夜分
2周目の怪談は、坂田は見たら呪われるビデオの話、藤田は人面犬を見たという話。幸田はまた大声と表情を使う反則をしながら、毎朝駅で会う少女がある日高笑いしながらホームに突き落としてくる話をした。馬鹿野郎もう駅使えねえじゃねえか。
ちなみに俺は小さい頃ショッピングモールで迷子になった時に、見知らぬ女性が母親を名乗って迎えに来た話をした。本物の母は数分後に迷子として迷子センターにやってきた。
「さっきから和臣の話だけなんか違くね?」
「人間が怖い系って最後の締めにやるもんだろー」
「和臣! お前は俺が守ってやるからな!」
蝋燭は残り3本。俺のライフはギリギリ。 もうダメかも。
「じゃあ次は俺が最強に怖いプロテインの話を」
ごどん。
隣の部屋から、何か質量のある、柔らかいものが落ちるような音がした。
「なんだ?」
「風で何か落ちたんじゃねー?」
「あれは俺がネット掲示板でとあるプロテインの噂を見たのが始まりだった」
来た。
それとなく、ドアの前に移動する。この部屋で唯一外に通じる場所。つまり、
「俺はすぐさまその伝説のプロテインを探した。怪しいマッチョサイトにまで手を出したほどだ」
ごが。
ドアに何か硬いものがぶつかった。確実に、いる。壁ひとつ隔てた隣の部屋に。
かり、かり、かり……、引っ掻くような硬い音がドアを揺らす。まだ百物語の途中にも関わらず、中々のモノが寄ってきたようだ。やはり儀式の手順に不備があったせいか。それとも、対価が重すぎたせいか。
「なあ、何か音しないか?」
「気のせいだろ。いいから坂田の話を真面目に聞け」
怪訝な顔で立ち上がりかけた藤田を制す。俺より奥にいれば、それだけでいい。
「そして、俺は手に入れたんだ。伝説のプロテインを。まさに黄金に輝くその粉は、シェイカーを振れば振るほどきめ細かく泡立ってな」
『……デ、ゲ』
背後のドアから、ボソボソと声がし始める。
「俺はその黄金のプロテインを飲んだ。トレーニングの後、一気にだ。そしたら……」
『ア゛……デ、、ゲ』
「吐いて下して救急車だ。そう、あの伝説のプロテイン……腐ってたんだ。ちなみに食中毒扱いになった。お前らも、怪しいプロテインには気をつけろ。やっぱりトレーニングに近道はないんだ」
『ア゛、ア゛ゲ、デ、アゲデ』
がんっっ! と硬いものがドアに打ち付けられ、ばっと部屋の全員がこちらに注目した。
「な、なんだ!?」
「ああ、すまん虫がいて。仕留め損ねた」
ヒラヒラと手を振ってみせる。
「こんな吹雪の山奥に虫がいたのか?」
「やばい奴だった。完全に
「お前……ゴキブリ素手で叩き潰そうとしたのか。前藤田ん家にゴキブリが出た時は泣いて喚いて大変だったのに」
「うっさい、嫌いなんだよカサカサしてて」
さっと机から蝋燭を取って、ドアの前に戻って座った。
「えー、俺の最後の怖い話は……怖い話は……」
『ア゛、ア゛、ア゛、ウラ……シ、イ』
「えっと、その……ゴキブリ、じゃなくて……」
『ア゛、グ、ツ、シイ』
「ぐつ……靴、靴がな、失くなってる日があって」
ぐっちゃくっちゃ、と、戸を舐める音がする。どうにかして中に入ろうとしているのだ。でも、もうドアノブを回すという行為を
「おい和臣、ガチのいじめ系の話は無しだぞ」
「和臣! 俺は!! たとえ世界中を敵に回したとしても!! お前の味方だ!!」
「ネタ切れなら俺が2個話すから、パスしてもいいぞー」
背後の音に思考が乱されながら、なんとか口を動かし続ける。
「次の日も、失くなってて」
『ア……』
ガリガリ、グチュグチュ。そんな音の合間に、喉の奥から呻くような声が聞こえる。
「その次の日も、失くなってて。姉ちゃんに怒られると思って、探しに行ったんだ」
『……』
ブツブツと小さすぎる声で何かが絶え間なく呟かれる。水っぽい音はなくなり、ただカリカリと戸を引っ掻く音がする。
「そしたら、靴、全部埋められてて。なんでこんなことするんだって言ったら、好きだからって。せっかくおもちゃがひとつになったんだから、たくさん構ってやろうって。やっぱり、2つもいらなかったって、お前の方がいいって、笑って」
「……和臣?」
はっとして目線を上げる。いつの間にか、下を見ていた。
「あ、やべ」
また、がんっ、とドアを挟んだ衝撃を背で受けながら、怪訝そうな顔をした3人に思考を戻す。まずい、なんにも考えずに口だけで喋ってしまった。自分でも何を話していたのかよく覚えていない。
「あのー、あれだ。少し前海外旅行行った時、迷子になった上誘拐されてな。あれは怖かった」
ふ、と素早く蝋燭を消す。あぶねえ、俺が百物語失敗させるところだった。
「待て! さっきの靴は結局なんの話だよ! ペットのイタズラかなにかか!?」
「あーそうそう、それ」
「和臣ー、帰りに防犯ブザー買って帰れよー」
「うん、もう持ってる」
適当に流し、次の藤田に蝋燭を渡す。藤田は俺を見て涙ぐんでいた。いいから早く話せ。
「お、俺の怖い話はな……っ! くっ!! かつての俺の!! 独りよがりな正義感が、誰かを傷つけていたことだ!! 気が付かせてくれて本当に感謝している、和臣!!」
「なんの事かわからんがまあ何となく怖いからもうこれは怪談話だろ」
「判定ガバガバだなー」
ふんっっ、とまたとんでもない肺活量で蝋燭を消した藤田の次に、幸田が蝋燭を手に取る。
「トリだからなー。とっておきの、をっ!」
いきなり。隣の部屋の、窓が割れた。
「なんだ!?」
「おい和臣どけ! 様子見に行くぞ!」
「ダメだ。朝まで開けないって言っただろ。それに、この吹雪だ。小石でも飛んできて窓が割れたんだろ。危ないから、明るくなってから見に行った方がいい」
「そうは言ってもよ……」
「いいから。朝まであと2時間ちょっとだ、大したことないだろ?」
全員を元の位置に座らせたところで。
「は!? 2階で誰か走ってんのか!?」
「バカ、このロッジは平屋だ!!」
ダンダンダンダンダン!!
天井を踏み抜くような足音。その直後に、壁という壁からバンバンバンバンっ、と手で叩くような音がひっきりなしに叩きつけられる。その、あまりに狂気的な音に顔を青くした3人は。
「おい、マジか!? マジで幽霊来ちゃったのか!?」
「和臣!! そんなドアの近くにいるな!!」
「携帯の電波繋がんなくなってる……!!」
「落ちつけ。窓が割れたんだ、風か吹き込んでるだけだろ。天井の音も、積もった雪が落ちた音だ」
「そんな音じゃないだろ!」
「いや。風の音だ。ほら、幸田。最後の話をしてくれよ」
百物語は、朝が来るまで終わらない。
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