4話 通りがかりのドワーフ


「で、何で私がこんな帽子を被らなきゃいけないのよ」


 不服そうに家にかろうじてあった『安全第一』の帽子というかヘルメットを被るエルフ。しょうがない。それしかなかったし、その長く尖った耳はさすがに隠さなくてはならないし。


 俺がエルフを飼いならしているとバレたら俺は捕まるし、シリアも保護されてしまう。最悪の場合研究されてしまうかもしれない。そうならないための作戦だ。



「にしてももうちょっといい帽子があったでしょ」


 それがあれば苦労をしてないってものだ。無いからこうしてそんなヘルメットをかぶせているのではないか。


 そんな不毛な言い合いをしながら歩いているうちにスーパーマーケットにたどり着いた。


 家から歩いて十分くらいにある、中型のスーパーマーケットだ。食材一通りを揃えるくらいならここで事足る。


「で、エルフって何が作れるんだ?」


「そうね。『グリッターグリーン』とか『エスパガッチョ』。あ、あとあと『ブルジリタン』なんかは得意料理かな」



 なんじゃそりゃ。


「『ブルジリタン』はものすごく美味しいわよ。ラビットの肉とセキュリタスの皮を煮込んで最後にドライアドの雫を混ぜるの。スープみたいな感じだけどめちゃくちゃ美味しいって健君も大絶賛だったんだから」



 兄ちゃんよ。それは本当に上手いのか?



「で、その食材ってどうやったら……」



「まず、ラビットとセキュリタスは狩るしかないわね。で、ドライアドの雫はユグドラシルの中でも最奥辺りに位置するエメラルドリンクで採取できるわけ。結構危険な場所だから売れば高値で買ってもらえるし」



 もう想像するだけでも頭が追いつかない。



「あ、でもでも心配しないでね。冒険者が討伐してきた肉やら雫やらはいらなければ市場に売られるからちゃんと流通してるし」



 そう言いながら彼女はあるわけの無い食材を探していた。


 牛肉・豚肉・鶏肉と並ぶお肉ゾーンでも一番可能性のあったウサギの肉なんてものは売られてないのだから。後の意味の分からない生物の皮やドライアドの雫なんて。



「無いわね。ねぇ翔君。何で無いの? このお店品揃え悪いんじゃない?」



 そういう事大きな声で言うな! 多分どこ探してもシリアの探しているもんは見つからねぇーよ。


 だが、その事実にオーバーとも思えるほどの衝撃を受けるシリア。

 どうやらあっちの世界では当然のように流通している物資らしい。


「え~でもそうなると困ったわね。晩御飯どうするの? 私何にも作れないけど」


 じゃあこいつは本当にこの世界で生きてはいけないな。


「例えばさ、兄ちゃんは冒険中なんか料理してくれたりしなかったのか」


「健君は料理って言うか、『ジャイアントエグレスト』の肉を焼いてくれたり。『カジキフィッシュ』を刺身にしてくれたり」


 兄ちゃんも変な世界に染まっていたらしい。


 分かった。分かった。お前がこの世界でポンコツなのは分かったから今日は俺と一緒にカレーでも作ろう。


「わ、私はポンコツなんかじゃないわよ!」



「ポンコツエルフと健?」


「だから私は――って誰!」



 その声は俺たちの背後から小学生くらいに小さな女の子が大量に野菜やお肉やなんやらを詰めて歩いていた。


「あれ~ポンコツエルフはメルの事さえ忘れちゃったんですか? 健はもちろん覚えてますよね?」


 すっごくキラキラした眼差し向けてくるんですけど。なんかこの期待を裏切る俺の方が申し訳ない。


「ふん。ポンコツはどっちかしら。本物の健君かどうかも見破れないような小学生に御用は無いのよ」


 そしてなぜか小学生相手にマウントを取りに行くシリア。そんな彼女を眺めながら小学生の目は半眼になる。


「いいわよ。その能無しに教えてあげるわ。この人は健君じゃなくて健君の弟で翔君よ」


 一瞬の沈黙。そして爆発するような絶叫。やめてください。ここ公共のスーパーマーケットです。



「ほら、見なさい。あんたの目は節穴なのよ」



「さっきお前も俺と兄ちゃん区別付いてなかったよな」



「ちょ! それは黙ってて」


 その会話をよほどこの小学生に聞かれたくなかったのか、すごい耳打ちで俺に囁く。が、時すでに遅し。


「へ~こんだけメルの事バカにしておいてシリアも見抜けてなかったんのですか」


「わ、私は見抜けてたわよ。ただ、そのちょっと願望が入っちゃって。一人でずっと寂しかったところに彼が帰って来てくれたから」


「あれ、寂しかったのか。ボリボリと楽し気にチップス食べてたけど」


「だ! だからそれも……」


 ハイ、時すでに遅し。


「へぇ~。人んちに転生して早速食べ物食い散らかすとか」


「な、何が悪いのよ。私が転生した場所なんだから私の――――ってメルは転生したって知ってんたの?」



「知ってるも何も、どう考えたってメルたちの世界じゃないですよねここ」



 何食わぬ顔で平然と答える小学生。やっぱりそうだよね。おかしいのはこのエルフ少女だよね。


「って! 何であんたまでコイツに同調し始めてるのよ」


 いや、それはだって? この小学生の方がよっぽど常識人だから。


 そう言うと小学生は誇らしげに胸を張る。


「ほら、見なさい。弟君の目から見てもメルの方が優秀なのよ」



 ってそういう子供っぽい所がまた可愛らしい。


 しょうがない。人間誰だってロリコン。世界共通の認識だ。みんなロリコン。だから子供を愛そう。そうやってプログラミングされちゃている以上抗えやしないよ。


「で、そもそもメルはそこで何をしているわけ?」


「何ってこれだけの食材を抱えているのに分からないんですか?」


「買い物?」


「はい。逆にそれ以外に何があるというんですか?」


 そこでいきなりシリアが笑い出す。ねじの一つでも取れましたか? それともホラゲーごっこですか?


「バカじゃないの。クフフ。マジで受ける。そんなに買い込んでどうするのよ。あんたまだ冒険者気分でいるわけ。それにそんなにカゴいっぱいにしてどうするつもりよ。あんたに良いこと教えてあげるわ。この世界ではバリスを使う事は出来ないのよ」


 だが、それがどうしたと。もはやこのエルフは何を言っているのだという眼差しで一言。



「知ってますけど」



 それに心を打ち砕かれるはシリアに他ならない。思いっきり放ったパンチが簡単に防がれ、そのままカウンターを決められるとは。見事なやられっぷりだ。



「まさかじゃないですけどシリアはその事実を知らなかったとは言わないですよね? メルのために、万が一知らないかもしれないと思って教えてくれたんですよね?」



「そ、そうよ。あんたが子供らしいから恥をかくんじゃないかなって思って」



 もはやシリアはこの小学生の掌で遊ばれていた。もう、止めたほうがいいぞシリア。それ以上戦うとどんどん見苦しくなる気がする。



「で、話を聞く感じって言うかもうほぼ確定的に俺の兄ちゃんと魔王を倒すために旅をしていた一人なんだよね」



「ハイ。勇者様の右腕とも呼べる攻撃担当。ドワーフのメルです」



 と、彼女は可愛らしく頭を下げる。その姿に俺の心は簡単に奪われそうだ。



「ったく私の時と全然反応が違うじゃない。もし私じゃなくてこの子が家に居たら追い出そうなんてしなかったでしょ」


「当然」


「ひど! こいつのどこがそんなにいいのよ」


「そんなの翔が言わなくたって分かるじゃないですか。ねぇ~」


「ねえ~」


 と、まるでカレカノのようなシンクロを見せる。まぁ何も通じ合っちゃいないんだけど雰囲気超シンクロ。


「ちなみにメルちゃんはどうやって生活をしてるの?」


「どうやってと言われますと普通にと答えるしか無いですね」


「普通にってあんた、私みたいに誰か人間の力を借りて生きてるんじゃないの?」


 そこでメルちゃんは少しためらった。何か複雑な事情でもあるのだろうか。



「そうですね。私の転生したところがちょっと特殊だったのでシリアのようないい人間に出会ているのは羨ましいです」



「というと?」


 それ以上先に食い込んでよかったのかどうか分からなかったがそんなことを逡巡しているうちにあっさりとシリアの方が聞いてしまった。


「全くシリアはデリカシーが無いですね。まぁメルは寛大な心の持ち主だからいいですけど……。メルが転生したのは空き家でして。まぁ正確には世界中を旅している人の家で、その宿主が旅行中だったという方が正しいのかもしれないですけど。玄関の扉に『しばらく外出。新聞宅配お断り』とありましたし」



 案外壮絶な家に転生したもんだな。


「なので仕方なくメルはそこで借りぐらしを」


 関係ないけど彼女の発言で、とあるジ〇リ映画を思い出した。人間に見つかっちゃダメというところは被ってないが妖精が俺の部屋を好き勝手使って生活していると考えれば似たようなものか。


「でも、そんなところでよくこの世界に馴染めたわね。私なんてまだ全然馴染めないのに」


「まだ馴染めないんですか? さすがにポンコツもいい所では?」


 すごい煽ってきた。まぁ俺が煽られているわけじゃないから別にいいけど。



「あんたこそ。そんなすぐに馴染める方がおかしいって……」


 たが、そう焦るシリアに対してメルも素に困惑した表情を浮かべながら。




「……私だってそんなすぐに馴染めたわけじゃないですよ」











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