対価
最強の彼女との勝負。開始から約5分。それなのに、もうずっとこうしていたような気がしていた。
「【
だだだっと、異常な重さの札が降ってくる。ハルの札は、俺が全力で壁を張らないと防げない。それなのに、俺の札は1枚だってハルに届かない。
「もう帰りなさぁい! こんなもの、欲しくないでしょお?」
「欲しい欲しい!! ちょー欲しい!! 【
ぱっと、ハルのゴスロリの装飾が1つ飛んだ。
「.......私も欲しいのぉ。【
「っ!」
俺の持ってきた札全て。それに加え、先程張った壁全てに、頬のかすり傷で受け切った。
そう、受け切った。
「よっしゃあああああ!! いけるぞ俺えええ!!」
「【
「【
容赦ねぇ。殺す気だったぞ今の。ドッキドキなんですけど。
「ふぅん。和臣ぃ、上手になったねぇ」
「まだまだこれからだぞ! 今のは準備運動だ!」
「和臣は、とっても術が綺麗ねぇ。1番綺麗な形で使うんだもん。勝博みたぁい!」
ここには遮蔽物がない。自分以外に使えるものがない。ここの主は、そういうショーがお好みらしい。
そんな事は気にせず、靴を脱いだ。
足袋はここに来る途中、車の中で脱いだ。普段使っている運動靴を、思い切りハルに投げつける。
「だからぁ、とってもわかりやすいわぁ」
壁に当たって弾かれた運動靴と、当たり前のように全て消された俺の術。
「教科書教育の弊害!!! 【
「【
「おお!?」
もう片方の靴を投げつけながら、変わり種の術を避ける。
「【
「【
正面から完璧に受けきる。
そこで、聞こえぬ歓声が上がった。予想外の善戦に、主の心が踊る。
「【
俺の最高を軽く超えた、容赦のない攻撃が飛んでくる。さらに、ハルがなんでもないようにさらりと投げた札が逃げ場を無くす。
「【
「本当に術は上手ねぇ! でもぉ、和臣じゃ私に勝てないわぁ」
「【
「私の方が札と仲良しなのぉ。和臣と糸よりねぇ」
札を挟んだハルの小さな指が、すっと地面に水平に何かを薙ぐ。俺の糸を、全て断ち切っていく。
「俺も中々仲良しな自信あるけど!? よく見て! 俺の糸めちゃくちゃできる奴だから! 俺よりすごいぞ!」
「和臣、最後に教えてあげるねぇ!」
全ての糸を引いた。ハルの周りにだけは届かない、それでも引いて、切り刻むつもりで絞り上げる。
「術者が道具を従えるのぉ。私が、札の
一気に真横へと走り出す。かかとに掠っていくように、俺を追って札が次々と降ってくる。
「俺は糸の主じゃない!」
「ダメだよぉ、それじゃあ和臣が使われちゃうからぁ!」
糸に使われるか、糸を使うか。そんなもの、無意味な質問だ。だって、俺は。
「俺は! 初めから!
すぱんっと、ハルの髪がひと房飛んだ。同時にハルが手に持っていた札が、真っ二つに裂ける。
ハルは、躊躇いなくその札を捨てて。
「【
大量の札が、吹き荒れる。全てを縛り、封じる札の嵐。
俺は今、期待されている。俺も、自らの名のつく術で対抗することを。最強と対等に渡り合えていることを、見せろと。先程見せた驚きを、もう一度と。
「やっぱりさぁ!!」
空間に驚きが満ちる。この世界の主と、目を丸くしたハルの驚きが。
「大事なのは!!!」
札の嵐の中を突っ切る。
最低限札が張り付かないようにだけ気をつけて、皮膚が裂けるのも糸が切れていくのも気にせず走る。それでも自分に張り付いた札は、無理やり左手で剥がして握り潰す。
驚きから怒りへ。思い通りの見世物にならなかったことと、本気の勝負を捨てた俺への怒り。負けを悟り狂った選択をした事への怒り。その怒りが、俺を殺す前に。
「筋肉だと思うんだ!!!!」
左手は使い捨てた。躊躇いなく、目の前に舞う札を払い除ける。これで左手は終わり。残る右の拳を、引いた時。
札を払って、開けた目の前に。表情のないハルが、ビッシリと文字が書き込まれた札を持った手をこちらへ伸ばしていた。
さあ、このままでは負ける。
五条治の術を、生身で突っ切ってきた俺にもう後はない。左手は潰したし、右手は固く握っている。糸は後ろで未だ吹き荒れる札を抑えるので精一杯。
だが、負ける気などはなから微塵もない。俺は初めから、本気の勝負をやっている。
では。残る、勝ち目は。
「【
「右足ーー!!!」
無理やり体を捻って、飛んでくる札を踏み抜く。まあ、当然そのまま右足はおじゃんになる。残った右手左足をどう使おうか。
殺される。ハルが次の術のために口を開いたのと、怒った観客が嫌いな役者をステージから引きずり下ろすのと。絶望的な死の気配が、この場を支配する。本気で殺される、その前に。
右足を踏み抜いた勢いをそのままに、左足だけで前によろける。その時ついた左足は軸に。
引いた肘は、肩甲骨の辺りから思い切り前へ。体の重さのをのせて、ただ真っ直ぐに。全ての力を無駄なく伝えて。
「【
『ーー!!』
それを聞いたのは、俺の拳がハルに刺さったのと同時。ハルの術は俺の右足と脇腹を思い切り串刺しにしているし、俺はもう自分がどうやって立っているのか分からないが。
振り抜いた拳として、ハルの額には俺の人探しが触れているし、親指と中指はハルの目玉に触れるほど近く。後ろの札の嵐は、もう消えて、代わりに俺の糸が張られている。
「俺、の! 勝ち!!」
「.......そうかなぁ?」
「そりゃ.......直接、一発入れてるし! ここ、もう糸だらけだし!」
「.......本気で殴るかぁ、おめめを潰してれば、文句なんてなかったのにぃ」
「今、流行りの.......VR殴り.......本気の.......」
「おかしい。和臣ってば、おかしいねぇ」
ハルが、ゆっくりと俺に手を伸ばす。その手が触れる前に。
『きゃは』
堪えきれなかった笑いが、降ってくる。きゃはは、うふふ、と楽しそうに、いつまでもいつまでも笑っている。
「.......ご満足いただけましたか.......?」
『あぁ! あぁ! 最後は殺してやろうと思ったが! 思うたより愉快ではないか! 私が思うより愉快になったではないか!』
「.......では、お代はいただいて帰ります。さよなら」
『まあ待て。最後、貴様らが本気で殺しあわなかった事への対価をよこせ。本気の勝負事だと私に騙っただろう? 楽しかったから、殺さずに許してやろう』
「.......和臣君血肉セット増量とか?」
『そしたらもう全部貰うてしまうぞ』
それは困る。
「髪の毛をあげるぅ。私の髪よぉ? 和臣の目玉を引いてもぉ、お釣りがくるわぁ」
きゃはっ。そう、声がして。
ずるっと、場所が移った。
血の気が引いて、思わず地面に座り込めば。
肩より短くなった、真っ黒な髪を揺らして。
「和臣ぃ、迷子だよぉ!」
楽しそうに笑った、ハルがいた。
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