解錠

 12月12日。午後8時50分。


「和臣、気をつけて行ってこい。しっかりな」


「気をつけて戻ってきなさい。失礼のないように」


「おう! 任せとけ!」


 もうほとんど全員が持ち場につき、俺もそろそろ医療班のテントから出ようとしていた。俺に小言と励ましを言いに来た兄貴と父もそれぞれ持ち場に戻り、俺は詩太さんに挨拶してテントを出た。

 ゆかりんと同じテントに居た詩太さんは、若干呼吸が荒かった。


 医療班が3つのテントを立ててもなおスペースが余っている封印庫周辺。総能本部の広さに驚きというか呆れる。

 8時から、本部内での全ての術の使用が許可されていた。ピリついた空気の理由は、それだけではないけれど。


「.......あと1時間か.......」


 話し相手ゼロの俺は退屈だな。別に俺以外がペラペラ喋っている訳じゃ無いけど。みんなじっと持ち場に立って息を殺すようにしている。少し離れた場所にいる兄貴の隊の人達やウチの門下生達は、少し顔つきが強ばっていた。きっと夏に茨木童子を見た人達だろう。あの茨木童子より強い鬼、という言葉だけで何か冷たいものを感じる。


 封印庫の正面にはハル達第五隊と管理部の人達が並んでいる。ハルは相変わらずあくびをしていた。それを見ていたら移ったのか、俺もあくびが出た。しかしこうもみんなの真ん前、しかもこの空気感の中あくびをする勇気はなかったので、死ぬ気で噛み殺した。


 そして。


「揃ったか」


 ざっと、遠くに立っていた人達も、テントの中の人達も全員頭を下げた。

 ふっと現れた白い人は。


「此度、千年閉じられた扉を開ける。その奥にあるモノは、我々の秩序を乱す鬼である」


 俺の真横に立った白い人は。


「秩序を乱すモノには秩序を。仮に鬼が放たれようとも、臆することなく秩序の元に鬼に向かえ」


 酒呑童子。

 千年前、平安の都京都で娘を攫い人を食い、悪行の限りを尽くした鬼の頂点。

 の占いによりその居場所と名を明かされ、その後四人の武士により、された鬼。


「では」


 ざっと全員が頭をあげた。全員、白い人を見つめながら。



たおせ!!」



「「「「はっ!!」」」」


 地鳴りのような返事。全ての術者が、心の底、腹の底から声を張る。

 俺は、夜の中凛と立つ白い人の隣に立った。


「七条和臣。鍵は持ったか」


「はっ」


 首から下げた古びた鍵を握った。

 そして。


「酒呑童子ほどの鬼となれば、こちらの名は筒抜けだ。隠すことは無い」


「はっ」


 足を肩幅に開いた。


「.......七条和臣は、最上を目指さなければならない。この言葉、忘れぬように」


「はっ!」


 まっすぐ前を見て、胸を張って。

 しっかりはめた指環も手袋も、腐るほど持った札も。

 これから開ける扉も、その最悪な中身も。

 変態の置き土産と言える鬼も呪いも。

 全てを思って、笑った。



「9時10分前になりましたっ! 封印庫、解錠します!」


 杉原さんが、封印庫の扉を開けた。

 そう、俺達が今から開けるのはさらに奥。

 封印庫の中の封印庫。

 本部管理部最重要封印庫、その最奥の扉。


「行くぞ」


「はっ」


 入り口の横で頭を下げた杉原さんや管理部の人達、なんと牧原さんもいた、の横を通り抜け、真っ暗な封印庫の中へ、足を踏み入れた。


 一切の明かりがない、だだっ広い倉庫の様な場所。ひんやりとかび臭いこの空間にはいくつかの部屋があるようだが、あまり見るなと言われているので闇に浮く白い背中だけを追う。


 そして。


「鍵を出せ」


「はっ」


 一際異質な空気を纏う扉。封印庫の入り口よりも大きく、古いその扉に。

 2つで1つの、古い鍵を。


 差し込もうと。



『んふっ』



 思いっきり、目の前の白い肩に飛びついた。

 そして、自分の頭を重しにして死ぬ気で倒れ込む。頭から倒れ込むことより何より、まずい。


 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。


 俺も零様も、全員死んでしまう。

 そして。その絶望の中。



『おはよう。人間』



 体が浮いた。かび臭い空気が一気に消える。

 あれ、外にいる。

 そう気がついた時には。


 封印庫の壁は崩れ落ち、俺は零様の肩を掴みながら宙にいた。


 とんでもないスピードで真横に吹っ飛んでいる、と理解した瞬間に。


 どんっ、という衝撃と、がじゃんっと、何かが潰れ折れる衝撃と。

 遅れて聞こえた何かがバラバラと崩れる音が、ザーッという耳鳴りの中聞こえた。


 封印庫から軽く500メートルは離れているだろう本部の建物。

 俺達はそこに、窓も襖も突き破って。



『まあまあ、とりあえず酒でも飲もうではないか!』


 夜の闇の中、封印庫の目の前で。用意された電気照明に照らされて。

 青白く浮き上がる肌と、艶やかな角を持った。


 あまりに美しい、鬼がいた。



「七条和臣、立てるか。助けられたな」


「.......は、い」


 そう、白い人に返事をしたのに。

 ふっと、俺の意識は途切れた。

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