世界不思議発見!
返却
ぴりり、と個別に設定してある着信音に慌てて携帯を掴んだ。
「はい! 七条和臣です!」
「あ、七条くん? 俺ね俺、
「お疲れ様です!」
電話を耳に当てたまま立ち上がって頭を下げた。電話の相手の水原さんは、今の俺の上司。沖縄の小さな離島に1人で20年も駐在している管理部職員の42歳独身男性の水原さんだ。
「七条くんさぁ」
「は、はい」
「受験終わったんでしょ? お疲れ様ね」
「ありがとうございます!」
また頭を下げた。そう、今日は2月26日。昨日大学受験二次試験を受け、とうとう受験勉強から解放されたのだ。終わったあとしばらくは自分の答案についてぐるぐる考えていたが、今はもう落ち着いた。問二は確実に間違えたが、問三が合っていれば希望があると思う。信じてるぞ。
「若いっていいね。こっちじゃ俺が1番の若者だからさぁ、へへ。早く島に遊びにおいでよ、船は2週間に1度しか出ないけどさ」
「ははは.......」
遊びでいいのかよ。
水原さんは20年1人で離島に駐在している。本人曰くリアル島流し状態らしく、本部の情報などはほとんど入ってこないらしい。
何が言いたいかと言うと、水原さんは俺のことを知らないということだ。苗字から家ぐらいは想像しているだろうが、前に隊長をやってたりだとかは知らないようだった。それはそれで気が楽で嬉しいのだが、めちゃくちゃこき使われるのだけは何とかしたい。
「でさぁ、ちょっとお願いしたいんだけど.......今月の報告書、書いといてくれないかね?」
「.......了解しました! あの、資料を送って頂けると.......」
泥だらけの鞄からクリップで留めたコピー用紙の束を取り出してペラペラめくる。俺が今貰っていない資料は請求書関連と今月島に出た妖怪の総数だ。それを貰ったら色々まとめて本部に提出しなければ。
受験勉強が終わったというのに苦手な事務作業が襲いかかってくる。
「あー、船の燃料代ってどこまで請求していいんだっけね?」
「えっと.......生活に不可欠な分と勤務中に使った分は大丈夫です。.......水原さんの趣味の釣りの分はちょっと.......」
「そっかー」
この人20年どうしてたんだ。
水原さんはちょっと適当な所があるので、新しくできた部下の俺にほとんどの仕事をぶん投げてくる。しかし俺は事務作業が苦手だ。負のスパイラルが発生している。
「あとさぁ.......昨日
「た、退治はしない方向ですか? えっと.......でしたら近くの封印庫.......いや、鬼火ぐらいなら近くの管理部に.......って俺が管理部か.......」
「うんうん」
「.......あの、何か容器に入れて封印して、水原さんのお宅で管理していただけると.......」
「それがいいか。.......イチゴジャム開けるかね.......」
ゴソゴソと電話から音がする。鬼火をイチゴジャムに封印か。別にいいんだけども。
「あ、七条くん札書いて送ってよー。適当に、俺でも使えるぐらいの」
「ふ、札ですか!? 俺が書くんですか!?」
「そうそう。俺札とか苦手でさぁ! 今までコピーしてた教科書燃やしちゃって! へへ、俺は術者免許もギリギリで通ったクチでね! 管理部に入れたのも船舶免許のおかげって感じで!」
こんなに楽しそうな声初めて聞いたぞ。そして教科書をコピーして使うとか前代未聞すぎる。
教科書にある例はあくまで参考例、術者はそれぞれ自分のクセや霊力の量などに合わせてオリジナルの札を書くことが当たり前になっている。他人の札は自分にとっては無駄が多く使いずらいのだ。
大体教科書にも札のコピーは止めるよう注意書きがあったはず。実は俺もたまに兄貴の書き損じをパクるけど。
「そうだ、七条くん。難しいやつはいいからさぁ.......簡単な札、1式書いて送ってよ。なぞって使うから」
「.......了解しました! 全身全霊で書かせていただきます!」
もういいか。水原さんが使えるならなんでもいいじゃないか札ぐらい。それにこっちには最強のゴスロリゴーストライターがいるからな。教科書超えてやるぜ!
「FAXでよろしくー」
「ふぁっくす.......」
「あ、七条くん明後日から休みでしょ? 何ヶ月休むんだっけ?」
「.......1週間で戻る予定です」
数ヶ月単位で休めるのかよ離島管理部。俺は今そこそこ仕事してるはずなのに。
「働き者だねー。うん、俺からも上には良くやってるって言っておくから、七条くんもすぐ免許返ってくるでしょ。こーんなちっぽけな管理部におっさんと2人だけど、悪いことはないから。出世もないけどね、へへへ」
なんて反応したらいいんだ。
「まあなんかあったら連絡ね。じゃあ報告書と札、よろしくねー」
ぷつんっ、と電話が切れた。これから俺は報告書も書かなければならないし弟子にもあげたことのない札をおじさんにプレゼントしなければならない。さらに明後日からはトカゲ奪還の為にドイツへ行くのだ。俺干からびるんじゃないか。
泥だらけの鞄に資料と携帯をしまった。コートについた落ち葉を払って、崩れた斜面を見上げる。頭をかきながら自然とため息が出てしまう。
「.......どうしようかなこれ.......」
くすくす笑い声がする。楽しそうでなによりだが、俺はそろそろ帰りたいよ。
そう、俺は今山の中にいる。昨日の試験帰りに不安のあまり下を向いて歩いていたところを裏山に引きずり込まれ、夜が明けた今も帰れずにいるのだ。強行突破しようと走って逃げたら崖から落とされた。危ない。
「.......父さんも忙しいからな.......」
今日中には帰ると父にメールしておいたが、そろそろお腹が空きすぎて発狂しそうだし、ひしひしと伝わる山の苛立ちに精神が耐えられそうもない。
「なぁ、機嫌直せよ。ほら、三角定規あげるから」
筆箱から取り出した三角定規は、一瞬でぼっきり折られた。ああ、直角の部分が2つとも。
「.......どうしたら帰してくれる?」
『返さない』
いきなり現れた白い子供が、にこりともせず俺を見ていた。
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