25話 柄にもなく
「お前らよくもやってくれたな!」
咆哮を響かせた。
「俺と対等に渡り合った勇者がいないからとちょっと油断しすぎていたみてぇだな」
まったくこれだから。現実世界でこういうモンスターと戦っても体力ゲージが見えないから面倒くさい。どこまで攻撃を与えればいいんだよ。ゲームで言えば体力が半分くらい減って第二段階へと移行したって考えていいのだろうか。
「とにかくもうひと踏ん張りだ。みんな」
異界から来た三人も俺に頷いてくれる。
ずっと一人だった俺にとってこんな経験は一度もなかった。そりゃゲームの中ではたくさんの人と協力プレイをすることだってあったけど、それは所詮顔も知らない全国の誰かさん。
一緒に戦っているにしても同じ楽しみ、苦しみをすべて共有出来ているとも思えない。
年齢が同じか違うか。俺と同じように学校に行っているか働いているのか。その人も俺と同じように友達が少ないのか、リアル友達にあふれていてそのコミュニケーションついでにゲームをプレイしているのか。何一つ分かりやしない。
でも、今は違う。
今は確かにシリアとメルちゃんと、ラグナリアと俺は一つになっている。一つの敵を倒すって目標を前にして、同じ場で、同じ空気を吸いながら、心を一つにして戦っている。
それがこんなにも楽しいことなんて知らなかった。ゲームの世界で誰かとつながっていればいいやなんてもう今は思えない。
誰かと一緒に生活することの喜び、何かを成し遂げるためにともに考えあって協力する楽しさ。今この時間を共有しているという感覚。
その全てを思い出しちゃったらもう、あの世界には戻れない。
今がすっごく楽しくてキラキラして、最高な時間だ。
「行くぞ!」
「おー!」
俺とメルちゃんは再び駆け出し、シリアは魔法詠唱の準備に入る。
「ったく! 同じ手は二度とくらわねぇーよ」
「弟君には右ストレート。メルには左足が」
ラグナリアの指示通り飛んでくる魔王の右腕。確かにその攻撃範囲は広いけれど、来ると分かっているものならば俺にだって避けられる。
「メルちゃん!」
「任せなさい」
さらにメルちゃんに関しては彼女を潰そうとした左足にカウンターのハンマー攻撃。
対して俺は床に転がっていた剣を拾い上げ、魔王の右足にぶっさす。
「おい! お前らマジでちょーしに乗ってんじゃねぇーぞ」
だが、やっぱり俺の攻撃もメルちゃんの攻撃も効いているダメージが少ないのか、サッカーボールを蹴るように簡単に吹き飛ばされてしまう。
「ツヴァイトスリーフ」
そんな俺たちの代わりに今度は遠距離からのシリアの魔法。
最初のうちは俺とメルちゃんにばかり意識のいっていた魔王も反応が遅れ、見事に攻撃が決まっていたものの。
「シールドミラー」
俺たちが飛んで行ったらすぐに意識はシリアの魔法へ。彼女の魔法を鏡のようなもので跳ね返し、狙うはシリア――――ではなくラグナリアのほう。
「おめぇーがいると俺の行動が全部見透かされているようで気持ち悪ぃーんだよ」
ラグナリアも戦えないわけではないが、魔王の弱点や攻撃パターンを読むことに専念していたせいで回避が遅れた。
魔王には効いているように見えなくてもシリアの魔法は強力だ。今の『ツヴァイトスリーフ』は鋭い柊の葉のようなものを強力な風に乗せて飛ばしたもので、普通の人間が食らえば皮膚のあちこちに切り傷のようなものを付けるくらいの威力はある。
そしてそれがラグナリアにもろで命中したとなれば彼女の負うダメージも相当なものだ。
シリアも瞬時に攻撃の手は緩めたもののそれでも間に合っていなかった。
ラグナリアはカッターを振り回されたかのように体のあちこちに引っ掻き傷をつけ、その一部を抑えながら崩れ落ちる。
「シリア! すぐに回復魔法を」
さすがに自分で仲間を傷付けたという罪悪感から少し戸惑っていたシリアだったが俺の声には何とか答えてくれてすぐに詠唱に入る。が、
「んぁ事させるわけがねぇーだろ。リプロダクション」
魔王がそう唱えると、さっきまでシリアが放っていた『ツヴァイトスリーフ』をしかも詠唱なしの『リプロダクション』の一言で発動。
その標的は当然のようにシリアのほうへ。回復用の詠唱を唱えていた彼女に逃げるすべはなく、さらにはラグナリアよりも露出度の高い服を着ているせいでその体はさらにボロボロに。
「フハハハ。どうだ。己の魔法を己で体感する気持ちは」
魔王は満足そうに言葉をこぼした。
「さて、残るは二人ってところか」
さすがにシリアも今の一撃で戦えるような状況ではなくなってしまった。立つことさえままならない彼女に魔法を唱えさせるなんて……。
かといって俺はもちろんのことメルちゃんにも回復魔法は扱えないのだから彼女たちを救う手立てはない。
あとは俺とメルちゃんで無理やりにでも魔王を倒す活路を開かなくては。
「無理だ! 諦めろ。お前ら二人でどうにかできるわけがなかろう」
「んなことはやってみなきゃわからないだろ!」
我ながらこれは俺の仕事でも俺のキャラでもないなと思う。いつからこんな漫画の主人公みたいなセリフを吐くようになったっけ? いつから誰かのために、世界のために戦おうなんて人になったっけ? いつからこんな情に訴えかけるような暑苦しいやつに。
全部全部異界から来たシリア達のせいだ。彼女たちが静かで、孤独で、寂しかった俺の生活を変えてしまった。
彼女たちが来たから俺は誰かとともにいる温かさを知ってしまった。
彼女たちが来たから俺は『他人』に興味を持つようになってしまった。
彼女たちが来たから俺は誰かを守りたいって。
全部全部彼女たちの――――おかげだ。
「だから俺は彼女たちをこの世界をすべてを守りたい」
「ったく知らないうちに強くなったな」
その声はもはや頭の中ではない。
天から。いや、俺の頭上からか。
一人の男が、まるで降臨するかのように剣を携え神々しい光に包まれてこの地下室に舞い降りた。
「久しぶりだな翔。元気そうで何よりだ」
そうハニカム青年は、六年ぶりに見る久しき者だった。
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