22話 パスキュールの戦う意味とそのやり方




 「恋は盲目」とはよく言った言葉かもしれない。普通に考えればガチの真剣で人のことを斬ろうと思うだろうか。そもそもステージに真剣が降ってくる時点でおかしいと思わないのだろうか。



 哀れな男たちに、だが、届く言葉は一つも無い。



「いきなりやって来るなんていい度胸じゃない」

「メルが子供だからって舐めてるんですか?」

「戦闘準備」



 当然異世界から来たこいつらに同情もくそも無い。襲ってくるなら叩き潰すまで。それが善良であるはずの人間であるかどうかなんて関係なく。



 決着は一瞬だった。そりゃそうだ。この女たちはファンタジーの世界に生き、常日頃から剣や魔法を手に取って魔物やなんやと戦いを繰り広げながら生きている。


 そんな奴らに初めて剣を手にした奴らが群がって何が出来る事か。



「はぁ~うちの男たちザッコ」


 一瞬で床にひれ伏したプレミアム会員下僕たちを見てため息交じりに杉崎千歌――――いや、魔王の娘パスキュールはステージから飛び降りた。



「ねぇあんた達。どうせパパを倒しに来たんでしょ。見覚えあるもん。あんたたちのせいで私たちはあの城からこの世界に飛ばされたんだから。そしたらゼロから始める侵略生活の始まりよ。今まで私やパパが培ってきたものをよくも全てパーにしてくれたわね」



 ステージに残っていた剣を携え、パスキュールは一歩一歩俺たちに近づいてくる。



「そして、やっとこの世界でも少しずつ足掛かりをつかみ始めた私たちをまたそうやって倒すんだ」



「お前らが人間を貶めて世界を自分のものにしようとしてるからだろ」



「それのどこが悪いのよ!」



 まるで開き直ったように、いや、最初から罪悪感なんて欠片も無く、彼女は平然と言の葉を紡ぐ。



「私たちが世界を一つにすれば争いも無く、皆が平等に働ける世界が待ってる。あなた私のファンクラブ会員よね」



 指さしで問われ一瞬ドキッとした。まさかただの一会員でしかない俺の事もしっかり認識しているなんて。



「アイドルのファンクラブってそれを具現化した幸せな世界でしょ。私を慕うものはみんな家族。私を中心としてあんた達はみんな同等の人間ファン。そこに上下の差なんてありはしないのだから私の一声で小さないざこざだって水に流せる。

 それを世界中に広げてみなさい。

 小さな争いをしたって魔王様の名のもとには絶対服従。そもそも唯一神として魔王様が君臨する以上、土地を賭けて争うとか、威厳を懸けて争うとか馬鹿らしくなるのよ。そしたら誰もが戦う意味なんて失い魔王に尽くすためだけにただ淡々と生き続ける。どう? 素敵な世界でしょ?」



 彼女は飄々と己の正しさを謳う。



 確かに世界を誰かが統一してしまえば戦争や紛争はなくなるかもしれない。土地も食料も宗教もすべて関係なくなるのだから。


 そしてそれは現に戦国時代に豊臣秀吉が、ヨーロッパでは絶対王政を敷いた王たちがしてきたこと。




 だが……。



「そんなの素敵な世界でも何でもねぇーよ」



「は?」




 それはこの地球の長い歴史の中で否定されたやり方だ。



「そんな風に人間を支配したって俺たちにとっちゃ何も楽しい事なんてねぇんだよ。人間は一人ひとり違って個性があるから良いんだ。そりゃ個性があれば考え方も違うから争いだってするさ。時には他の人を悲しませたり、環境を壊しちゃったり、不合理なことだってする」



「だったら……」



「でも、もし、すべての人間から個性を取り上げたら何が残るよ。ただただ魔王に尽くすためだけに繰り返される日々か? んなもん機械にやらせておけばいいんだよ。人間は個性があるから考えられる。行動できる。唯一神だか魔王だか知らねぇけど、そんな奴に精神とられて個性を奪われちゃその時点で人間としては生きながら死んでんだよ!」



「ふん。じゃあ死ねばいいじゃない。そういう意味の分かんない事言うやつ好きじゃないから」



 気づけばパスキュールはすぐそばまで迫っていた。振り上げた剣に俺の逃げる余地は……。



「グリーンフラーレ」



 その瞬間俺とパスキュールの間で突風級の風が吹き荒れ、自然と二人の距離が離れた。



 まぁそれで腰を地面に打ち付けて結局ダメージを受けているもんだからもうちょっと飛ばし方は考えて欲しいけど。



「ったく。どいつもこいつも私の邪魔ばかりしやがって。いいわ。私の本気を見せてやる」



 そう派手に怒鳴り散らすと、パスキュールはさっきまで着ていた衣装を脱ぎ捨て黒と赤に染められた衣装に早着替え。



「私の吸血族バンパイアとしての力を見せてやるわよ」



 気付けば背からは羽が、口元には八重歯のような牙が。


 さらに彼女の傍にはキーラがいた。



「ふん。あんた達まさか本当にあのパパが映った雑誌が世に出てるなんて思ってるんじゃないでしょうね」



「…………」



 いや、待て! なぜキーラがそんなところに立ってんだよ。あいつってお前らシリア達の仲間じゃねぇのかよ。



「その反応。まさか図星? ちょ、ちょっと笑わせないでしょ。さすがに気付けよ。あんなものが出回るわけないでしょ」



「どういう事よ!」



 だが、理解できていなのは俺だけでなくシリアも同じらしく。いくら仲間ではないとは言っても魔王側の者でもないらしい。



「あんたシリアとか言ったわよね。そこのサキュバス女に聞いてみればいいじゃない」



 シリアはすかさずキーラに問いかけた。



「私は、パスキュール様の物よ。あなたの質問に答える必要はない」




 だが、その声は冷酷で、三日前に会った彼女とは明らかに様子が違う。




「パーハッハ。おもしろ。あんたなんかの質問には答えないって。ねぇもっと近づいて聞いてみたら答えてくれるんじゃない」



 明らかにそれは罠だ。不用意に近づくほど危険なことは無い。


 そう判断し、前へ行こうとするシリアの腕をつかんだ。




「チェ。つまんねぇー。いいわよ。キーラ。あいつらをボコボコにしなさい」



「ハイ。パスキュール様」




 瞬間、キーラはステージから飛び立ち、低空飛行で一気にこちらとの距離を近づけていた。

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