16話 Mission
これだけ必死に頑張っているってにも
当然その音はこの大男の耳にも届き、こちらの茶番そっちのけで振り返ろうと。
「あぁ! ごめんなさい。今の音僕の携帯の音でして」
「にしてはやけに音が鈍すぎねぇか?」
「こ、個性があった方が良いかなって。地方アイドルの場合、マネージャーがドッキリで参加するとかいう事も結構ありますので、個性求められるんですよ。私たちのような人間でも」
そして演技に整合性を持たせるために、誰とも繋がっていない電話で話をする。シリアもラグナリアもこのタイミングで余計な事するなよ。フォローできないからな。
「はい。急いでいますんで。じゃあ」
と。早口に切り上げ俺は電話を切る。
「翔く――――ってスマホ? からそんな音出るんだ」
「う、うん。シリアには言ってなかったっけ?」
って今のは絶対、素の質問だ。危うく翔君と言いかけて止まってくれたことは救いだが、スマホ知らないからって疑問形で聞かないで。いくら地方アイドルでもスマホのイントネーションで語尾あげる女子高生アイドルはいないから。
「そ、その、とにかく俺たちも急いでいるんでスタジオの方案内してもらえると助かるんですけど」
何とかしてラグナリアとこの男を引き離し、シリアとの茶番も終わらせなくては。いつボロが出てもおかしくない。
「ったく。めんどくせぇーな。ここの道まっすぐ行けばエレベーターがあるから」
「随分不愛想じゃない。そこまで案内してちょうだいよ」
「あぁ! てめぇー初対面の相手に向かって命令とはなかなか生意気じゃねぇか」
「ご、ごめんなさい。彼女こういう高飛車キャラって言うか素が高飛車で(ホントはただのポンコツだけど。高飛車キャラで愉悦に浸っているらしい)誰に対してもこんな感じなんですよ。逆にお兄さんは誰か待ってたりします?」
だが、その質問は悪手だったか、もともと険しい顔にさらにしわがギュッと寄せ集まる。
「んぁ事聞いてどうする気だよ」
「あ~いえいえ。もし、人を待っているだけなら時間もかからないですし、そのエレベーターまででも案内して頂けると嬉しいなって」
大男は軽くため息を吐き捨てると、そのまま手に持っていたたばこを地面に投げ足でかき消した。
「仕方ねぇ連中だな。普通ガキでも真っ直ぐ歩くくれぇ出来るってのに」
「誰がガキよ。ガキはメ――」
「スイマセン。本当に田舎者で、東京に来ただけでもプレッシャーに押しつぶされそうで」
やめなさいシリア。今、「ガキはメルだ」とか何だとか言ったらあいつが「メルはガキじゃないです」って飛び出すに決まってんだろ。今メルちゃんがここに飛び出てきたら何もかもが水の泡なんだから、ちょっとは我慢することを覚えてくれ。
「ほら、さっさとついてこい」
だが、運よく彼に何かを悟られることは無く無事に車から引き離すことに成功。下見をしているからエレベーターの位置は分かる。ここから往復でも四十五秒がいい所だ。それまでに車のカギをラグナリアに開けてもらわなければならないのだが…………。
「ほら、着いたぞ」
エレベーター前。およそ二十秒で到着。
「あんた、ここ詳しいのね」
「てめぇみたいに田舎もんじゃねぇーんだよ」
「スイマセン。本当にありがとうございました。何とお礼をしたら」
出来るだけここでも時間を稼ぎたい。少しでもラグナリアとメルちゃんが時間を使えるように。
だが、そこはあまりうまくいかず。
「別に礼なんかいらねぇよ。こんなとこまで案内するくらい何の苦労もねぇわ」
とあっさり帰られてしまった。
流石にこっから追いかけ回してまた話を聞くとか、お礼を言うというのも怪しい話であり、俺とシリアは諦めるしかない。
後は二人を信じて上で待つのみだ。
*
午後二時前。正面ホール裏の草陰に俺たちが隠れていると後ろから人気ひとけが。
瞬間的に戦闘態勢を取ったがすぐに解除する。
「任務は無事完了した」
と、なぜかスーツに着替えていたラグナリアが報告をしに来たのだ。
その傍にメルちゃんはいない。ちゃんとトランクの中に詰め込んだのだろう。
ここから先、俺たちからメルちゃんに連絡を取ることは不可能だ。俺たちが電話を掛けることによって、メルちゃんの存在があの大男や周東本人にバレることは何としても避けなければならないから。
逆にメルちゃんには携帯を持たせておき、彼女から安全な時かつ盗聴器を設置し終えたら連絡をくれという話をしてある。
と、その時、正面玄関から一人のスーツに身を包んだ男が姿を現した。その後ろからは秘書らしき男の姿も。
「あれが魔王って事ね」
「決定はしてないけどな。どうだラグナリア。実際にあいつを見ても魔王だって感じはするか?」
彼女は静かに首を縦に振った。
音を立てないことに気を張っているのか知らないが、その注意は地下駐車場の時から払ってほしかったな。
「あ、乗り込むわよ」
シリアのその一言で顔を前に戻すといつの間にか車が到着していた。
赤の車種は分からないが(多分アルフォードってやつなんだろうけど)大きな車。さっき地下駐車場で見たやつと一緒だ。
「シリア、あの車のナンバー読めるか」
そして人間以上に視力が良いというエルフにナンバープレートを見てもらう。
「7〇――よ」
一致している。
これで間違いなく、メルちゃんを周東の車に乗せることに成功した。
後は彼女さえうまくやってくれれば。
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