今日だけはそのお願いにも乗ってあげたい。いや、むしろこっちが魔王を倒すために力を貸してくださいとお願いしているようなものだ。
兄と久しぶりの共闘。なんか心のドキドキが止まらないや。
「っち。勇者か。久しぶりに見た面だな」
「あぁこっちとしても魔王を目の当たりにするのは久しぶりだ。よくもまぁ政治家のふりをして俺の故郷を潰そうとしてくれたもんだな。その行いの報い、きっちりと受けてもらうからな」
兄ちゃんは俺の拾った剣とは異なり神々しく輝く金色の剣を携えて魔王へ一直線。
「翔、俺が魔王の気を引くからそのすきに
と、その言葉だけを残して。
だからこそ俺は兄ちゃんの陰に隠れてひそかに魔王へと近づいて行った。
「ライトニングエクスカリバー」
兄ちゃんの剣と魔王の持ち合わせていた剣が激しくぶつかり、その衝撃波は部屋中へ。
そんな圧力に耐えながら俺は右足、さらにメルちゃんが左足を何度も何度も剣やハンマーををグサグサと抜いては入れてを繰り返していた。
「マジでお前ら調子に乗るんじゃねぇー」
その時、さっきと同様、魔王は足を振り子のように引き俺たちを蹴とばそうと。
さすがにこの短時間でこの大きな足を避けられるような位置まで移動はできない。
俺は剣を心ばかりの盾にしようと、防御態勢に入ったところ。
「だから、お前のことは俺が守ってやるって」
一瞬で自由落下に身を任せて高い位置から降ってきた兄ちゃんがカウンターのように魔王の足を打ち返す。
兄ちゃんの剣の威力はすさまじく。本当に蹴りを打ち返してしまうんだからとんでもない。
魔王は再びバランスを崩し、その場に仰向けとなった。
そしてさっきの俺たちとは違い、兄ちゃんはすかさず、魔王の腹の上に飛び乗る。
「おい、ラグナリア。聞こえてるか」
「はい」
か弱かったもののラグナリアは兄ちゃんの声に応える。
「さすがに魔王の解析も出来ただろ。弱点はどこだ」
「首。喉仏あたりをグサッとやれば」
「了解」
兄ちゃんは魔王が立ち上がらないよう杖を突くように剣を突き刺しながら魔王の腹から心臓、そして首筋まで歩いて行った。
「おい、翔ちょっとこっちに来い。協力してほしい」
そう言われて俺は不審に思いながらも魔王の体の上を駆けていく。
そして兄ちゃんの元までたどり着いたところで、俺は兄ちゃんの持つエクスカリバーという剣を手渡された。
「これって」
「魔王を倒すのはいつだって勇者の仕事と決まってるだろ。だから翔。お前がこの魔王の喉仏を一思いにやっちゃいな」
「でも勇者は……」
「な~に言ってんだよ。ここまで魔王を追い詰めたのは誰だよ。少なくとも俺じゃないぞ。俺は最後にちょこっと登場して攻撃を少~ししただけだ。それに俺はレクセルっていう転生した世界の勇者だ。この地球という世界の勇者ではない。むしろこの世界を救ったのは他でもない翔だ」
「でも……」
「ほら、グズグズしてたら魔王がまた起きて面倒だ」
「なら、俺からも兄ちゃんに一つお願い」
そういうと兄ちゃんも俺の顔を見ながらその続きを待ってくれた。
「俺と一緒に魔王に剣を刺して。俺一人じゃなくて兄ちゃんと一緒に」
そう願うと兄ちゃんはフッと笑った。
「そういうことならまぁいっか。この魔王に対して二人の勇者でとどめを刺してやろうぜ」
「うん」
そして俺と兄ちゃんはともにエクスカリバーに剣を携えてゆっくりとその剣を下した。
魔王も声を上げることはなく、静かにその剣を受け入れるように。まぁ意識がないっていうだけだろうがそれでも二人の剣は静かに吸い込まれていった。
*
俺と兄ちゃんが魔王を討伐したことで人知れずこの世界は救われた。
周到と千歌たんは遺体で発見されたというニュースになったものの地下室は誰にも見つけられず。さらに二人は争った形跡も無く一階のソファーから発見されたことが理由で自殺とされていた。
が、ネットの噂によれば二人の抜け殻に魂はおろか生きた人間としての形跡もなく、本当に借り物の姿だったという奇妙な話が上がり、そこに千歌たんのプレミアム会員からの証言も相まって二人は不思議な存在として一躍ネットでも話題に。
ただ、兄ちゃんの推理ではおそらくどこか、もしかしたら元居た自分たちの世界に帰っている可能性が高いという。
「それゆえに、俺たちは元の世界に帰らなくてはならない。まぁそもそもシリアやメルたちがこの世界にいる時点で空間がねじれておかしな話になっているから魔王たちがどこにいようと帰らなくてはならないんだけどね」
それに、自分もこの世界では死んだ扱いされているらしいしと笑いながら兄ちゃんは自分の境遇も受け入れていた。
「でも、せっかく翔君とも仲良くなったからこれでお別れなんて」
「そうですよ! せっかくだから翔もメルたちと一緒にこっちの世界に来ればいいじゃないですか」
と。シリアやメルちゃんは別れを惜しんで俺に泣きついてくれたが。
「物理的に不可能。弟君が私たちの世界に来ればこの世界の弟君は消えることになる。するとこの世界の歯車がまた狂い始める。人間誰も一人では生きていないから。消えても誰にもバレない人間なんて、誰にも悲しまれない人間なんて一人もいないから」
「と、ラグナリアの言うとおりだ。さすがに翔を連れて行くわけにはいかない」
そういうことらしい。確かに俺もシリアやメルちゃん、ラグナリアと過ごしたこの数日間はとても充実していた。それこそひと夏の夢の夜のようなものだったけれども。
「大丈夫。俺もみんなに一人じゃないって気づかせてもらったから。それにシリア達と別れたって俺から全てが消えるわけじゃない。みんなの想いと記憶はずっと心の中に残り続けているんだから」
そう告げるとさっきまで泣きついていたシリアとメルちゃんも涙をぬぐい立ち上がった。
「そうだよね。離れていても私たちの心は一緒だもんね」と。
それを最後に兄ちゃんはシルフィーユの力を使い、異世界とのゲートを開く。
そして順番にシリア、メルちゃん、ラグナリア、キーラ、兄ちゃんとその扉の中へと消えて行った。
扉は一瞬で俺の部屋から姿を消す。正直信じられない話だが本当に今、俺の部屋が異世界と繋がっていたんだ。
兄ちゃんは生きていた。あんな楽しい人たちと一緒に世界を救うために第二の人生を楽しんでいた。
「よかった。兄ちゃん、ちゃんと生きていたんだね」
俺は仏壇の前で兄ちゃんに語り掛けてみる。この声が果たして再び異界に行ってしまった兄ちゃんに届くのかは分からない。
でも、俺はちゃんと伝えたい。
「もう割り切ったとか言ってたけど、未だに心のどこかにつっかえるものはあった。兄ちゃんみたいに家族みたいにもう手に入れたものをバラバラにされたくないって誰かと触れ合うのを自分から避けてたけど……」
今なら分かる。そうじゃないと。出会いがあれば絶対に別れもある。だから逃げるんじゃなくて触れ合った方がいい。人に触れあう事で人は刺激を受ける。そんな刺激を感じられるから生きた感覚を感じることが出来るんだって。
「だから、これからは昔みたいにもう少し明るく生きてみるよ。兄ちゃん、それにシリア、メルちゃん、ラグナリア。よかったらこれからさらに強くなる姿を見守っててね」
ファンタジー美少女たちが俺の世界に異世界転生してきた 神木界人 @Mryut
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます