9話 森のエルフ



 森の奥地。俺も初めて来る場所だ。木々が生い茂り草の匂いがする。それとは別に俺たちを冷やかすように風が吹き、草木のざわめきが絶え間ない。



 夜の森は昼間見るのとは格別に雰囲気が異なり、神秘的でちょっと怖い。



「待って下さい!」



 メルちゃんの一言で足を止める。彼女は目を閉じ、鼻をヒクヒク動かした。



「水のにおいがする」



 そう言って今度は俺の手を引いていく。




 しばらく駆け足で進んで行くとそこには滝があった。


 俺も知らない滝。


 でも月明かりに照らされてすごく美しい。



「多分この辺りにシリアはいるはずです。手分けしましょ」



「いや、でも……」



 さすがに小学生を夜の森で一人にするのは危なすぎないか。



「メルのことなら心配しなくても平気です。ここは分かれて効率的に探した方がいいでしょ」


 俺は頷くしかなかった。小学生に言い負かされるというかここまでの気概を見せられるとは。


 メルちゃんが滝の右側へかけていき、俺は左側へと。 


 さすがにこの森の中なら近所迷惑になることも無かろうと声を上げながら探した。




「あ!」



 それから数メートル先。そこには見覚えのある靴が無造作にひっくり返りながら転がっていた。足首のところだけ固定するためのベルトが付いたそんなに高さの無いヒール。



 間違いなくシリアのだ。今日の買い物の時、ってかスタート土足で俺の部屋を踏み荒らしていた靴。



「シリア! いるなら返事しろ!」



 それに答えるのは耳も澄まさなければ聞こえないようなすすり泣く声。



「シリア」



 俺は微かともいえるその声を頼りに一歩、また一歩と足を前へ。



 そして数十歩歩いた木の陰。体育座りをするような態勢で木にもたれかかるエルフがいた。



 エルフなのだから木に登り、枝でそういう事をするのかとも思ったが、普通に人間と同じような態勢で木の根元、地面に尻を付けていた。



「シリア!」



 その声に彼女の潤んだ瞳が上がる。



「健……」



「いや、悪いが翔の方だ」



 マジでそんな似てますか? 俺たち。



「翔君か。どうしてここに」



「どうしてもこうしても無いだろ! お前が勝手に家を飛び出したりするから」



「でも、私が居なければ静かな環境でメルと過ごせるんだよ。どうせ翔君もそっちの方がいいでしょ」



 その震える声を聴いて、かすむ瞳を見て、今は冗談を言うところでは無い。



「確かにお前らがギャンギャン騒ぐの見てると頭痛くはなるよ。俺と兄ちゃんで喧嘩してた時に苦悩していた母親の気持ちも分かった」



「やっぱり」



「でも、俺はそれを見てるのも楽しかった。あんだけ大きな家に俺はずっと一人ぼっちで六年間過ごしてきたんだぜ。寂しいったりゃありゃしない。きっとシリアは俺の寂しさを紛らわすために俺の家に転生してきたんだ。もしかしたら俺が可哀そうだからって兄ちゃんがプレゼントしてくれたのかもな」



「翔君……」



「だからさ、勝手に家出とかしてないでさ、しっかりと転生してきた責務は果たしてくれないとこっちが困るってわけ! 俺が寂しくて寂しくてしょうがなかったっていうのに俺を一人にするなよ」



「でも、あなたの家にはメルが」



「メルちゃんはそれでもよその子だ。彼女は俺とは違う家に転生してきた。それも一年前に。だったら彼女には彼女のやるべきことがあってそこに転生したんだろ。彼女の仕事は俺を癒すことじゃない。俺を癒すのはシリアにしか出来ないんだろ」



「やっぱメルはよそ者じゃないですか‼」



 その声は目の前のシリアではなく背後から響く甲高い声。



「メルちゃん……」



 不覚だ。説得のための言葉選びを間違った。というか聞かれているなんて普通想定しないだろ。



「って言いたいところですけど確かに翔の家からしてみればメルはよそ者です。それはメルが健の仲間になった時も同じ。シリアと健の間によそ者のメルが入っただけ。あの時は本当にお邪魔しちゃったみたいで。ゴメンなさい。メルはただ、健に強くなる秘訣を教えてもらいたかっただけであなたから健を奪いたいなんて思ってなかったんです。でも近づきすぎちゃったみたいで。シリアにたくさん迷惑をかけて」



 そこでクスクスっと笑い出したのはシリアの方だった。



 まだ、涙が乾ききっていたわけでも無く震える声が続いていたけれども確かに笑っていた。


「全く、まさか本当に健が言ってた通りだったなんて。じゃあ私がバカみたいじゃない。私だけ何も気が付かずに健君が取られるって思って焦って、何とか引き離すために躍起になってちょっかい出してた。ただそれだけじゃない」



 その笑う言葉に俺はおろかメルちゃんもあまり理解している様子はない。



「実はね。昔、あなたを健君の元から引き離すために、途中の野宿先であなたの事を置いて行こうとしたの。今考えればあり得ないような思考で。それでも今すぐにでも健君とメルは引き離さなくてはって想いが私にそうさせた。


『メルちゃんをここに置いて行こ』って。健君に『何で』って聞かれたから正直に『私は健君と二人で旅がしたい。メルに邪魔されたくない』って。そしたら健君はこう答えた。『シリアはお姉ちゃんなんだから我慢も必要だろ。――メルは別に俺の事を好いちゃいないさ。だから魔王でも倒した後は俺と二人で冒険してもいいぜ』って。


 正直その時私は健君の言葉を信じることは出来なかった。メルが健君の事を好きじゃないなんて嘘だって。それでも我慢して魔王と戦うまでに至った。この戦いにさえ勝てば私は健君と一緒になれるって。でも、魔王との戦いは途中で中断され、私はこの世界に飛ばされた。そして翔君と出会った。もちろん健君の事を忘れたわけでも無いけど今度は翔君と共に歩んで行こうって。多分それが今の私に出来ることだからって。でも、そんな翔君さえメルは私から奪っていった」



「だからそれは……」



「そう、私の勘違い。メルは別に健君の事も翔君の事も好きじゃなかったんでしょ。は~バカバカ。私ってホントバカ」



 しゃべっているうちに涙は乾いたのかそれとも無理をしているのか、彼女はスッと立ち上がり、



「帰ろ。おうちに」



 と足早に一人家に向かって歩き始めたのだった。

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