19話 ついに……

 そして夜。俺たちは交互に交代できるよう眠りに入る者とレシーバーに傾聴する者のグループに分かれ野宿をしていた。

 

 しばらくは仲睦まじく娘がテレビに出ている映像を楽しんでいるようで、それはそれはこちらとしては苦痛の時間が続いていたが、そのテレビ終わりに耳を疑うようなビッグ情報が舞い込んでくる。

 

「ねぇねぇパパ。どうだった私?」

 

 可憐なかわいらしい少女の声。てかめっちゃ聞き覚えある。間違いなくアイドルの杉崎千歌すぎさきちかだ。

 

 正直、こんなところに千歌たんがいるというのが悪夢であってほしいぐらい、周東と千歌たんが父娘おやこの関係なんて受け入れきれないんですけど……。

 

「まぁどうと言われても。そもそもお前はいつまでそこで停滞してる気なんだ」

 

「は? 停滞って別に私とどまった覚え無いんですけど?」

 

 褒められることを期待していたのか周東のその反応に若干の怒りを隠しきれてない。

 

「お前のやってることじゃ流石に世界征服なんて不可能なんだよ」

 

「誰が不可能よ。パパの方が言う事聞いてくれる下僕少ないんじゃないの? 世界を掌握するとか言っておいて全然活躍してないじゃない」

 

「は? 何を言う。俺は既に政治家としてこの国に名をある程度轟かせている。これからさらに上り詰めて、馬鹿な国民どもから信頼を得て、法律の名のもとにあいつらをギチギチのギタギタにしてやるんじゃないか。そうなればこの国を掌握したも同然。さすれば次は他国。この世界はもとの世界とは違い広くて面白い。帝国や共和国レベルの勢力を県と呼び大陸の総称が国。さらにその外に世界というものが存在するならこれほどまでにゾクゾクするものは無いだろう。早く全て私の手中に収めてやりたいものだ」

 


「さて、一体何年かかるのやら」

 

「おい。パスキュール口が過ぎるぞ! お前の方が全然進歩も無いくせに」

 


「パパの目は節穴ですか~。私には五万以上のファンクラブ会員下僕がいてその中でもプレミアム会員って呼ばれる奴らなら私が何か言えばすぐに願いを叶えてくれるんだから」

 

「だからそのファンクラブ会員ってのはどうせお前の可愛さにしか興味の無い独身や彼女無しで汗臭いキモオタたちだけなんだろ。あいつら別にお前の歌なんぞ欠片も聞いてないぞ。そんな奴いくら群がったって何の力にもならんわ。それに比べて私は知識にあるやつらから賛同を得ている。パスキュールにはその辺の理解がなっとらん」

 

「何よ! 大して人望も無いくせに」

 

 

 

 それからもしばらく二人の口喧嘩は続いていたようだが千歌たんファンクラブ会員31584番としてはこれ以上聞くに堪えなかった。

 

 確かによくよく考えれば千歌たんが人気になったのも周東の知名度が出てきたのも同じ時期。でも、それでもそんな運命って……。

 


「で、何で弟君はこんなに沈み込んでるの」

 

 

 次第に交代の時間になったのかメルちゃんとラグナリアも起きてきて。

 

「さぁ? まぁよく分からないけどとにかくあの周東って男がやっぱり魔王だったって事は分かったわ」

 

 完全に体育座りで俯く俺を放置して、シリアが陽気に語る。

 

「とにかく魔王が周東って分かったならもはや躊躇う必要も無し! 今からだって殴り込んで魔王退治してやる」

 

 と粋がりまくるエルフの左腕を俺は引いて抑えた。

 

「ちょっと! あんたの大好きな子は出来れば殺さないからその手を離しなさいよ!」

 

 『私たちが自分の世界に帰れないじゃない』と。確かに千歌たんを殺されるのは困るけど今はそれだけじゃない。

 

「今ツッコんだって俺たちに周東は殺せねぇーよ」

 

 沈みながら吐き捨てるようにそう言えばシリアや他の二人にどう聞こえるかなんて考える余裕さえ今の俺にはなくて。

 

「何よ! ここに来て怖じ気づいたとでも言う気? いいわよ。じゃああんたはここでずっと座ってればいいじゃない。私たちだけで行ってくるから」

 

 と。俺の意図することなんて一切伝わってないようで、勇者の弟がこんなにもビビりだったなんてっと、いらぬ風評被害さえ受けているもんだから。

 

 

「そうじゃねぇーよ!」

 

 

 つい、夜中にも関わらず俺は大きな声をあげてしまった。

 

 

「よく考えろよ! 周東だって千歌たんだって今やこの国の人気者だ。そんな奴らを襲いに行ったところでどうせすぐにボディーガードとか警察とかやって来てお縄にかかっておしまいだ。それこそお前らが元の世界に帰れなくなるし、その隙に魔王たちはこの世界を掌握しちまう」

 

「じゃあ……」

 

 急に不安そうな表情を見せたシリアを横目に俺は続けた。

 

「もし、本当に魔王を倒したいと思うならまずはその行動を正当化しなきゃならない。お前らの世界では最初から誰もが分かる形で魔王が世界を支配しようとしていた。だから勇者の行動が他の民から称えられた」

 

「じゃあ、あいつらが魔王だってみんなに教えてあげれば」

 

「シリアはバカですか? そんなのメルにだって分かります。無理だって。誰がこの世界で『周東は魔王です』って言って信じるんですか」

 

「この世界の固定概念的に魔王は存在しない。となれば私たちの言葉は狂言でしかない」

 

「メルちゃんやラグナリアの言う通り。それにさっきのボイスレコーダーも残念ながら録音式じゃないから使えない。となればどうする?」

 

  あまりペラペラとしゃべるのもどうかと思い、シリアに振ってみたはいいものの何にも答えやしなかった。一応考えているのか「う~ん」って言葉には漏らしていたけど。

 

 

「答えは簡単だ。周東を世間的に悪にすればいいだけだ」

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