2話 夢見心地ガール
とは言え、女は変わりやすいという。もしかしたら俺の小学校の同級生がこういう趣味に目覚めて整形・髪染めをしたことも考慮し、さらに彼女を観察。
じろじろ見つめる俺に彼女は顔を赤らめていたがこれはセクハラでも痴漢でもない。不法侵入してきたこいつが何者かを調べるための取り調べだ。
その結果得られた結論は――――やっぱり知らないやつだ。
そもそもよく観察してしまうとこいつが人間でないことすら発覚。基本的な外見は同級生くらいの少女と差異なかったものの、髪に隠れた耳の異常な尖り具合を見つけてしまった。
それは素の人間が生まれつきでというには無理のありすぎる鋭さと長さ。
北欧神話やラノベ・ネット小説なんかに頻繁に登場するエルフだ。
「…………」
いや、んなわけあるか‼
エルフとはあくまでファンタジーな世界の生き物でありここは現実世界。ゲームの世界でも異世界でもなく、正真正銘の地球の日本の東京だ。
異世界転生モノの中には家の扉を開けた瞬間そこは異世界だった的な、どこ〇もドア的な設定で無理やり異世界に行かせる作品もあったけど俺は違う。
異世界には来てないし、そもそもこの少女の奥に見える窓の景色はさっきまで俺が歩いていた東京の街並みで変わりない。
となると目の前の不可思議な少女は――。
「ねぇ~! 本当に私のこと覚えてないの。ついさっきまで一緒にいたじゃん! 私は片時も忘れたことなかったのに」
すでに目の前ではなく真下まで迫っていた。
在りし日のお母さんがお父さんにせっつくように床に膝をつけ、俺の裾を引っ張り泣き喚く。六年越しに俺はなぜあの時お父さんが俺のことを置いて行ったか分かった気がした。
「と、とにかく離れろ! 五月の初めだってのに暑くてたまらんわ!」
「嫌よ! いやいや! 絶対離れないんだから。健たける君が私のことを思い出してくれるまでぜ~ったいに離れないんだから」
「だ・か・ら! それじゃ話に――ってお前今なんて言った?」
「へ?」
俺が彼女の言葉に引っかかったがゆえに急に二人のテンポが崩れた。
「え、えっと……ぜ~ったい離れないって」
「いや、その前。俺のことなんて呼んだ?」
困惑したように彼女は答える「健君でしょ」と。ついでに「私たちは結ばれる運命にある共同体じゃないか」と。
まぁ兄ちゃんがこの謎の生命体とどこで出会いどんな約束をしたのかは知らないが、彼女の言葉により俺はやっと納得のいく結論へとたどり着くことができた。
つまり。
『この少女は遠い過去に兄ちゃんと「結婚しようね」的な約束を交わした運命のヒロイン気取り整形・夢見心地コスプレ野郎だ』と。
「誰がヒロイン気取り整形・夢見心地コスプレ野郎だ‼」
「お、完璧」
「ンなとこ褒められても嬉しくねぇーわボケ!」
出会った当初――といっても五分くらい前だけど、もうちょっとおしとやかなイメージだったんだけどな。意外とノリがよくて面白いかも。
「とにかくお前が残念系コスプレ美少女だろうと何だろうと構わないんだけど、君に一つ伝えなくてはならないことがある」
先生が生徒を諭すように親指を立て、正座を崩したように座る彼女に現実を突きつけた。
「俺は健じゃない。大野翔だ。そして大野健は俺の兄ちゃん」
さらにその立てていた指をそのまま遺影のほうへ向ける
するとあっち向いてホイのごとくきれいに彼女の首は九十度回転した。
それから間もなく俺のほうに目線が帰ってくる。それを×3回。
世に言う三度見だ。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
その絶叫はご近所さんが不快に感じる程度には響いただろう。苦情来ないでほしいな。
「ちょ、ちょっと待って! 健って弟がいたの!」
「その質問を弟にぶつけられたんじゃどう答えていいのか分からないんだけど、まぁいたよ」
「今までそんな話一回もしなかったじゃん!」
んなことは知らねぇーよ。
「とにかくこれで分かってもらえた? 俺は君の探し求めている大野健ではないということが」
彼女は絶望に打ちひしがれながら頷いたのか項垂れたのかコクリと首を縦に動かした。
「そして追い打ちをかけるようですが、お兄ちゃんはもうこの世界にはいません」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
マジで面白いなこいつ。ご近所さんもう少しこいつで遊びたいので寛大なお心を。
「ってそれは嘘よ。いくら私のことをこの家から追い出したいからってそんな嘘を真に受けうるわけないじゃない」
「あんな大声で叫んでいたわりに真に受けてなかったんかい」
「受けるわけないでしょ! 私はついさっきまで健と一緒に旅をしてきたんだよ。さすがにそれを死んだっていうのは不謹慎極まりない! それでもあんた弟なの⁉」
「弟かどうかが問題じゃないだろ」
にしても夢見心地ガールというのは厄介なものだ。自分の妄想がすべて現実だと思い込んでいる。
こんなのはお母さん一人で十分なのに、なんで再び頭のおかしいやつがこの家に再来してるんだよ。
俺の平穏な日々を返せ!
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