詐欺
夕方の6時。
玄関で靴を履いていると。
「和臣、こんな時間からどこかに行くの?」
「うん。バイト」
「はぁ?」
レポートを手伝ってくれた葉月は、俺ではなくて監視の人に目を向けた。監視の人は苦々しく頷く。安心してください、さっき履歴書は書きました。
「和臣、あなた一体何の詐欺に引っかかったの? 正直に言いなさい」
「なぜ詐欺にあった前提なんだ」
心外である。俺はインターネットの怖さをよく知っているつもりだ。
「だってあなた充分お給料貰ってるじゃない。普段そんなに使っている様子もないし、それでもまだお金が足りないなんて、相当悪質な詐欺しか考えられないわ」
「そうじゃなくて、今日は喜田さんと娘さんのために行くんだよ。お金じゃ買えないものがあるんだ」
「なんの話よ」
「あ、そろそろ間に合わない。あと帰りは朝だと思う、じゃあ行ってきまーす!」
「ちょっと!」
急いでバス停まで走り、最終便に飛び乗る。これ帰りはバス無いな。今日のバイト代でタクシー呼ぼうかな。
駅に着いた時には、Tシャツ姿のラグビー部3人が既に駅前でそわそわと待っていた。むさくるしい男に待たれても何の喜びもないしげんなりするだけだと知った。
「お、和臣来たか。じゃあ行こうぜ」
「その前にどこの警官するか教えろよ。深夜からなのになんでこんな集合時間なんだよ」
「着いたら分かるって。その前に車取りに行くのと制服着に1回事務所よるぞー。和牛が楽しみだな」
「大丈夫だ和臣! 何があっても俺が守ってやるからな!」
俺がまだ人を殴らずにいることに感動しながら、引きずられるようにして電車に乗せられた。そのまま大学のある駅を数駅すぎた頃に、これまた引きずられるようにして電車を降ろされる。そして引きずられるようにして徒歩10分ほどの場所にあった事務所とやらに連れていかれた。ちらりと見えた監視の人は頭を抱えていた。
「あぁ、3人とも悪いねぇ急に友達連れてきてなんて言ってしまって。向こうは今日天気も悪いらしいのに.......君も、悪かったねぇ。商品券はちょっとおまけするからね」
事務所に入ってすぐに現れたのは、白髪まじりの小柄な男性。背筋は伸びているが、定年間近か、もう定年を過ぎているのかもとも思えた。
「喜田さんの頼みなら! いっつもバイト終わりにメシ食わせてくれてありがとうございます!」
「「あざっす!!」」
「いやいや、いいんだよ。君らみたいなのに奢るのは老人の楽しみだからね」
ちょっと待て正義感ラグビー部。お前今このご老人を喜田さんって言ったか。
目頭を揉みながら、まさかと思いつつ声を上げた。
「.......あの、すみません。今日は娘さんのお誕生日では.......?」
「あぁ、そうなんだよ。東京にいるんだけどね、孫とケーキの楽しそうな写真が送られてきたよ、ほら」
喜田さんが見せてきた携帯の画面には、小学生ぐらいの女の子がにかりと笑いながらケーキを食べている写真。その隣りには少しふくよかなお母さんらしき人が見切れて写っていた。
詐欺にあった。葉月、助けてくれ悪質な詐欺にあったんだ。
「じゃあ制服はそこのロッカーにあるから。今日は向こう天気が悪いらしいから、雨具着ていってね」
「「「うっす!」」」
あほラグビー部どもは張り切ってロッカールームへ消えた。この場には呆然と立ち尽くす俺と、不思議そうに俺を見る喜田さんしかいない。
「.......あの、履歴書書いてきたんですけど」
ヤケクソだった。昼間割と悩んで書いた履歴書を差し出す。
「え? あぁ、じゃあ後で見ておくね。行ってらっしゃい」
半泣きになりながら、ヤケクソで警備員の制服に着替え帽子を被った。許さないからなラグビー部。
「和臣、お前そのランプ自前か? 懐中電灯ならあるぞ」
「俺はこっちでいいんだよ!」
白い手袋をはめて、ばん、とロッカーを閉めた。雨合羽と一緒に持ったランプの中で、トカゲがうっとりと首を傾げる。
このランプの金細工は西の術なのか、能力者でさえよく見ないと中にトカゲがいるなど分からないようになっている。脳筋のこいつらには分かるはずもないだろう。火をロッカーに放置する方が危ないので、現場にも連れていくことにした。
「はは。和臣、そんなキレんなって。実際悪くないバイトだからさ」
「お前らはまず俺と喜田さんに謝れ」
いきなり、がばりと熱血の方のラグビー部(藤田)が頭を下げてきた。中々キレのあるお辞儀じゃないか。
「すまん和臣!! 騙すようになってしまったこと、謝っても謝りきれない!! だが!! 俺は!! お世話になった喜田さんを、どうしても助けたかったんだっ!!」
「そんなストレートに謝るなよ。許したくなっちゃうだろ」
「すまん和臣!!」
「お前ら仲いいなー」
事務所を出て、事務所の車で現場へと向かう。なんだかもう1周回って俺の心は静かに落ち着いていた。まるで真夜中の海のよう。
監視の人が後ろからタクシーで着いてきているのをちらりと確認してから、運転席にいる筋肉オタク(坂田)に声をかけた。
「.......なぁ。結局、どこ警備しにいくんだ?」
「うーん。着いてからのお楽しみ.......と思ってたけど、天気悪いなら先に言っとくか。危ないしな」
危険が伴うだなんて聞いてないぞあほども。
悪びれもなく、坂田はハンドルを握り雨粒が落ちてきたフロントガラスを見ながら。
「今から行くのは山だよ、山。個人所有の山で、その持ち主が夜の間誰も山に入らないよう警備を雇ってんだ。金持ちはすげぇよな。俺らの地元じゃ山なんか放ったらかしだったのに」
ほら、見えてきただろ、と。助手席に座った幸田が目の前を指さす。確かに、目の前には我が家の裏山に比べれば小さな、と言っても通常の感覚からすればそれなりの大きさの山があった。
濁りきった重い雲を被り、灰色の雨風が吹き荒れる中、異常な雰囲気を発する山が。
「な.......」
思わず目を剥き、目の前の山を凝視する。開いた口が塞がらない。
「本当に今日荒れてんなな.......。和臣、飛ばされんなよ」
「さすがに飛ばされはしないだろ、和臣だって大の男だぜ? それより迷子に気をつけろよー」
「大丈夫だ和臣! 俺が守ってやるからな!」
やっと硬直から抜け出して、もう一度車内のあほどもと目の前の山を交互に見る。そして、大きく息を吸って。
「帰るーーーーーー!!!!」
目の前のどす黒い山にさえ届くように、大声で叫んだ。
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