三章 潜入捜査

15話 作戦開始




 それから数日後、俺は机に地図を広げていた。


 シリアの作戦。それはただの聞き込み。それもアポなしで周東を直撃するという無謀中の無謀策。



 それでも俺を含め、他三人が彼女の意見に乗っかったのは紛れもなく『何をしたらいいのか分からなかった』からだ。



「とにかく今俺たちがいる位置がこの辺で、今日周東はTBMで生放送があるから二時くらいにこのスタジオから顔を出すはずだ」



「って事は~、メル達はそこを張ってればいいって事ですか?」



「簡単に言えばそういう事になる。けど、問題はその後だ」



 そう言うと三人の視線が一気に俺に集まった。



「どう考えても周東はここから車で移動する。それを未成年の俺たちが追いかけるのはいくら何でも無理がある。おそらく金銭的にタクシーを使うのも無理だし、仮にそれがクリア出来ても、政治家の車を追ってくれ、は流石に怪しまれる」



「じゃあどうするのよ」



 三人を代表するようにシリアが聞いてきた。



「だからこそ、ここで出番になるのはメルちゃんだ」


 俺が名指しをすると「え⁉ メル?」と目を丸くした。小学生らしい素直な反応だ。


「そう。メルちゃんなら体が小さいからおそらく周東の車のトランクに入ることも可能だろう」



「う、うん。まぁ多分」



「それでいい。トランクに入れたら取りあえずこっちのものだ。そのままメルちゃんは周東の車で運ばれ、彼のアジトにたどり着く。そしてもしできれば彼の部屋に盗聴器でも仕掛けてきてほしいんだけど」



「とうちょうき?」



 と、まぁ異世界の人が盗聴器を知らないことは織り込み済みで、俺は実物を見せてやった。五万くらい叩はたいた代物だ。意外と個人的浮気調査用とかで盗聴器も買えるらしい。



「これを使えば彼の部屋での会話を聞くことが出来る」



 ちゃんと作動するかも含めて部屋越しにやってみたところ彼女たちにも驚いてもらえた。



「ここまでやれば第一段階は完了だ。出来そうか?」



 俺が問いかけると、シリアとラグナリアは素直にうなずき、メルちゃんの方も少し不安げな表情は見せていたもののこっくり「ウン」と。



 実際この作戦においてメルちゃんの負担は相当なものだろう。だが、他の二人にも出番は来る。適材適所というやつだ。今回の作戦においてはメルちゃんがうってつけだから頑張ってもらうしかない。




「行くぞお前ら。相手は魔王かも知れない相手だ。手は抜くなよ」


「うん」「はい」「了解」



 各々が頷き、俺たちは駅から電車に飛び乗り赤坂を目指した。



 どうやらシリアはここから歩いて赤坂まで行くと思っていたらしく拍子抜けしていたが俺からしてみれば歩いていくという考えの方がびっくりだ。



「だって上手くいきすぎてるでしょ! 魔王の居場所がスマホ? 一つで丸わかりだし、そこに向かうのもこんな便利な機械使ってるし。私たちが必死に情報集めて、歩き回ったあの六年間は一体何だったのよって感じじゃない」



「シリア。『郷に入っては郷に従え』って言葉がこっちの世界にあるんですよ」


「意味としては自分の置かれた状況に合わせて自分を変えていけという言葉」



 と、もはや一年かけてこの世界に馴染んだメルちゃんと、適応能力がずば抜けて高いラグナリアにさとされるシリア。彼女の常識がことごとく否定される様を見ているのは面白いけど、コレ兄ちゃんがみたらどう思うんだろうな。


「現代に染まりやがって」


 とか何とか言いそうな気がする。





 それから数時間と経たないうちに俺たちは東京メトロ赤坂駅に到着し、スタジオにもすぐたどり着く。


 時刻は午後一時半。今はまだお昼の情報番組に生出演しているところだ。



「メルちゃん頼んだぞ」


「はい。任せて下さい」



 となれば俺たちは彼女を無事にトランクまで連れ込むことが仕事だ。



「ラグナリア。前に頼んでおいた車のナンバーって」


「赤色のアルフォード。ナンバーが白で7〇――」



 と、どこで情報を手に入れたのか、迷いなく答えるラグナリア。



 そして彼女の指示する車は確かに赤坂の地下駐車場に止められていた。



 秘書の人は流石にスタジオの方へ行っているッポイのだが、運転手は一人たばこをふかしながら車傍で待機している。


 ただの運転手のはずなのに護衛も兼ねているのか屈強そうな背の高い大男。



「あれを何とかしなきゃいけないって事か」


「私がカギを何とかして開けるからシリアと弟君はあの男の気を引いて」



 と。鍵開けなら出来るという自信満々にラグナリアはさっそくメルちゃんをつれて車の裏側へと回り始めた。


 そんなさっさと行動されると俺らの心の準備をする暇さえない。



「とにかくやれるだけのことはやるぞシリア。俺たちもメルちゃんやラグナリアにおんぶに抱っこって訳にも行かないだろうから」



「当り前よ。このままじゃ私の存在意義が無くなっちゃうんだから」








 という事で俺とシリアはこの地下駐車場で一芝居打つことにした。台本もリハーサルも無い究極なお芝居。



「ねぇ~ここどこなのよ! いつになったらスタジオに付けるわけ?」



「それが、え~っと……」



 俺は特に何かが書いてあるわけでも無い手帳をパラパラと開きながら少しずつ例の車へと近づいていく。



「ほら! 早くしないと私たちの出番が来ちゃうじゃないの」



「もうちょっと待ってくださいって入りは二時ですから道さえ分かれば何とかなりますから」



 設定としては田舎からついに東京のテレビにお呼ばれしてウキウキの地方アイドル「シリアたん」とそのマネージャーである俺の二人がスタジオにたどり着こうとしていたのだが、田舎民ってこともあり初めての東京で盛大に迷子になってしまったというものだ。



「あ、ちょうどいい所に。お兄さん! ちょっとだけお話良いですか」



 呼びかけるとかったるそうに首をこちらに向け俺たちを臨む。いや、その真後ろにラグナリアさんいるんですけど。あいつ攻めすぎじゃありませんか。もうちょいシリアが声かけるの遅かったらバレてましたよね?



「ぁんだお前ら」



 して怖い。この人なんか怖いんですけど。初対面相手にそんな態度で来ますか普通。



「もぉね。このポンコツがさ~スタジオはこっちにあるはず! って私の事振り回した挙句に迷子になっちゃってね。あんたスタジオのまでの行き方知ってたりしない?」



 そしてシリアもシリアで度胸あるな。異世界人ってみんな恐怖とかそういうの知らないの?



「てめぇ見ない面の嬢ちゃんだな。どこの馬の骨だ」



「つら? って何か分からないけど、私は馬の骨じゃないわよ。エルフのシリアよ」


「エルフ?」



 ドアホ‼ 何正体さらしてんだよ! ってかエルフである事隠すために帽子を被せているのに!



「っていう設定の地方アイドルでして、今日初めてTBMさんにお呼ばれしてきたんですけど、彼女の言う通り迷ってしまって」



 我ながらナイスフォロー俺!



 これだけ必死に頑張っているってにもかかわらず今度は車の方から「ドン・バン」という音が響く。もしか、もしかしなくてもラグナリアたちだ。




 当然その音はこの大男の耳にも届き、こちらの茶番そっちのけで振り返ろうと。

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