23話 吸血鬼



 瞬間、キーラはステージから飛び立ち、低空飛行で一気にこちらとの距離を近づけていた。



「翔! 気を付けなさい。キーラはあんなんだけど男のあなたとは分が悪いわ」



 その言葉と同時にメルちゃんとシリアは魔法で俺の防御を、ラグナリアはキーラに向けて攻撃魔法を放った。


 それは見事に命中し、一時的にキーラの勢いを止めたものの、それじゃダメだ。全然ダメ。彼女の回復力というか耐久力にはかなわない。



「とにかくあいつの命は考えずに目を覚まさせるためにボコボコにするのが筋です」



 そう言いながらメルちゃんはハンマーを掲げ床に寝ころぶキーラに重たい一撃。


 まるで床に穴をあけるほどの勢いで床に亀裂を走らせた。



「ならば俺は本体を倒しに行く。こういうのは大抵操り主を殺せばもとに戻るもんなんだよ」



「分かりました。ならメルとラグナリアでキーラを止めるので翔とシリアはパスキュールをお願いします」



 俺とシリアがメルの言葉にうなずき駆け出した。それを止めるべくキーラも立ち上がろうとするがラグナリアの重力操作魔法とメルちゃんのハンマーで阻止する。


 そして俺とシリアはまっすぐパスキュールの元へと。



「翔君。躊躇ためらわないでね。あの子はあなたの好きなアイドルかも知れないけど中身は魔王の子よ。少しでも手を抜けば付け込まれるわ」



「当り前だ」



 俺たちファンの事を下僕と言われてまだ盲目的に彼女のファンでいれるほど俺も従順じゃない。



「クフフ。私を直接相手しようなんて百年くらい早いんじゃないの」



 パスキュールはシリアを相手にとらず俺にのみ一直線で剣を振りかざしてきた。



「まぁ吸血鬼だから剣ってのはあんま好きじゃないけど、これで首をもげるなら悪くも無いかもね」



 狂気の笑いを繰り返しながら辛うじて一撃目を避けた俺に追撃を試みる。



「ヘルスサファイア」



 が、パスキュールの足元から突如生え出した蔦たちが彼女をからめとり動きを止めた。



「今よ、翔君」


「サンキュー、シリア」



 形勢逆転。俺は彼女をめがけて一気に駆け出す。



「バ~カそっちのエルフはもう私の虜になってるのよ」



 が、もう少しで俺のパンチの届きそうな所まで詰め寄ったところで。




「アンチテーゼ」



 シリアの低い声が響き、蔦が瞬間で消えてなくなった。


 そして蔦から解放されたパスキュールは、持っていた剣の柄の部分で俺の腹をえぐる。



「うぐ……」


「クフフフ。いい表情よ。意味わからないって顔してるわね」



 正直俺としては意味わからねぇよ。何であのタイミングで魔法解除なんて。




「だって~そうしたら翔君困るでしょ?」



 俺の前に立っていたのはパスキュールではなくシリアだった。



「シリア……」



 確かめるように彼女に手を伸ばすが彼女はそれを振り払う。



「私に触らないで」



 そう告げる彼女の潤いは、瞳の煌めきは、全て消えてなくなっていた。





「パーハッハ。傑作よ傑作。絶望とはそういう物なのよ。そこのエルフはもはやあんたの事なんて目に入っちゃいないのよ。ねぇ~シリア」




「ハイ。私の愛する人はパスキュール様ただ一人」



 確実にシリアはパスキュールの下僕へと成り下がっていた。



「おい、いつ! 一体いつシリアを」


「知りたいかしら?」


 パスキュールは手を口に当て可愛らしいポーズを見せながらも下種げすを臨む目で俺を見下していた。





「まぁ惜しかったっちゃ惜しかったのよ。そこのキーラに真実を問いかけようとしてエルフが一歩踏み出した時、床に仕掛けてあった撒菱まきびしを踏んじゃったのね。あなたは私のもとまで近づいたら罠にかかると思ってたらしいけど、あれ、一歩でも前に出たらすでに罠にかかっていたのよ」



 …………。



「あとは彼女に私の血が回るのを待つだけ。そして完全に私の手に堕ちたのがさっきだったってわけ」



 パスキュールは左腕でシリアを誘い込み首筋から噛みついてさらにシリアに己のエキスを注いだ。



「さ~てどうするのかな勇者さん。あんたの仲間が二人も取られちゃって。今なら私のもとに来るだけでお仲間にして差し上げますけど」



「ふん。断固お断りだ」



「あっそ。じゃあいいわ。死ねば。仲間にむざむざと殺されればいいのよ」




 パスキュールが右腕をあげるとシリアは立ち上がり俺に向けて両手を前に突き出す。間違いなく魔法詠唱に入る気だ。




「ったくドアホ!」



 だが、その瞬間にシリアの頭を勝ち割るか如く一発のハンマーが。



「ったくこれだからシリアはアホの子から卒業できないんです。一体あんたは誰を愛してるんですか! パスキュールなんですか。こんなへんてこコスプレ吸血鬼なんですか⁉」



「って! 誰がへんてこコスプレ吸血鬼よ! 私は誰も彼もを魅了する偉大なる吸血鬼よ」



「ど~こが偉大ですか。あんたがたらい回しに仲間を使い古していくもんだからみんな怒ってるんですよ」




 視線を下に送ればそこにはプレミアム会員の男たちが剣を構えてこちらを眺めていた。



「ちょ、あんた達何よ。そんな所でぼーと突っ立ってないで復活したならこいつらを倒しなさいよ」




「いいや、千歌たん。話はこのラグナリアさんから聞かせてもらったぜ。あんたは千歌たんに乗り移って俺たちを好き勝手しようとしてくれたみたいじゃねぇーか」


「そうだそうだ! プレミアム会員特別ライブなんておかしいと思ったんだ。千歌たんは今までそんな事一度もしなかったのに」


「見た目もそっくりに化けやがって。今見れば化け物じゃねぇーか」


「俺たちの千歌たんを返せよ」



 そして「返せ! 返せ!」の大合唱。



 どうやらメルちゃんとラグナリアが機転を利かせて、このパスキュールが千歌たんを操って自分たちを嵌はめたと思い込ませたらしい。



「流石に「目の前の吸血鬼=千歌たん」と言って彼らを落胆させるよりよっぽどいいかと思って」



 マジナイスだわ。



 そして俺もファンとしてそれに乗っかった。「返せ! 返せ! 千歌たんを返せ!」てね。


 だが、どうやら騒ぎ過ぎたらしく……。



「うっせー! ここをどこだと思ってるんだ」




 と、唐突にラスボスが登場してしまった。というか呼び出してしまった。


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