二章 諸悪の根源

10話 服がない!

 

 翌朝、目覚めはいつも通りの目覚まし時計――――ではなくシリアの叫び声で。



 さすがに異界の子とはいえ、女の子なのだから同じ部屋で寝るのはためらわれ、別の部屋を紹介したのだが、その部屋さえも越える騒音。もはや害悪。



「うっせー。何事だよ」


「何事も、かにごとも無いよ! 無いんだよ!」


「何が⁉」


「私の服が」



 と。字面だけで想像すれば変態宣言のような気もするがそうでは無い。彼女はしっかりと服を着ている。昨日と同じ露出度高めな緑色をした服を。



「だから! 私の服がこれしかないのよ! 最悪よ。私の服全部旅グッズセットの中に入れてたのに。私の旅グッズセットはどこへ行ったのよ‼」



 と、慌てふためくシリアに。


 あぁ可愛そうにメルちゃんも目を覚ましてしまったらしく部屋へと突入。ハンマー 一発で彼女を布団の上にパタリとKOノックアウト



「うるさい! 朝くらいもっと落ち着いたらどうですか」


 とそこに立つメルちゃんに。異変を感じるのは間もなくのことだった。ラフな格好であることは変わりないが今日は昨日と異なりどこぞのキャラクターなのか可愛い美少女がプリントされた風変わりなシャツ。


「あんた、それどうしたのよ」



 それはシリアたちの異界での常識――――と言うわけでもないらしくシリアも困惑していた。



「どうしたってお泊りパーティーなら服くらい持ってくるのが普通ですよ」



 と。私何か悪いことしましたか? と言わんばかりに堂々と。それに対して、



「ジャ無くて! 何であなた服を持ってるのよ!」

「ジャ無くて! 誰がお泊りパーティーなんて言ったんだよ!」



 俺とシリアの反応は微妙に異なっていた。



 少し話を聞けば、と言うか最初から考えていればタネは簡単なもの。



 メルちゃんは一年前にこの世界に転生しているのだ。そして現在は住居人不在のおうちで借り暮らし。


 となればこの服もその住人のクローゼットから奪ったものと考えるのは至って論理的な考え。


 それ聞けばシリアが俺に期待のまなざしを向けるのも分からなくない。そりゃそうだよな。「転生先に馴染むためにそちらにあるものを全て使ってください」は異世界転生における鉄則。もはやホームステイ以上の適応力を求められる大イベント。



 さて、俺のクローゼットの中には何があったかなと思い出す。



 パッと出てくるのは俺がピッチャーのローテーションみたく、三日に一回で登板させている服たち。


 そもそも着ている・洗濯(干してる)・畳まれて明日着られるのを待機。とカツカツスケジュールで働いてくれる俺の服たちが人に着られている暇など無い。



 兄の服はフリーマーケットへ。お父さんは家を出たときに自分の服を持ち出したし、母の服は全て病院に寄付されたという。


「あれ、家のクローゼットの中って」



 そういや俺がこの家に一人になってからクローゼット開けたこと無かったのではという考えに至った。



 クローゼットは確か二階の俺の部屋、兄の部屋、両親の部屋の三箇所に。まずはシリアをぶち込んだ兄の部屋。



 目の前に存在するクローゼットを開けば――――兄の好きだったアニメフィギアやラノベ、グッズの山。どこぞの妖精なんチャラちゃんだけは棺に入れられ一緒に燃やしたがそれ以外の全てがここには残っていた。



 が、服は一着も無い。



「ま、まぁそんな落胆するなって。まだクローゼットは二つあるから」



 次なるは俺の部屋。


 俺が手を掛け、クローゼットを開けるとそこには……。



「何にも無いですね」



 メルちゃんの言うとおり無が広がっていた。



 個人的にはこんな広い収納庫が残っていたのかと言う驚きが、シリアには更なる落胆が。



 そして最後の望み、両親の部屋。この部屋だけなぜか畳が敷かれておりそこはかとなく和のテイストが広がる雰囲気の異なる空間。



 それがまた異世界の二人にはものめずらしいのか目をキラキラと輝かせながら、襖や畳をなぞるようにして触っていた。



 あんたら、服を探しに着たのではないですか? と言う本来の目的そっちのけで。


 挙句、掛け軸を破られそうになり、壷を割られそうになり、畳のいぐさはケバケバに千切れるし。



「お前らこれからこの部屋出禁にするからな」と声を掛けることでようやっと二人は落ち着きを取り戻してくれた。



 ったく。異世界からしてみれば畳の部屋ってそんな珍しいのか?




 そんなことはともかく早速クローゼットを開く。ゆっくりと何年ぶりかの日の光をみて、クローゼットの中身たちが姿を現した。



「何これ?」



 それはシリアだけでなく全員の感想。


 古い写真や古ぼけたトロフィー(?)それ以上は識別不能なくらいほこりをかぶった物体。


 その中に一冊の本があり、それを開けば俺や兄ちゃんと思われる赤ちゃんから少しずつ大きくなっていく写真たち。



 そういうものが両親の部屋のクローゼットにはしまわれていた。




「あの……服は?」



 もしかしたらここは涙を流すシーンなのかもしれない。全てを失った後に幸せな写真たちを見つけて。


 だが、そんな諸事情なんか知ったことではない――――と。それより己の欲求を満たすことに必死なエルフの少女は「服は? 服は?」と俺の服を引っ張り子どものように駄々をこねる。



 が、そんな彼女に俺は残酷な現実を伝えなきゃいけないらしいな。



「服、無いわ」



 まるで世界が壊滅したように白目をむき、そこで呆然と寸分立ち尽くした彼女はしかし、数秒後には魂を取り戻して、



「私、女の子なんだよ! 女の子が何日も何日も同じ服着てていいと思うの! 汚いじゃんくさいじゃん。そしてくさいって面と言われるじゃん。いや、仮に言われなくたって私のこと避けられるじゃん‼」



 と、夢見がちなドリーミングガールは泣きながら「服をくれ」と懇願していた。



 現実そんな明るくないし、友達でも家を出ない日は面倒だから服は着替えないとか言ってたけど……。



 と、そんな説得をしても聞くことは無いんだろうし、まぁわざわざ異世界転生してきたのだからこっちに馴染むようなものをあげてもいいか。



 これもまた異世界交流というやつだ。この子に日本の服を着せてあげたらあっちの世界に戻った時キット兄ちゃんもビックリするだろうし。



「わかったシリア。今日は休みだし服でも買いに行くか」



 と、俺は彼女を連れ出し、家を出た。



 ちなみにメルちゃんのほうは家に帰ってやることがあるらしく、朝食を食べた後に、一度別れることに。


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