演目その2 ウイルス騒動

 ツクテンテン、テンテン・トンテン、チャカテンテン♪


 えー、毎度バカバカしい小噺こばなし一席いっせき


 巷じゃあ、もう毎日コロナのニュースが大半で、連日、新たな感染者数が発表されて、増えたの減ったの、って大騒ぎになっていますね。

 テレビなんかも、毎日、ただ数字の増減のグラフ見せるだけじゃあ尺が持たないもんだから、街中の様子を映して「人が少ないです」「まだ多いです」、「マスク買えましたか?」「買えないです」、なんてぇことをやるもんだから、みんな他人のやることに、どんどん過敏になっちゃう。


 ただでさえ、家から出られなくてイライラしている上に、景気の先行きが不安だ、マナーの悪い人がいる、なんて気分の悪くなる話ばっかりされると、気持ちがギスギスしてくる。


「正義中毒」なんてぇ言葉がネットでバズっているようですが、自分自身も日々の生活に我慢を強いられているから、他人のちょっとしたマナー違反や何かが、もうカンに障って、ケチをつけたくなってしょうがない。そうすると、あちこちでクレームだ、言い争いだ、小競り合いだなんてことになって、世の中全体が殺伐さつばつとした雰囲気になる。


 みんながハナっから怒ろうと思っているから、ちょっとした聞き間違いから大変な騒動が起きたりする。


 えー、ここに、クマハチっていう、そそっかしい二人がりまして……この二人、家が隣同士で年も近く、普段から仲が良い。しかし昨今の状況を鑑みまして、政府の要望通り、三密を避けて、各々の部屋でテレビを見たり、ゲームをしたりして、じっと大人しくしていたんですが、退屈で退屈で仕方がない。

 食っちゃ寝の生活なんてものは、仕事であくせくしているうちは憧れるもんですが、強制されると面白くもなんともないもので――


「あああ――――――っ! 飽きたっ! 退屈だっ! しょうがないから、八の奴にLINEでもしてみるか」

ってなわけで、熊の方はまことにどうでもいい内容のLINEを八に送ったわけです。


「『今テレビに出てる、ウィル・スミスって、少し前に日本に来たらしいね』っと。よいしょ、送信」


 と、送った内容が本当にど――――でもいい内容なんですが、もともとそそっかしい性格の上に、テレビを見ながら送ったもんだから、打ち間違えた。「ウィル・スミス」と入力したつもりが、「ウィルス・ミス」って打っちゃった。

 ウィル・スミスとウィルス・ミス。「ナカグロ」の位置が少しずれただけで、大きな違い。


「ウィルス・ミス」なんてぇ言い方はあまりしないものですが、この時期みんな「コロナ」だとか「ウイルス」だとか「マスク」って言葉に過敏になっちゃっているから、そんな単語を見たり聞いたりすると、もう、考えるよりも先に感情で反応しちゃう。

 すっかりウイルスの話だと勘違いした八の方は、びっくり仰天して、熊にこう返信する。


「そりゃ大変なことなんじゃねぇか!?」


 当の八の方は、「ははあ、やっぱりハリウッド・スターってのはえれぇもんだ、熊の奴、こんなに驚いてやがる」なぁんて思って、得意ンなって、さらに返信。


「おうよ、警備が大変だから、秘密だったらしい。あんまり人に言っちゃぁなんねぇぞ」


 なぁんてやったもんだから、もう、熊の方は「八の奴、普段ぼぉーっとした顔してんのに、こんな重大な秘密を知っていやがったのかっ! 知り合いに教えてやらなくちゃ!」ってなもんで、ほかの人にもばぁ―っとLINEで広めちゃう。


「なんか、日本にウィルス・ミスがあったらしい」


 するってぇと、もう、読んだみんなは大騒ぎだ。


「まぁ、ウィルスの検査ミス!?」

「ウィルスの検査キットにミスがあったらしいぞ!」

「ウィルスに汚染された製品が輸入されたって」

「横浜港に汚染された積み荷が届いたらしい」

「キぃ―――っ! だから外国の製品なんて信用できないのよ! 日本製じゃなくちゃ!」

「港が封鎖されるらしいぞ!」


 こういう話の常で、人から人へと話が伝わるごとに尾ひれはひれが付いて、どんどん話が大きくなっていく。

 もとはと言やぁ、ウイルス・ミスじゃなくて、単なる入力ミスなのに、もう大炎上。収拾がつかなくなっちゃった。


「日本は鎖国するってよ」

「トイレットペーパー買わなくちゃ!」

「マスクも生理用品もキッチンペーパーも米もパスタもカップ麺も防災用品も、ぜーんぶ品切れになるぞっ! 急げぇ――――っ!」


 みんなして、近所のスーパーやらドラッグストアに押しかけちゃったから、店は大混雑の過密状態。押すな押すなの大騒ぎ。警備員さんもどうにもなんなくなって、警察まで出てくる始末。


 そうなってくると、マスコミなんかも、おいしいネタだってんでカメラクルーやらレポーターやらが飛んできて、


「暴動です! パニックです! 街が大騒ぎになっています!」


 なんて深刻な顔してやるもんだから、そのテレビを見た人がさらに


「街が封鎖されるらしい」

「機動隊を見たやつがいるらしいって誰かが言ってた!」

「自衛隊が来るってよ!?」

「トイレットペーパーと水とカップ麺を買わなくちゃ!」


 ドミノ倒しみたいに、隣町、そのまた隣の町へ、ってな具合にあちこちの街に騒ぎが飛び火していって、混乱が大きくなる。

 さすがにこれは、ってんで政府が動いて、市の職員が防災無線で呼びかける。


「みなさん、落ち着いてください。町は封鎖されません。自衛隊も機動隊も来ません。水も食料も紙製品も十分にあります。鎖国もしません。落ち着いてください」


 一方、八の方は自分が送ったLINEの入力ミスで騒ぎが起きているなんて、つゆほども気づいちゃいないから、「なんだか騒がしいなぁ」なんて思いながら、スナック菓子をポリポリつまみながら、テレビをつけたらレポーターが深刻な顔をして「街がパニックです」なんて言ってる。

 こいつは、いけないってんで、慌てて隣に住む熊ン所へ行って、


「おい! おい! 大変なことになってるらしい。逃げよう!」

「逃げるってどこへ!? 町はウイルスで汚染されてるんじゃあないのかい?」

「ウイルス? じゃ、マスクを着けよう」

「マスクを着けて、どこへ行くんだい?」

「ええと、ええと、そうだ、ばーちゃんとこに行こう。隣町の」

「隣町だったら、ここと変わんないじゃないか。なら家に閉じこもっていた方がいい。こうなったら三密もへったくれもない、一緒に籠城していた方がいいだろう。おめぇ、入んな」

 ってなわけで二人で熊の家に閉じこもることに相成りました。


 一方で、鎖国も、街の封鎖も、自衛隊出動も、何もない、嘘だった、デマだった、ということがわかり、みんな安心すると同時に、「デマを流しやがったのは誰だーっ!?」って自分達の早合点は棚に上げて、怒りだす。

 LINEのもとをたどって、熊が数人の知り合いに送った


「なんか、日本にウィルス・ミスがあったらしい」


が元ネタだってわかると、文句のひとつも言ってやろうと、みんなして熊ンところへ押しかける。しかし、自宅まで行ってベルを鳴らしてもウンともスンとも言わない。

 ドアをドンドンドンドン……と何度も叩くと、中からしれっとした調子で八の奴がこう言った。


「生憎ですが、当方、居留守いるすをしております。ウだけにね」


 お後がよろしいようで。


 みなさんもね、あんまりカリカリしないで、家で創作落語を読んで、手作りの美味しい節約料理でも食べて、心身ともにお健やかに過ごしてくださいね。


 余談ですがね、「ウイルス」という言い方は日本だけで、英語じゃあ、どっちかというと「ヴァイゥス」という発音になるんですね。「ヴァイゥス」。だから、こんな聞き間違いが起こるのも、当然日本だけ。スミスさんのいるアメリカではこんなことは起きません。


 では。ここいらへんで失礼をば。


 ツクテンテン、テンテン・トンテン、チャカテンテン……

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