可愛いのがお好き
「和臣ぃ、迷子だよぉ!」
楽しそうに笑ったハルは、ぎゅっと俺を抱きしめる。肩より上で切り揃ったハルの髪が、さらさらと頬にくすぐったかった。
「.......ごめんねぇ。痛くしてごめんねぇ。血も、治してあげられなくてごめんねぇ」
「俺こそ.......それより、ハルは髪良かったの? 」
「イメチェン!」
「そっか」
しばらくして、回らない頭で現状を考え始める。早く葉月迎えに行って、ここから出て。ここから、出て.......。
「.......迷子?」
「うん!」
「.......ここって何か変だよな?」
「うん! だってここぉ、表で見た森とは違うもん! 主がいる、どこか別の場所に繋がっちゃってるのねぇ。ここはきっと、昔のまま切り取られちゃってるんだよぉ」
ちょっと難しくて何言ってるか分からない。分からないが。
「出られない?」
「出られない! 私帰り道分からないもん! でも和臣ぃ、ちゃんと結んできたの、えらかったねぇ」
そっと右手を取られて、人差し指に結んだ2本の糸を見せられる。あ、そうだった。
「こっちは、ハルの。勝博さんが持っててくれてる」
「.......ふぅん。でも、糸を辿っても出られないのぉ。ここは、私達の今と繋がってないからぁ」
「とりあえず葉月.......葉月探さないと.......!」
立ち上がろうとした所で。
焦げ臭さを感じた。
「わぁ! すごいすごぉい! 和臣のトカゲちゃんだぁ! この場所ごと燃やしちゃうつもりだよぉ! これだったら弟子ちゃんに着いてけばぁ、外へ出られるねぇ! みんなは、帰り道を知ってるからぁ!」
「.......えっと.......」
ちょっと頭が回らないが。このやけに熱く明るい森の様子は。
もしかして:火事
「葉月ーー!!」
大声で叫んで、くらりときてしまった。また座り込む前に。
「おバカ!! ばかばかばかばか!! どこ行ってたのよ!! もう森燃えちゃうわよ!」
涙目の葉月が、俺の腕を掴んでいた。
「あ、あなたが蓋を開けろって言うから.......! 開けたらこれよ! こんなの、自然破壊もいいとこだわ! あの子は私から逃げ回るし! 和臣は真っ青になってるし! なんでよぉ.......!」
「.......葉月」
「私結局何も出来なかったわ.......! ただ二酸化炭素を排出するだけの地球の邪魔者よ! 自分でここまで来ておいて、何も.......!」
「いや。葉月の言った通りだよ。葉月がいなきゃ、帰れない」
「和臣の弟子ちゃん、ありがとうねぇ。私と和臣は、きっといつでも帰り道が分からないのぉ。だから、弟子ちゃんが居ないと元へ戻れないわぁ」
「ご、五条隊長.......!? あの、私も帰り道なんて.......」
「歩いてごらんなさぁい。好きなようにねぇ」
「で、でも.......」
葉月が困ったように辺りを見回して。いきなり、きゅっと口を結んだ。
「和臣、おぶってあげるから、行くわよ」
「いやいや! 歩きますけど!? 」
ガサッと音がした。物凄い速さで走ってきて、自らするりとランプに入って尻尾で蓋まで閉めたトカゲが、ガラス越しに擦り寄ってくる。そのランプを抱えて、ハルと2人、堂々と歩く葉月の後ろについて歩いた。
「.......本当に、私帰り道なんて知らないのだけど」
燃えた森の中を歩く。葉月は、どうもよく燃えた場所ばかり選んで歩いているようだった。俺裸足なんだよな。今更言えないけどめちゃくちゃ歩くの大変なんだよな。
「じゃあ俺が先歩こうか?」
「いいえ。絶対に嫌よ」
嫌って言われた。嫌って。
段々と焦げ臭い匂いが薄くなってくる。炎で赤く明るかった森は、段々と。
夕陽の染める、小さな森へ。
「あ、出た」
目の前に森を囲む柵が見えて。
どこかおかしな感覚も、熱く燃えた森の名残も何も無かった。
「出たぁー!」
「いえーい」
ハルとハイタッチを交わす。葉月は怒った顔で俺達の腕を引いて、ハルを柵の外へと抱き下ろした。その後に俺も外へ出て。
「しんどい。しんどい無理だこれ」
その場に仰向けになった。わあ、もう夕方だ。帰って寝たい。
色々声をかけられている気もするが、ちょっと今は無理。気持ち的に疲れたのと普通に疲れた。俺受験生だぞ。しかも直前期だからな。
「和臣!!」
「あー.......もう、分かってますから.......分かって」
ばちん、と目が覚めた。そのまま跳ね起きる。周りにいた兄貴や花田さん達を無視して、葉月を探した。思いのほか近くにいた葉月の肩に、手を置いて。
「水瀬葉月」
「な、なによ」
「.......今日中に俺に反省文提出。以上!」
「え」
ぬっと現れた八条隊長が、葉月の腕を引いて向こうへ連れて行った。多分怒られるんだろうな。ごめん葉月。上には俺が無理やり連れてった感じで通すつもりだが、葉月も反省文ぐらい書かないとまずい。後で俺も注意するけど、他の目撃者は.......忘れてくれないかなこの事。
気力で座り込むのを堪えて、服についたゴミを払った。ゴミよりも、ズタズタの着物の方が問題だった。
「兄貴」
「お前、お前大丈夫か!? いきなりどうした!?」
「靴失くした。裸足やだ」
「高3にもなって靴を失くすなーーー!!!!!」
「クラクラする」
「ああああ」
兄貴が俺を座らせて、足の裏をハンカチで拭いてくれる。やっぱり兄貴ハンカチ持ってた。俺は持ってない。
「隊長!.......お待ちしておりました.......!」
「花田さん.......手、血出て.......どうしてですか? 糸、痛かったですか? ごめんなさい」
手のひらがバックリ切れている花田さんの手を取る。慌てて逃げられた。ちょっと傷つく。
「お前ぇの副隊長なぁ、お前がそこに飛び込んでから死ぬほど糸引いてよぉ。手ぇ切れるまで引いてたんだ」
先輩と優止がタオルを持ってやってきた。頭から被せられて、乱暴に拭かれる。自分の頭から、ジャリジャリと砂の音がした。
「漢じゃねぇか。あっちは修羅場だけどよ」
優止が指さす方には、道端で1人体育座りしている詩太さん。
「ちげぇ。その向こうだ」
詩太さんの後ろでは、髪が短くなったハルが、勝博さんと向かい合っていた。
「.......さっきから一言も口きいてねぇぞ。五条もとうとう愛想つかされたんじゃねぇか?」
「五条んとこ辞めんならウチに欲しいなあの男は.......」
「.......」
ハルは、じっと勝博さんと見つめ合っている。
そして、いきなり。
勝博さんが、ハルの前に跪いた。
「.......私ぃ、髪を短くしたのぉ」
「お似合いです」
「.......私ぃ、和臣に怪我をさせたのぉ」
「後で謝罪へ行きましょう」
「私、みんなと違うのよぉ。ズレてるのぉ」
「承知しております」
ぐっと、ハルが拳を握った。
「私、可愛くないのぉ.......! 本当に、可愛くないのよぉ! 可愛くないならいらないわぁ! こんなの、いらないのよぉ!」
「治様。完璧な人間などいません。.......それから」
勝博さんが、ハルの手を取ってそっと拳を解く。
「春色のあなたは、とても可愛らしいかと」
「.......」
「おかえりなさいませ。治様」
ハルは背伸びをして、跪いた勝博さんの首に腕をまわした。
「.......治って呼ぶなぁ」
「私は、おさむという響きを可愛いらしく思います」
兄貴が、さっと俺の目を隠した。
きっと。この手の向こうには、春色が広がっている。
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