3話 家無きエルフ




「ったく妄想もその辺にして出て行ってくれませんか。あなたが夢の中でお兄ちゃんと歩いたのか喋ったのかは知らないですけどお兄ちゃんはとっくの昔、六年前に死んでるんです」


「ふん! やっぱり嘘じゃない。六年前とか笑わせないでよ。私が健と出会ったのが六年前なんだから。じゃあ私の出会った健君は誰だっていうのよ」


「幽霊」


 その瞬間に顔を引きつらせて彼女は俺を抱きしめた。


「ひぃぃぃ」


 その締め付けはそれなりに強く、豊満な胸が胸板に触れる。


「い、痛い! そもそも初対面の奴にいきなり抱き着くなよ」


「ダダダダダダだってだって。あんたが幽霊とかいうから! それこそ不謹慎極まりない」


「でも事実だ。兄ちゃんは六年前に死んでる。証拠の書類だってこの家にはある。そんな現実を突きつけられたくなければ今すぐ家に帰るんだな!」


 だが、彼女は一歩も動こうとはしなかった。捨てられた子犬のようにそこで目を潤わせながらただ座るばかり。


「おい!」


「だ、だって私の帰る家なんてどこにもないんだもん」


「ていう設定か?」


「設定ちゃうわ‼ 今までは野宿とかで健君とかと一緒にモンスターを狩って食べてたから家なんて」


 要は新手のホームレスか。何かと口実をつけて俺の家に居座り、ご飯を頂こうという戦法らしい。俺をなめるのもいい加減にしろ。ってかそんな下らない作戦に死んだ人間を使うなよ。


「とにかくここにいても兄ちゃんは帰ってこない。だからそんなホームレス設定を語るんじゃなくて現実受け入れてとっとと家に帰りな。あ、あと帰るときはそのコスプレ全部直してから帰ることをお勧めするよ。お母さんたちビックリしちゃうから」


「しないわよ。お母さんたちは。家族みんなエルフなんだから」


「一家総出ですげぇー凝った設定だな」


「だから設定じゃない‼」






 そこからよくよく彼女の話を聞いてみた。


 彼女はユグドラシルの森という場所に生まれ育ったらしい。小さなころから魔法の鍛錬を積み重ね、色々な属性の魔法を操るまでに至ったとか。そして彼女が人間年齢にして高校生くらいの時、ダークエルフの進行によって森全体が壊滅させられそうになった時、どこからともなくやって来た俺の兄ちゃんがそのピンチを救う。



 その結果ユグドラシルの森は安寧を取り戻し今も楽しく暮らしているのだろうと。


 さらに彼女自身はその後俺の兄ちゃんの冒険に付いて来るようになり、魔法使いとしてのサポートから攻撃まで様々な立ち回りをこなした完璧少女であると。なんなら俺の口から兄ちゃんに「シリア(このエルフの名前)はすごいんだ」って伝えてほしいらしい。



「まだ信じられないって言うのなら魔法も見せてあげてもいいわよ」



 そう言うと俺の許可なしに彼女は唐突に何かを口走り始めた。その言葉は普通に日本語で、だが、早口言葉かってくらい言葉が早くて何を言っているのかまではつかめない。



 次第に彼女の周りには可視化できる緑色の光の線が現れたかと思うと途端に詠唱が終了。


 彼女は右手を前に出し最後の一言「テンペスト」



 その言葉に応えるかのように俺の本棚に眠る本たちがわさわさと飛び立ち、勉強机の上にいたプリント達が縦横無尽に部屋を走り回り、お菓子机の上にあるチップスたちが無重力になったとフワフワ空中を舞いだした。



 もちろん実害はそれだけじゃない。俺にも及ぶ。



 台風とも引けを取らない激風で立っているのすらままならない。それに飛び回る本やチップスたちが時々俺の顔面から腹部から足まで直撃を繰り返す。



「分かった! 分かったからストップ‼」



 これをもはや手品とは呼べないだろう。手品にしては乱暴すぎる。


 認めるしかなかった。この少女は本当にエルフという魔法を生まれつき扱える人種でありこの世界の住人ではないという事を。



 そしてこの部屋をまた片付け直さなければならないという現実を。







 あんまりにも怖くなって俺は家を出た。もちろん家出とかではない。もしかしたら本当に俺は異世界転生を果たしてしまったのではないかという懸念を払しょくするため。



 空は青く澄み渡り、大通りにも出れば文明進化の産物とも言える自動車たちがビュンビュンスピードを出しながら走り去る。



 近所の人たちだって何一つ変わらない。さすがに「魔法を使えるようになりましたか?」と聞くのは忍びないのでしなかったけど、生活に魔法を使っていないところを見るとそういう事も出来ないのだろう。俺の世界で魔法が許されたわけでもハイファンタジーなキャラが誕生したわけでも無いっぽい。




 さらに家に帰った後にテレビをつけた。



 もし、大々的にどっかの特異点で俺の世界とシリアと名乗るエルフの世界がくっついたのなら他にもコイツみたいなやつがいきなり家にいて大混乱が起きているかも知れない。


 だが、その期待すら打ち壊されテレビのアナウンサーは最近話題のアイドル杉崎千歌すぎさきちかの話で持ちきりだった。



 確かに急成長を果たし、俺自身も一気に一流アイドルの階段を昇りつめた彼女の大ファンでありファンクラブ会員番号31584番としては興味のある話だったが今はそれどころではない。



「ねぇそれ何?」



 部屋で待っていろと言っていたはずの少女が指を指しながら問いかける。



「テレビだよ。知らないの?」



 彼女は困惑したように答えた「知らない」と。


 それに続けて。



「でもすごいよね。この箱の中であなたのためだけにこうして情報を読み上げくれてるの?」


 一瞬、シリアは何を言っているのかと思ったが、少し考えた末に何とか理解できた。


「いや、これは別に俺のためってわけじゃなくて全国のみんなのために言ってんだよ」



 どうやら彼女はこの『テレビ』たる箱の中にキャスターのお姉さんだったりアイドルの杉崎千歌だったりが入っていて一通りのパフォーマンスが終わったら箱テレビから出てくるのだと思ってるらしい。


 本当に俺だけのために杉崎千歌ちゃんが歌って踊ってくれているって考えたら失神しそう。



「全国のみんなに……。なんか不思議な物体ね」



「まぁお前らの世界に無いのならちょっと特殊かもな」



 そういやこの間ラノベにも異世界にテレビと回線持ち込んで讃えられている主人公がいたっけ。



「もしかしてだけどその箱を使ったら私でも健君にメッセージを届けられたりするの?」



 と、バカなことを言い出したかとも思ったが、意外とベクトルとしては間違っていないな。


 確かにこの世界に兄ちゃんも飛ばされていてテレビを見られる環境にいるならそれも可能だ。


だけど……。



「テレビってなそんな簡単に出れるもんじゃないんだ」



「でも、みんなこうして箱に代わる代わる映ってるじゃない」と。反撃にもならない反撃に対して「そういう人たちなの」と少し冷たかったかもしれないが無理やり話を終わらせた。



 テレビでもすでに杉崎千歌ちゃんの話題は終了し、全く持って興味ない成り上がり政治家――周東正之しゅうとうまさゆきが革新的な法律案を提出した話に変わっていた。クソほどどうでもいい。今の若者は一部を除きあまり政治に興味を持てない。




「で、シリア。お前は一体俺に何をしてくれるんだ」



 部屋に戻り俺はシリアに対して尋問をしていた。


「な、何……とは?」


「だってお前の身よりはどこにも無いからって俺の家に居候するんだろ。だったらそれなりに対価を払ってくれないと割に合わないんだけど」



 あ~なるほど。そういった感じで表情を明るくした彼女は俺の言葉をこう解釈したらしい



『家にいるなら金を出せ』



「確かにそうよね。宿に泊まるときとかもしっかりお金を払ってたもんね」


 そう言って彼女は見知らぬ銅貨を机に並べた。



「ざっと150バリスって所でどうかしら? こっちの世界だと少なからず三日は過ごせたはずだけど」



 もちろんダメ。君たちの世界で一体いくらの価値があるのかも分からないその丸い物体は俺たちの世界においては何の役にも立たない。ゴミ同然。



「は? これだけのお金揃えるのにどんだけ苦労したと思ってるのよ。ヌメナメクジ百体は下らないわよ。あんな気持ち悪いものを散々狩りつくしてようやっと手に入れたお金をゴミ同然は無いでしょ!」



「その話だけで気持ち悪いわ! ちなみにその金ってどっから出てきたんだよ。報酬金としてギルドからもらったとか?」



「いやいや、そのヌメナメクジの腹から」



「きったねーよ‼ んなもんお菓子机の上に並べるな! 何でなめくじの腹から金が出てくるんだよ‼」



「何でってそういう世界なんだから仕方ないでしょ! モンスター倒したら出てくるんだよ。体の一部から金が。変なカエルが吐き出した金よりかはよっぽどキレイでしょうが!」


 そんな汚い金(物理)がこいつらの世界ではやり取りされているのか。



「とにかく、俺はこの汚い金は受け取らない。ゴミ押し付けて家に泊めてくださいとか聞いたことが無いからな」



「だからゴミじゃないわよ。この金持って私たちの世界を冒険してきなさいよ。どれだけありがたい事か実感できるから」


 死んでもヤダ。って言いたかったけどどうせ死ぬならその後に兄ちゃんと合流して冒険するのも……。


 いや、違う違う。冒険どうこうの前に少なからず今この金は無価値なのだから断じて受け取らない。受け取ってはならない!



「じゃあどうしろって言うのよ!」



「例えば何でも言う事を聞くってのはどうだ?」



 そういう盟約を結び付けないとコイツいつどこで事件を起こすかも分からないし。


「な、何でもって……」



「何でもは何でもだ」



「そ、それはほらその、そういう担当がいるじゃない。キーラって言う何でもいう事聞く担当が」



 なんだその残念な担当は。



「そ、その、なんて言うか。私にはまだ早いって言うか。合法でも何でもないしほら、もっと成熟した……」



「じゃあ最初は料理な」



「い、いきなりそんな事! ――――って、え? 料理? 私を料理する的な?」



 は? このエルフは一体何を言ってんだ?



「私をじゃなくて私がの間違いだろ」



 『てにをは』は大事だぞ。ちょっと間違うだけで全然違う意味になっちまうからな。まぁ「私を料理する」は意味分からんけど。焼かれたいのかなこのエルフ。



「な、何でもするのよ! 何でもするのにこの可愛く大人びて成熟したエルフに料理をさせるわけ!」



「あぁ。その成熟した大人のスキルでうまい料理を作ってくれ」



「違うよね! 成熟したスキルの使い方!」



「え?」  他に使い方がありますか?



「ゴメン。何でもない。私の方がキーラに毒されてたのかもしれない」



「そのさっきからチョイチョイ出てくるキーラって?」



「私と一緒に冒険してた――――かどうかは定かじゃないけどサキュバスの女の子よ」



 また意味の分からん概念的なのが出てきたよ。



「まさかじゃないけどそいつもこの世界にいるのか?」



「いるんじゃないの? いないと逆に困るわよ。私だけこの世界に飛ばされたことになっちゃうんだから」



 そう言いながら彼女は台所へとスタスタ向かっていった。


 どこから用意したのか、自前のエプロンを結びながら。


 そしてその数秒後に響く。





「って! 食材が何もないじゃない!」



 あ、そういや俺は一人暮らしだから大した食材買ってないんだ。カップ麺や袋めん、即席麺にインスタントラーメンなら揃ってるけど。


 せっかく作ってくれるってのに「お湯いれて三分ないし五分待って」って言うのも忍びなかったので俺とシリアで買い物に行くことにした。





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