恐慌

 俺達がトンネルに飛び込む前に。

 その暗闇から、いくつもの悲鳴が聞こえた。


「隊長っ!」


「くそっ、一般人には術見せるなよ! でも命優先だ!」


「「了解!」」


 いる。この先、人が憎い霊が。

 それに出会ってしまった人が。


「きぃやぁあああああああああ!!!」


 女性の悲鳴だった。トンネルに反響するその悲鳴は良くない。ここへ来る人への警告ではなく、さらなる混乱の種にしかならないのだから。


「ライトつけろよおおお!! なんで、なんで!!」


 男性の声だった。おそらく、持っていたライトが消えたのだろう。混乱は良くない。それは、恐怖を呼ぶのだから。

 恐怖は、人ではなく、彼らを強くするものだから。


「隊長、一般人は」


「いたっ! 一般人は俺が何とかするから、霊2体! 何とかできるか!?」


「「了解!」」


 走った。

 自分の手足すら見えないような暗闇の中騒いでいる一般人4人。いや、正確には騒いでいたのは2人。1人はへたりこみ、もう1人はガクガクと震えながら立っている。


「はい失礼!」


 へたりこんでいる1人の手を引いて立たせ、その他の人達の肩を掴んで後ろを向かせた。その後ろで、葉月達が血だらけの霊相手に静かに札を投げている。よし、問題ない。


「ちょっとあなた達、ここは立ち入り禁止ですよ! 警察呼びますよ、警察!」


「.......あっ、す、すみま、せん.......」


 騒いでいた男性が口を開いた。やはり、騒いでいた2人は大丈夫そうだ。警察、という言葉で日常の秩序を思い出せている。


 問題は、黙りこくった2人。


「ほら、お兄さんもお姉さんも。ここ私有地なんですよ! 無断で入って! 親か職場に連絡してください!」


 ダメだ、まだ恐怖が勝っている。親や職場という言葉も、今のこの2人には届いていない。後ろの葉月達は、もうそろそろ霊を倒す。これは花田さんあたりに手伝って貰わないとダメかもしれない。


「そ、そんな.......た、ただ、肝試しにきただけで.......知らなかったんです、私有地だなんて」


「ここはマツタケが生えるんで、よくマツタケ泥棒が入るんです。だから厳重に管理していたのに、ほら、見てくださいこの写真」


 でまかせのマツタケも携帯の明かりもダメか。静かすぎる男女2人から目を離さずに。


「さ、出ましょう。話はそれからです」


 外へ誘導する。花田さん達が霊を倒し、俺達を先導して元きた道を戻ろうと。


「皆さんどういったご関係で?」


「さ、サークル仲間で.......申し訳ありませんでしたっ!」


 女性が頭を下げる。それを見ても、黙った2人は動かない。俺が腕を引いても、その場に張り付いたように。


「ちょっと、美波に駿太! 早く謝りなさいよ! 私達悪いことしたのよ!」


 あ、まずい。


「ちょっと! 聞いてんの! 大体懐中電灯が消えたぐらいでビビりすぎ!」


「お前だって悲鳴あげてただろ? 2人ばっか責めんなよ」


「だって.......幽霊なんて、いるわけないものにビビってるんだもん。ほら、美波見てよ。怖くなんかないでしょ?」


 女性がぱっと顔の下からライトを当てた。

 その、非日常の単語を。その、非日常の映像を。

 今の彼らに、ぶつけては。


「.......ぃやぁああああああああ!!」


 さっきまでへたりこんでいた女性が駆け出した。男性の方は気を失ったようで、頭を打たないよう受け止めてから地面に放った。

 そして、出口目掛けて駆けていく女性の背中を追いかけた。


「隊長っ!!」


「くそっ! 止まれ!! その先は崖だ!! 道がないんだ!! 止まれ!!」


 このトンネルの先に道はない。道路工事の途中で放置されたここは、その先は崖しか存在しない。


 幸いなことに、その女性より俺の方が足が早かった。

 幸運なことに、その崖っぷちには柵が張ってあった。

 さらに幸運なことに、今ここには天狗も霊もいなかった。


「止まれーーー!!!!」


 不幸なことに、彼女に言葉は届いていなかった。

 不幸なことに、崖の柵は腰あたりまでの高さしか無かった。

 さらに不幸なことに、混乱した彼女は止まることなく柵に勢いよくぶつかって。


「あぁっ!!」


 思い切り、体重とスピードをそのままエネルギーにして、頭を下に崖へと飛び出した。

 しかし、幸運なことに。


 俺の、指先が。

 彼女の腕に、届いた。


「っ!!」


 引け引け引け! 手繰り寄せろ! 女性一人、指ひとつで引き寄せられなくて、なんのための指だ!

 お前の指は今まで、もっと重い糸を引いてきただろう。さあ、引き寄せろ。この腕に、彼女を抱き止め恐怖を散らせ。お前が夜を走る理由は、それだけだ。

 お前が命を懸けると決めた理由は、それだけだ。


「隊長ーーー!!!!」


 幸運なことに、俺の中指は1本で空中の彼女を手繰り寄せた。

 幸運なことに、花田さん達に保護された一般人3人は、一人は気を失って葉月に背負われているものの、先程よりは冷静に見えた。


 不幸なことに。

 花田さん達の後をついてきた一般人が、目を見開いて俺を見ていた。


 女性を抱き崖の底へ落ちる、俺を。


 術は使えないなぁ、なんて。

 空中で女性の頭をきつく抱きながら、思った。

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