6話 壮絶 異界の料理対決
今日の予定。本当なら俺も手伝ってみんなで楽しく料理するはずだったのに。ていうかシリアにこの国の料理を教えてあげるはずだったのに。
俺は「そこで待ってろ」と邪見に扱われ、ただ台所に消えて行く二人を眺めている事しか出来なかった。
幸いにして台所もそれなりの広さを誇っており、さらにたくさんの食材を買い込んだおかげで料理を作る環境は整っていたものの、彼女たちは料理というものを知っているのだろうか。
俺の不安は募るばかり。
そしてその不安は時が経つにつれ膨れ上がってくる。
正常なナイフの音がしない。「火が付かないわよ」と喚くシリアの声。「あわわ。こ、コレどうしよう」と戸惑うメルちゃんの声。なんなら金属がぶつかる音と共に二人の絶叫が聞こえてきたり。
それから数分後、ようやく二人の料理が完成したらしい。シリアの提案でどっちが作ったかは分からないように伏せた状態で俺のもとに運ばれてきた。
二食分の皿に盛られた料理。
一つは明らかに切るサイズを間違った、というか何なら切るのが面倒くさいからほとんど切らなかったといった方が正しいような、どデカいニンジンやジャガイモを詰め込んだ汁物。汁の色が茶色ならカレー・白色ならシチューと言えなくもないが青色って何? 何を混ぜればそうなる。
対してもう一品は肉料理。王道と言えば王道にも感じるちょっとした盛り付けが添えられた食品。これだけなら普通にフランス料理のお肉と変わりないと感じるかもしれない。が、しかし一筋縄ではいかないのがこいつら。
どっちが作ったのかは知らないけど、なぜこの料理で選ばれた肉が合い挽き肉なのか。スーパーで買ってきた肉を皿にドーンとただ押し付けただけのような状態で置かれている。そしてそこに申し訳程度の炙り。絶対火力足りてない!
確実に食えば腹を壊すことが目に見えていた。
これは俺のことを殺しに来ているのだろうか? どっちの料理を食べても俺が腹を壊すことは間違いない。かといって彼女たちは自信満々に提供してきたゆえ、二つとも食わないという選択肢は無かった。
確かにこういう体ていにすれば人は殺せるかもしれないな。責任と逃げた時の罪悪感を押し付け無理やり毒物を食わせる。今度嫌なやつがいたらやろうかな。
ともかく俺は、どっちかと言えばマシそうな謎スープの方から手を付けた。
その瞬間にシリアの顔が一瞬緩みすぐに引きつる。
「あ~そういう事か」
料理者を隠した意味とは。シリアがそんな分かりやすく表情を変えたらバレバレではないか。
要は先に自分の料理を手に取ってくれた嬉しさと俺がどんな感想を持つかのドキドキでそんな風に全部表情に駄々洩れしているのだろう。
もう、いっそのこと聞いちゃおうか。シリアに、「コレ、何入れたの」って。
この青色汁が何なのか分からない限り、めっちゃ手を付けるのは怖いし。
だが、それを許す空気はそこに無い。さっさと食えと言わんばかりの威圧が俺のスプーンを無理やり汁に浸けさせる。
さすがにデカ物のニンジンやジャガイモは避け、汁だけを掬って一口。
さっぱりとしたような甘酸っぱいような、どこか子供の頃に食べたことのあるような酸味。
思い出せそうで思い出せないこの南国にありそうな味は何だ? 俺はそれを確かめるべくもう一口掬う。
「ほ、ほら! 二口目も食べて――」
陽気に喜ぶシリアの口を速攻でメルが叩き潰す。抑えるじゃ無くハンマーで叩き潰す。もはや微笑ましいという光景ではない。
が、見ないふり。突っ込むとまた面倒なことになる。
そんな事より今確かめるべきはこの味の正体だ。決して三ツ星レストランで出てくるような美味しさは無い。無いけど癖になるような止められなくなるような不思議な味……。
ダメだ。
「シリア、これ何を入れた」
「おぉ! 隠し味があると見破るとはさすが健君の弟・翔君。実はね――」
「そこには麻薬を入れておいたんだよ」
一瞬で汁を吹き出した。ごめんなさい。汚くてごめんなさい。
「麻薬ってお前何入れてんだよ! 俺を殺す気か! 中毒にする気か‼」
「何言ってんのよ。麻薬ってただの薬じゃない」
「まぁそうですね。無知なシリアのために補足するとシリアの言う麻薬とはこっちでいえば調味料みたいなものだから別に違反とかじゃ無いんですよ」
と多少こちらの世界の知識もあるメルちゃんが補足してくれた。
「な、何だよ。なら早く言えよ。ちなみにその麻薬の効果って……」
「もうこの汁が無いと生きていけないくらい、私の汁を欲するようになる」
「死ね! それをこの世界では麻薬と呼ぶんだよ」
ヤバい。俺は一生シリアの謎汁を飲んで生きていかなければならないのかよ。嫌だよ。それならいっそ俺の方を殺してくれ。
…………いや、待てよ。隣にある半分以上生肉の料理を食えば俺は死ねるのではないだろうか。
そんな考えがふと頭の中に現れる。一生得体も知れない謎汁を飲んで暮らすよりもこっちを食って死んでしまえば……。
そして気が付いた時には、狂ったように隣にあった肉に食らいついていた。文字通り「死に物狂い」で。パクリ・パクリ・マジィー。を永遠と繰り返して。
それはそれはメルちゃんの料理は溶けるようにして皿から無くなる。それと同時俺の腹部にも激痛が走った。
来た。死神のお迎えが。俺は一杯の水を口に含むと、腹を抱えながらトイレへとダッシュ。
まるで俺の腹から魔人が生まれるのではないかというくらいの激痛に悶えながら便器をのたうつ。
早く! 早く! 俺をこの状態から解放してくれ‼
だが、その焦りが逆に俺を興奮状態とし、なかなか解放されない。
そんな戦いを幾分過ごしただろうか。ついに激痛と共に生まれた。排出された。色々なものが……。
その先に待つもの――――虚無。何も考えられない。何も腹の中に入らない。空虚な時間だけが流れる。
「あ~あ。せっかく翔君を私なしでは生きていけない体にしようと思ったのにあのスピードで流されたら効果発動しないじゃない」
「どうせシリアの考えることはそんな事だと思ってましたよ。翔、あなたはメルのおかげで救われたんですからね」
「あぁもう、そういう事で良いよ」
力のない返事だったが喜ぶメルちゃんと沈むシリア。お前ら俺の体で遊んでんのか。
「とにかく今日の料理対決は二人とも負け! 今度からは俺が料理をするからお前らはなんか他の仕事をしろ」
「え~メルは良いじゃないですかメルは。翔のピンチを救った英雄なんですから」
「腹を壊させておいて何が英雄よ! 翔君は私の料理を気に入ってくれたからあんなに食べてくれたのよ」
「ハハハ。この皿見てよくそんな事言えますね~。メルの料理は平らげてるけどシリアのは残してるじゃないですか」
「それはあなたがあんな毒物食わせたから翔君の食事が止まっちゃったんじゃない」
そんな言い争いをしている二人だが結果は目に見えている。二人とも不合格だ。だからそんなくだらない喧嘩はやめてくれ。頭まで痛くなるよ。
ってそんな事を心で願ったところで叶うわけなく、そして彼女たちは皿を片付けるわけでもなく、ただ言い争う時間が過ぎていった。
「結局後片づけは俺が……か」
そう愚痴をこぼしながら台所に向かって、まさかそこでも絶句することになるとはな。
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