17話 メルの潜入



 視界は真っ暗で何も見えない。ただ、自分の体が時々揺れ、車が動いているんだなという事が分かるばかり。



 それに男三人の話し声が聞こえてくる。視界が無いのに聴覚だけ働くってなんか不思議な感じ。



「で、どうします? このままご自宅に戻られますか。それとも事務所に」



「秋葉。今日の仕事はもう無いのか」



「ハイ。今日はテレビ出演のみですので」



「そうか……」




 ため息交じりにそう答えたのが魔王――――いや、周東だろう。どうやらこれから家に向かうらしい。事務所よりさらにプライベートな空間。もしかしたらそっちの方が好都合でボロとかもたくさん出るかもしれない。



 そしてメルのそのベクトルへの期待は間違っていなかったようで、周東は車の中では魔王らしい会話は一切せず、『ねんきん』だとか『しょうひぜい』だとかよく分からない話ばかりしていた。



 そうこうしているうちに車は停車し、バタン・バタンと各々が車から降りていく音がする。


 そこでふと疑問に。



「あれ、メルってこっからどうしたらいいの?」



 まさか自分でこのトランクから脱出でもすれば、不審者決定。



 じゃあトランクを開けてもらう? それでも人のトランクに乗っていたんだから不審者。



 いっそのこと被害者面して「ここに乗せられたんです」とでも……。いや、仮に周東が魔王なら、メルの事は知っているはずだ。



 つまり八方塞がりである。



 そして運悪く、身近でガチャって音がする。おそらくトランクを開けた音。




「って! ヤバくない。そこ開けたらメルが――――」





――――だが、己の目に光が届くことは無かった。




「何だその箱は」



 野太い声。車の中にいた周東と多分同一の。



「それが、TBMの駐車場でスーツをまとった女から『本日はご出演いただきありがとうございました』と頂いたのですが」



「中身は?」



「つまらないものとだけ」



 一瞬考えに耽ふけったのか沈黙の時間があり、それから「家にもってけ」と指示したことでメルの体が浮き始めた。



 その時足元で何かがゴロっと回り始める。



 それが肌に触れた時メルは思い出した。詰め込まれる前にラグナリアに言われたこと。




「あなたと一緒にワインを入れておく。だから箱を開けられる前に隙を見てメルは脱出して」



 つまりメルの足に触れている縦長くて角張りの無いものがワインってやつなんだろう。ワインが何かは知らないけど。



 それから数秒か数分がし、揺れが完全に収まった。車の中も涼しかったがここはここで違った涼しさがある。


 おそらくは周東の家の中だろう。



「あ! パパお帰り」と。奥で声が。



「お~ただいま」という声も同じく遠くから響くから今がチャンスかもしれない、とメルは箱を飛び出した。



 そこに広がるは、今まで見たことの無いような屋敷。下には赤のじゅうたんが敷かれ、天井からはゴージャスな電気が吊るされている。



「えっとナニココ?」



 翔の家とは比べ物にならないくらい。いや、何なら健と旅してきた中でも一・二を争う豪邸。



 こんな大きな家は魔王城以来――――。



「あれ、筋が通っちゃうじゃん」



 そんなことを一人思いながらもメルはすぐにその場から離れた。いつ周東が戻って来るかも分からないし。今は隠れることが一番大事。



『いいか。周東のアジトにたどり着いたらリビング――――この部屋みたいにご飯を食べたりテレビがあったりくつろげそうなところを探して』



 翔の言葉を思い出し、メルはそのリビングとやらを目指しふらついた。当然探せるのは声のしないほうだけだが。



 だが、運のいいことにその部屋は割とすぐに。何ならメルが飛び出した部屋の隣に。



 黄色いソファーと、横に長過ぎて箱とはもはや呼べないレベルのテレビ。さらにメルの高さからでは何が置いてあるのか分からないほどの高さを誇るテーブル。




『リビングを見つけたら今度はさっき右手に渡した機械をどこか隠せそうな場所に隠す』




 右手には翔が自慢げに紹介してくれた『とうちょうき』が。これをどこかに隠せと。




『まぁ理想はガムテープみたいなのを見つけてテーブルの下やソファーの下に仕掛けることだけど……』




 翔はそう漏らしてもいたけれど、メルの手元にそんなものはない。



 ただ言い方を変えれば『とうちょうき』をどこかに固定してしまえばいいということだろう。



 とりあえずメルは翔の言う通りテーブルの下に潜り込んでみた。



 ここに仕掛けられればベスト。



 が、どうしたものか、これを固定するものはやっぱりない。



 それに悠長に仕掛けることの出来る場所を探しているうちに二人がこちらに近づいてくるではないか。



「ねぇパパ? 今日は私がテレビに出た特番やるんだー」



「へぇ。それは楽しみだな。お前もめちゃくちゃ人気になってうれしい限りだよ」



「えへへ。そうよ。私は凄いんだから」





 その声はどんどん大きくなってメルに近づいてくる。何なら足音だって――。



「⁉」



 その時私の目の前を四本の大きな足が通りすぎだ。いや、後半の二本に関しては足だけでなく胸のあたりまで。



 黒いズボンの足と、ピンクの可愛らしい服をまとった女の子。



「だからさ、パパと一緒に今夜はテレビを見たいな」



「見るのは構わんがそれは夜の話だろ。今はしなければならないことが、っておい、押すなって」



「いいじゃん。いいじゃん。今からここで待機してようよ。ほらソファーに座ってさ」



 もはや息の一つも出来ない。こんな幸せそうな家庭が魔王の家庭なのかどうかは知らないけどさすがに住居不法侵入はアウトだろう。メルは一年この世界にいるんだからこちらのルールみたいなものは少し理解したと自負している。



「オラオラ、酒よこせ!」とか「一晩ここで泊めてください」みたいなノリはどうやら通用しないらしい。



 呼吸を止めているとだんだん息が苦しくなってくる。


 視界がゆがみ始める。




 でも、今ここで手を取れば「ぶわぁぁ……」って大きな声が漏れてしまうことも知っている。



 さて、どうする。私の肺を信じてここで待つかそれとも…………。





「あぁそうだ、そういやさっきなんかもらったんだった」




 それはふと。周東のほうから言い出した言葉。



「え? なになに?」



 と、女の子のほうも興味を持ち始める。


 そして奇跡的とも言えようか二人はそのまま隣の部屋へと。



「今がチャンス。今しかない」



 メルはカバンからいつもとは異なる小さめのハンマーを取り出し、机を支える柱をアタック!



 ドンっと鈍い音を立てながらダルマ落としの要領で柱の一部分(五センチくらい)が吹っ飛ぶ。そしてすかさずそこに『とうちょうき』をイン。



 重力の法則が働くにはコンマ何秒かの時間のラグが起きる。そのコンマ数秒の間、重力と空間の関係は硬直状態となり、その隙間には――――。



 まぁ分かりやすく言えば、ダルマ落としで体を抜いた瞬間にほかの何かで補えばバランスが崩れることなく保てるということだ。


 怪盗が警報装置のなるまでのラグに偽物を置き換えるのと似たような手法。




 それをメルは応用して机の柱の一部に『とうちょうき』を埋め込んだ。





「え? こんなの普通できるわけない! そもそもどうやって柱の一部だけを上手に切り抜くんだよ! って?」




 忘れちゃダメだよ。メルはドワーフなんだから。地面や設計、組み換えみたいなのは得意中の得意分野なのだから。



 でも、ドワーフは別に知性の高い生き物でもなく、その後の計算とかは基本的考えてない。設計だって気分で「こんな感じ?」みたいにやっちゃう種族なのだから。



「おい、今のなんの音だ」



 ハンマーで叩いた時に出る音や、柱の一部が床で転がる音なんて一切気にしてなくて。


 バタバタとこちらの部屋に向かってくる周東からバレないために我先にと。



 メルは机の下から這いずり出ては、開いたままになっている別の部屋へと飛び込む。




「大丈夫。『とうちょうき』のスイッチも押してきた。任務は完了」



『任務が終わったら左手に持っている機械の電話マークを押せ』




と翔に言われてた最後のミッションを忘れてた。メルはすかさず左手の機械に目を向け、真ん中下にある電源を入れ、さらに左下にある電話マークをポチ。




「もしもし、メルちゃんか?」



「そうです! メルです。全部終わりましたから。終わったから早く助けて!」



 もはや頼れるのは翔だけ。翔にすがる思いで電話口から叫んだ。



「ねぇパパ。廊下のほうから声が聞こえるよ」



 あ~死んじゃう。なんで声荒げてるのよ! 居場所バレちゃってるじゃん。


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