施錠

「お前.......酒強すぎだろ。姉ちゃんより強え.......ふふ」


『はははは!! 千年ぶりの酒が、こうも愉快になるとはな!』


 俺と酒呑童子が、もう何杯目かも分からないお猪口に口をつけた。白い人は少し前に一度俺を止めたが、それを振り払って飲み続ける。俺最近めちゃくちゃ悪いことばっかりしてるな、ウケる。


「ふ、ふふふ」


『和臣、お主酔うと笑うのか! ワタシと一緒だな! はははは!』


「きめぇ、ふふ」


 今度は俺がお猪口に酒を注いだ。あれ、俺なんでこんな奴と酒なんて飲んでんだっけ。未成年なのに。約束したのに。あれ、これ酒じゃないんだっけ。なんだっけ。


『.......やはり天然モノは違うな。道理に従って、道理の外にいる』


「えぇ? なに? ふ、ふははは」


『なぜそんな作りモノを頭にしているんだ。こんな、業ばかりの作りモノに』


「えー?」


 注がれたから飲む。楽しいな。


『人間は罪深い。道理に反して、作り出した。その、まがい物の.......ぬしを』


 隣りで白い人がぴくりと動いた。

 あれ、俺何かしなくちゃいけないな。なんだっけ。まあ楽しいからいっか。


『この塀で囲んだ範囲が作りモノの主が治める世界なのだろう? 本当に、業の深いことよ.......。先の小さな女も、無理やり産んだな? 道理に反することばかりだ』


「ん.......」


『人は罪深い。なぜ従わぬ。なぜ作る。なぜ待てぬ』


 またお猪口に口をつける。目の前のコイツ、よく飲むな。あとよく喋る。変なやつ、面白い。


『本当に、業の深いことよ.......』


「あぁー.......お前も、きよちゃんと同じこと言う.......。.......人工物ってさぁ.......」


『ん?』


「なんで体に悪いんだろうな.......俺、カップ麺も、ブルーハワイも.......好き」


 もう1度、酒に口をつけた時。

 ごぼっと、体の奥から熱い何かが上がってきた。

 やばい吐く。


『.......なんで、人が作るモノは、罪深いのか.......?』


「おええええ」


 咄嗟に横は向いたが、思い切りぶちまけた。気持ち悪いのか楽しいのかわからん。とりあえずウケる。


「七条和臣!!!」


 白い人の焦った声に、甲高い悲鳴。すみませんお見苦しい物を。

 そう思って、目を開ければ。

 目の前と、咄嗟に口を抑えた左手が。

 真っ赤に、染まっていた。


「うえ、吐血! ふ、ふふははは!!」


「笑い事ではないっ! その量、死ぬぞっ!」


 白い人が立ち上がって俺の肩を抱く。あ、やばい汚す。だってこの人、真っ白だから。


『そんなもの.......道理に反するからだ。主など、人が作っていい訳がない! そもそも! 作る時に本物を殺しただろう! それは道理に反する! 罪深い事だ! .......うっ』


 興奮したのか酒を煽った酒呑童子が、口を押さえてふらつく。あぁあ、バカだなぁ。


「お前校則とか守るタイプか.......いいじゃん、ちょっとくらい.......うっぷ。.......女子はみんな、スカート切ってるらしいし.......短い方が.......」


『.......何を、なぜ、天然モノが作りモノを肯定する.......!』


 またごぼっと、血が上がってくる。というか、もう出っぱなしだった。鼻血も止まんねぇ。ウケる。爆笑だぜ。


「.......あ?」


 段々頭が冴えてきた。血と一緒に酒も抜けたのか。


『和臣、お前は許さないだろう!? 罪深き作りモノなど! そうだと言え!! 本物で、本物に愛されるお前なら分かるであろう!!』


「え、なに急にこわ。水飲めよ酔っ払い」


『は?』


「あ、今ならいける? 【貫通ぬきどおし】」


『がっ』


 ずがっと酒呑童子の右目に術が刺さった。やったじゃん俺。立ち上がろうとしたら立てなかったので、もうそのままやり続ける。


「【滅糸の一めっさつのいち鬼怒糸きぬいと】!」


 糸が、酒呑童子を包む前に。


『この、卑怯者おおおおおおおおおお!!!!』


 ブチ切れた茨木童子が、迫ってきた。

 しかし。


「やれえええええええ!!!!」


 兄貴の大声が聞こえて、一斉に700人もの術者の術が茨木童子を縛る。それでもなお引きちぎろうとする鬼に、俺の肩に手を置いていた零様が片腕伸ばした。

 そして、ぐっと拳を握る。


『ガッ』


 ぐしゃりと、みんなの術ごと茨木童子が潰れる。その、横で。


『.......この程度の毒酒、効かぬわああああああ!!!』


 俺の糸をぶちぶちと引きちぎって、異常な怒りと力を撒き散らす酒呑童子。


『死ね和臣いいいいいい!!! 【貫通ぬきどおし】!!!』


 マジで使えやがった、コイツ。


「【八撃はちげき重襲かさねかさね御累おんかさね百歌ももか】! 勝博ぉ! 来なさぁい!!!」


 俺にかけられた術は、零様が腕を振ってキャンセルした。そして、後ろから聞こえた声に、俺達の勝ちが確定する。


「和臣ぃ! 絶対治してあげるからぁ、今は頑張りなさぁい!」


「おうよ! 【滅糸の一めっしのいち鬼怒糸きぬいと】!!」


「【滅札の四めっさつのよん祈離札きりふだ】!」


 ぎゅっと、糸が絞られる。そして。


「「【滅糸の一めっしのいち鬼怒糸きぬいと】!!!」」


 兄貴と、父さんの声と。


「【滅釘の一めっていのいち咥埜毘釘しのびくぎ】!!」


 先輩の声と。


「【滅鞠の二めっきゅうのに緋煤鞠ひめまり】!!」


 鞠華隊長の声と。


「【滅矢の一めつやのいち破魔矢はまや】」


 四条隊長の声。それから、まだ聞こえたが。



『こんな、チンケなモノがワタシに効くかあああああ!!!!』


 ボロボロの酒呑童子は。


『茨木童子!! 帰るぞ!! 山へ!!』


『.......がっ! は、はい』


 もっとボロボロの茨木童子を引きずって。

 俺達が1週間かけて術をかけた、塀に足をかけた。


『ワタシは1度帰る!! 次は全員喰い殺す!! それまで怯えていろ、人間!! 【かくし】!』


 見えなくなる。追えなくなる。

 それだけは、防がないと。













「.......オススメされた、映画は」


 キラリと、白金に光る、何かは。


「最高すぎて5回見ましたっっ!! 今が、私の心の恩人に、恩返しをする時なのです!! I love Japan!!!」


 俺達の知らない、絶対的な力を引き連れて。

 何も無い空を、斬り裂いた。



『なっ』


 その、白金に光る剣を、片腕に食い込ませて止めた酒呑童子は。

 その姿を、また俺達の前に見せる。



『なんだこの剣は!? いや、持つ力の割にワタシには効か.......西のモノか!!』


「ジャパニーズデーモン.......これが! 私の!鬼殺の刃だ〜〜!!! うわぁ〜ん!! 心燃えます〜〜!! でも聖剣使ったってバレたら私が燃やされます〜〜!!」


『ふんっ、こんな、西もの.......!』


 少し面倒そうに、金髪美女の白金の剣を払った酒呑童子。


 そして。


「【七撃しちげき.......うっ、・重襲かさねかさね御累おんかさね断斬たちきり百歌ももか】!!!」


 俺の、今できる最高を。


「【滅札の五めっさつのご悟除有ごじょう】!!!」


 白い人が、腕を上げ。ぐっと、拳を握り込む。

 それでもまだまだ術を振り払って立ち上がろうとする酒呑童子と、もう動かない茨木童子。

 そこに。


「アンタもちゃんと走りなさいよん!!」


「黙れっ!!」


 ボロボロで、七三分けもメガネもない花田さんと、頭から血を流す杉原さんが。

 緑色の、一升瓶を持って駆け込む。


「気休め程度にはなるでしょん!」


「気休めで死ねるかバカ野郎!!」


 2人は、同時に。

 ばりんっと、一升瓶を片手で、酒呑童子へ振り下ろした。


 危ない、そんな近くに行ったら。


「封印庫!! 準備完了しましたっ!!!!」


 後ろから聞こえた声は。

 背筋を伸ばしてなお小さな、涙目ながらもきりりと顔を引き締めた、牧原さんの物だった。

 封印庫の方を振り返れば、葉月とゆかりんが、奥の扉に手をかけている。まさか、閉めるつもりか。こんなモノを放り込んで。その1番近くの重い扉を。


「和臣!! 信じて!!! 絶対できるわ!!!」


 葉月の叫びを聞く前に。


「【結引ゆいひき】!!!!」


 糸で引いた。その、まだ力強く抵抗する酒呑童子を。

 隊長当主全員が、自分の名の付く術をかけてなお、立ち上がる化け物を。

 そして、その化け物を引きながら。俺も封印庫へ。

 未だに血は止まらないし、もうどこの感覚も曖昧だったが。


「走れるか」


「はっ!」


 白い人と一緒に、鍵を持つ俺達は。

 零様の着物を俺の血で赤く染めながら、走った。途中からほぼ引きずられていたが、ちゃんと。ちゃんとたどり着いた。


「封印は私がする! 七条和臣、引けっ!」


「はっ!」


 ぐっと。思い切り、糸を引いた。それにつられてやってくる、未だ動く酒呑童子という怪物。それを追うように隊長当主、まだ動ける術者達が駆けてくる。

 そして。


「っしゃああああああああああ!!!!」


 体重をのせて、霊力を込めて、腕を振って。

 思い切り、酒呑童子を扉の中へぶち込む。

 その瞬間、白い人は信じられない封印の術をいくつもかけて。

 管理部の人達は、優止と中田さんと一緒に封印のための道具をばらまいて、投げつけて、刺して。


「閉めろおおおおおお!!!!」


 我が隊のフィジカル最強女子達によって、その重い扉が、閉まっていく。


「和臣ぃ、貸してぇ!」


 ばっと、俺の首元から何かが奪われる。

 首から下げていた封印庫の鍵だ、と気づくより早く。

 ハルを抱えた勝博さんが、白い人と共に扉の前にたどり着く。


 そして。




 ガシャンっと。






 鍵が、閉まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る