解錠(別)
葉月視点です。
ーーーーーーー
『まあまあ、とりあえず酒でも飲もうではないか!』
美しく笑った鬼は、何故かそのまま地面に腰を下ろした。
今、何が起きたのか。
和臣がいつものように、余裕そうに笑って封印庫に入って。
私は町田さんと中田さんと、使うことにならなければいいのに、と思いながら包帯と消毒液の箱を机に並べていた。花田さんはじっと封印庫を見つめていて、その真剣な目に話しかけることが出来なかった。
そして、和臣が中に入って数分も経たずに。いきなり封印庫の壁が崩れた。そして、そこから何かが吹き飛んできて。後ろにある建物に突っ込んでいって。
気がつくと目の前に、あまりに綺麗な鬼が、立っていた。
「.......医療班。七条和臣を」
「「! はっ!」」
いつの間にか横にいた零様に、第六隊の隊長さんと花田さんだけが反応した。2人は何かを叫びながら建物の方へ走って行った。
それが、私達への指示だと気づく前に。
『お前が頭か?』
「そうだ」
零様は、目の前の鬼に向かって歩き出す。
私達は、目の前の光景に動けない。別に、目の前の鬼が強そうだなんて思わない。夏に見た茨木童子の方が余程怖かった。
なのに、動けない。動いてはいけない気がしていた。
『酒は用意してあるだろうな?
「話し合いだと?」
『ワタシは、お前達の道理を知っている』
美しい鬼は、女性のように白く艶やかな肌と声で。男性のように力強い筋肉と目で。
零様を見て、笑っていた。
『まずは話し合いだ。暴力の前に、言葉でケリがつくならそれが.......ふふっ、最善だろう?』
「お前にその気があるとは思えない」
『決めつけは良くないぞ? お前達のルールだ』
美しい鬼は、地面にあぐらをかいたまま。ん、今の言葉はこれで良かったかな、と首を傾げていた。
そんな姿には、どこにも怯える要素などない。私だって勝てそう、そう思えるのに。
「何を話す必要がある。秩序を乱すなら斃すのみ」
『だから、その秩序に則って.......共存してやろう! 共存共栄なんて言葉、人間が作ったのだからな!』
「鬼と人は相容れない。貴様らとは従う道理が違う」
『知っている。そんなもの』
鬼は、ギロりと零様に目を向けた。
その一瞬で。
分かった。勝てない、触れられないと。私じゃ、いや、誰だって、勝てる訳が。
『頭が弱い相手と話すのはこうも疲れるものか.......酒を持て。ワタシの気分を害する前に』
「大人しく扉の向こうに封じられるというのなら、酒を扉の前に置いておこう」
美しい顔を嫌そうに歪めて、鬼は鋭く尖った爪が光る手を振った。やってられない、と言うように。
はっとしたように動き出したのは、封印庫の横にいた管理部の人達。数人が私達から見て右横へと走って、そのまま本部の建物の中へと入っていった。
『もっとマシな話し合いの相手は居ないのか? .......例えば、そこの女』
「私ぃ?」
五条隊長が、てくてくと鬼の方へと歩いていく。そのいつも通りの笑顔に、ふっと息を吐いた。
そこで、私は今まで息を詰めていたことに気がついた。
『そうだ。お前は、天然モノ.......いや、無理やり捻り出したのか。ああ、冷めた.......お前もダメだ、話し合いにならん。ああ、でもこれでは話し合いが始まらないぞ、これだから人間は面倒だ.......喰い物の分際で』
何か1人でブツブツと呟いていた鬼は。はあーっと長いため息をついて。零様と五条隊長の2人を、つまらなそうに見ながら言った。
『.......共存共栄、ワタシ達とお前達の約束事を決めるぞ。座れ、
今、あの鬼は。
五条隊長の、名前を。
「治って呼ぶなぁ!」
「名は捨てていない。貴様に読む力が無いだけのこと」
2人は、すっと。
地面に、腰を下ろした。
そこで、私にも分かった。
あの二人が、さっさと攻撃して倒してしまわない理由。
勝てないんだ、あの二人でも。
横を見れば、町田さんは噛み付くような顔で鬼を見ていた。でも、その膝は震えている。中田さんは真っ青な顔のまま固まっていた。
『約束事を決めよう。.......まず、1つ』
鬼が、鋭く尖った爪を持つ指を1本立てた。
『1日5人。ワタシ達に人間を献上しろ。そのうち必ず2人は生娘であれ』
この鬼は、何を言っているの。
『2つ』
また鬼の指が立つ。
『陰陽師と武士.......はもう居らんか。なら貴様らの血を、酒と共に献上しろ。毎日、樽でだ』
3本目の指が立つ。
『3つ。お前達の頭.......この罪深い白と、そこの女。今ここで死ね』
鬼の3本の指が、滑らかに折りたたまれる。
『とうとうあの安倍晴明も消えたのだ。鬼と人間、共存共栄しようではないか!』
感動のフィナーレ、といったように両手を広げた鬼。
その向かいに座る2人は。
「貴様はやはり人間の道理を履き違えている」
「お勉強が苦手なのねぇ、辞書貸してあげるぅ!」
『おうおう、最期に鳴け、啼け! ワタシはお前達の道理を知っている! お前達の事も、尊重してやろうと決めたのだ! 毒酒でワタシを騙し討とうとも、それはお前達の道理に反すること。やり返しはせぬ。ワタシは、ワタシだけは! お前達の道理に従ってやろう!』
「言葉すら通じないのか。.......我々は」
零様が立ち上がった。それに付き添うように五条隊長も立ち上がる。
「そのような道理に合わない約束事は、しないと言っている」
ぎゅっと拳を握った。ああ、やっぱり大丈夫だった。私達の頂点は、こんな事に屈しない。負けない。私達は負けない。
『そうか。本当に頭が弱いのだな』
鬼は、ゆっくりと目を閉じて。
その、美しい唇を震わせ、こう言った。
『【
「え?」
私の、間の抜けた声。いや、もしかしたら町田さんのものか、それ以外の人だったかもしれない。
でも、そんなことより。
『ああ!! ああ!! 我が主!! 我が主よ!! 千年夢見た、酒呑童子よ!! この茨木童子、ずっと
封印庫の、中から。
『ねぇ、可愛い子。楽しい夢を見ましょう?』
美しい顔の鬼と、黄金色の尻尾を持つ美女が。
『落ち着け茨木童子。ああ、やはり一度に全ては難しかったか.......狐しか出てこないとは』
『あら、可愛い
『夢を見せるのはあっちだ、あの人間共は美味そうだぞ』
『お腹は空いてないの。ただ、遠くに行きたいのよ。夢を見ながら』
見覚えのある鬼、茨木童子と。九尾の狐が。
酒呑童子の両脇に、立っていた。
「五条! 狐をやれ! 残った総員、茨木童子へ対応しろ!!」
その言葉に、瞬時に動いた人はいた。
そこから数瞬遅れてほぼ全員が動きだす。
私達術者は、気持ち、精神力が大事だ。なのに、もう既に泣いている人、諦めている人、逃げ出しそうな人。そんな人ばかりだった。
『おうおう、愛い、愛い! アリのようだな! 茨木童子、アリで遊んでこい』
『もちろん! 1番柔らかい肉を捧げましょうぞ!』
『狐は、ワタシには縛れんな。好きに歩け、それがワタシ達の道理だ』
黄金色の美女は、すっと前に進んだ。それを、五条隊長の札が縛る。
『はぁ、また自分の道理を忘れたか、人間。女を
びんっと五条隊長の動きが止まる。一瞬でまた動き出したが。
あんな、私にも使える術で。
あの五条隊長を、縛れるのか。
茨木童子が鋭い歯を見せて笑いながら、肘を引く。赤い血は、誰のものだろう。
九尾の狐がただ、優雅に歩を進める。この悲鳴は、誰のものだろう。
酒呑童子は、零様の術を鬱陶しそうに手で払いながら、地面にあぐらをかいている。この啜り泣きは、誰のものだろう。
私達は、ただ。
殺される時を、待っている。
「あー、失礼失礼。 遅れてすいませんねー、何せ昨日はメイドに興奮して寝不足だったもんで」
私達の、後ろ。
本部の建物の方から。
「お酒お持ちしましたー。1杯どう? くそ雑魚アル中鬼やろう」
和臣の、声がした。
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