暮夜

 

「ほら、幸田。最後の話をしてくれよ」


 狂ったように叩かれるドアを背中で押さえながら、青い顔をした3人になるべく落ち着いた声で言う。しかし、3人はもっと顔色を無くして。


「か、和臣……どうしたんだよ! まさか、取り憑かれたのか!?」


「どうりでさっきからおかしいと思ったんだ!!とりあえずプロテインかけろ!」


「和臣!! 戻ってこい!!」


 プロテインをぶっかけられ頬をビンタされた。マジで怒るぞお前ら。


「何すんだアホ!! 大体百物語やりかけで終わらせない方が怖いだろうが!!」


「「「確かに」」」


「お前らはただ俺にプロテインかけてビンタしてきただけのアホだからな」


 全員に謝罪され、皆当初居た位置に座り直す。先程まで狂気的とも思えた音は、今はもう風の音と言っても差し支えないように聞こえた。


「た、確かに、よく聞いたら風の音だ」


「さっきからそう言ってるだろ」


 実際には、外のヤツが今はドアの隙間に指を入れようと躍起になっているため静かに感じるだけだ。隙間から入ってくる冷気に、ぞくりと背筋が震える。


「じゃあ、話すかー」


 幸田が蝋燭を持ち直し、そっと静かな声で語り始めた。


「数年前、とある大学生のカップルが旅行に行ったんだ」


『ウラ……シイ』


「彼女の方はすごく楽しそうだったんだと。でも、彼氏はそうじゃなかった。浮気して、そっちで子供作っちゃっててさ、ソイツ。彼女になんて言おうかってずっと悩んでたんだ」


『……ラ……シイ』


「で、旅行最終日の夜。彼氏は彼女に言ったんだ、別れてくれ、ほかの人と結婚するからって。そしたら彼女、すげー取り乱しちゃってさ。泣いて叫んで、殺してやるっ、て彼氏に掴みかかったんだ。でも、当然男の力に敵うわけなくて、振り払われちゃって。座り込んでしくしく泣いてるその子を置いて、彼氏は帰っちゃったんだ」


 かたん、と。

 ドアノブが、微かに動く。


「そのあと彼女からは連絡もなくて、子供も生まれて順調に家庭を築いていた男は、ある日テレビで変なニュースを見たんだ。昔、彼女と旅行に行ったあの場所で、動物や虫の、はらわたが引きずり出された死体が大量に捨てられてたっていう。不気味だな、世の中怖い人がいるもんだな、と思って、自分の子の顔を見たら」


『ウラ……シイ』


 何度も何度も、執拗にドアノブを叩いている。


「真っ黒で、でも昔の彼女そっくりの顔で。「怖いねえ」って笑ったんだ。その後、葬式になっても見つからなかった男のはらわたは、同じ日に死んだ娘の腹から出てきたんだってさ。……ああ、あと」


 かちゃ。

 ノブが、回り始める。


「その2人が旅行に来た場所ってのは、俺たちが今いるここだよ」


 ふー……、と今までにないほど静かに、幸田が蝋燭を消した。

 その、瞬間。


「「「うわあ!!」」」


 切り裂くような着信音。俺のポケットで震えた携帯は、しん、と静まったと思ったらまた激しく鳴り出した。着信は、非通知から。


「悪いな。姉貴からだ。いきなりこっちに泊まるって言ったからブチ切れてるんだ」


「な、なんだよ……驚かせんなよ……」


「しばらくほっとけば大丈夫だ」


 電話には出ず、さっと電源を落とした。俺の携帯も、先程からずっと電波が立っていない。

 朝までは、約1時間。


「なあ……和臣。さっきからドア、ノックされてないか?」


「気のせいだろ。風の音だよ」


 ばしばしとドアを叩けば、うめき声とともに外にへばりついていた何かが離れる気配がした。しかし、すぐに戻ってきてドアノブを叩き始める。


「あ、そうだお前ら。もう絶対こんなことするなよ」


「和臣本当にこういうのガチなんだなー。まあ、俺も死んだばあちゃんにこういうのは絶対にやるなって言われてたんだけど」


「それは言いつけを守れよ」


 お婆さんせっかく忠告してくれたのに不憫だろうが。


「安心しろ和臣!! もう二度としない!!」


「こんな状況もうないだろうしな。それに、今度から暇は筋トレで潰す」


 おぎゃあ。

 突然、天井から聞こえた赤子の泣き声。俺以外にも聞こえたようで、3人の表情が固まる。


 おぎゃああ、うんぎゃあ、んうぎゃあ。


 ぎゃあ、がぎゃあ、アガ、ぎゃアっ。


 天井に口をつけて叫んでいるかのような音量。そして。


 あぎゃあぁぁぁアアアアアアアア!!!!


 いきなり、部屋の全方位から。耳を裂くような激しい悲鳴。それに被せるように、バンバンバンバンっっ、と手で壁を叩く音。


「野生動物かな?」


「か、和臣、お前マジか、お前、お前バカだろ。どう考えたって、これ、」


 ガタガタと揺れるドアを背に、ランプを片手に立ち上がる。足は肩幅に、歯を見せるよう笑顔を作って。


「ビビってんじゃねえよ、お前ら。この俺が一緒にやってんだ、百物語なんて肝試しにもなんないだろう?」


 一瞬の後、ほんの少しだけ目に光を取り戻した3人は。


「和臣が取り憑かれた!!」


「プロテインかけろ!」


「戻ってこい、和臣ーー!!!」


 頭からプロテインをかけられグーで殴られた。

 泣いた。

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