崩壊

 音も気配も無く、悪魔の後ろに立つのは。


 金細工の銃を持ったハルを肩に乗せた、日本の1番目。

 絶対の一刀だった。


「いっ!!!」


「イチジョー.......!!」


 一条さんが、鈍く光る刀をふった。それだけで、ドロドロと溶けた悪魔が散り消える。魔導師達は震えている。ハルが一条さんから飛び降りて、たんっと床を踏みつけた。


「しつこぉい! これじゃあ和臣のストーカーだよぉ!」


「.........................10分」


「いっちー和臣のとこ行くよぉ! 治すからぁ!」


 すいませんコミユニケーションの定義がよく分かりません。


「和臣!! 和臣!!」


 泣きそうな声が聞こえた。


「.......あぁ、着、物.......ちょー、だい」


 抜けた天井の上には、勝博さんと葉月がいた。葉月が握りしめている俺の着物、2本の線が入ったそれを。


「バカっ!!」


 上から投げつけられたそれを、握りしめた。

 ハルがぎゅっと俺を抱きしめる。さっきとは比べ物にならないほど、優しい抱擁だった。


「ごめんね和臣ぃ! 警察行っちゃったぁ!」


「いや.......、わりと、それで当たってた.......」


 しばらくして、ハルを離して立ち上がる。


「あっ! まだダメぇ!」


「大丈夫、あとは自分でできる」


 汚れたワイシャツの上から、黒い着物を羽織った。

 老人以外の魔導師達が、目が落ちそうなほど驚いて俺を見ている。


「じゃ、ジャパニーズボーイ.......? ブラック.......?」


「.......テカゲン?」


「今なら本気でお相手しますよ」


 縛っていた魔導師の半分程が失神した。失礼な。自分で連れてきたんでしょうが。


「勝博ぉ! あと何分ー?」


「1分24秒です」


「むう。細かぁい.......」


 ハルが一条さんの足元に隠れた。一条さんが、刀を鞘に収める。


「和臣ぃ、上行こぉ?」


「うん。疲れたなぁ」


「私早くフランス行きたぁい!」


「俺も俺も」


 縛り上げた老人の前に行って、ランプを持って踵を返す。


「君、怪我は!? 大丈夫なのかい!?」


 片手を挙げて応えた。トカゲは、ベッタリとガラスに張り付いて動かなかった。


「大丈夫でーす! じゃ! 皆さん頑張って!」


「!?」


 ハルを抱えて振り返って、縛った全員の糸を解いた。そのまま、笑って糸で上に上がる。

 可哀想にな。全員。


 床の抜けた上の階に、足をつけたその時に。


「ただ今、日本時間零時になりました」


 一拍遅れて、一陣の風が吹いた。







「...............................終わっ、た」


「いっちー、本と道具はぁ?」


「...............................斬った」


「ふぅん。.......私も、ちょっとだけお仕置きしてもいい?」


 葉月を撫でながら、恐ろしいことを言っているハルを見た。


「え.......。これ以上やるの?」


 あの人達は、もう魔導師として立ち上がることはできない。一条さんが、そういう斬り方をしたはずだ。それどころか、組織の研究の成果も大事な道具も全て壊されたのだ。この組織は消えた。全てから。


「.......勝博ぉ、このお家、可愛くなぁい!」


「その通りかと」


「やったぁ!」


 ぴょんっとハルが勝博さんに飛びついて。

 一条さんが、俺と葉月を小脇に抱えて外へ飛び出した。


 その瞬間。石造りの建物が。全て、崩れ落ちた。



「死なないといいねぇ」


「死にはしないかと」


「ふふん。3日は石のベットで寝ててもらうけどねぇ!」


 怖いなぁ。そう思っていると。


「オニーサン、本物だったネ!」


「よかったですね、斬られなくて」


 膝がガクガクの黒髪の男が、涙目で手を挙げてこちらを見ていた。


「今日は一条を見に来たんだヨ。予想以上だったネ.......人じゃ、敵わないヨ」


「.........................你好」


「ヒッ」


 男はひっくり返って気絶した。外国の能力者ってみんなこんな感じなの? 変なの。


「ホテル帰ろぉ?」


「承知しました」


「.....................................七条弟。.......鞄」


「あっ! ありがとうございます! 財布入ってたんです!」


 よかった。鞄にランプをしまっていると、葉月がずっと小声で「訳が分からないわ」と呟いていた。可哀想に。だからこのメンバーやめた方がいいって言ったのに。コミユニケーション能力に問題が多すぎるんだよ。


 それから、ホテルに戻って。

 葉月が俺の部屋に来て、カンカンに怒っていた。


「和臣!! あなた、絶対に出ないでって! 言ったじゃない!! なんで、なんで怪我してるのよ!」


「葉月」


「許さないわ!! 絶対、絶対許さない!! 外国で誘拐だなんて、訳が分からないわ! それにあなた達の会話怖いのよ! あんな事があったのにケロッとしてるし.......!」


「葉月」


 仁王立ちして泣いている葉月の前に行って、ばっと着物を脱ぎ捨てた。汚れたワイシャツのまま。


「ごめん葉月ぃ.......。俺結構怖かったんだ.......! もうやだぁ.......」


 葉月を抱きしめた。情けないが泣いてる。だって良く考えて欲しい。

 散々すぎるだろ。

 誘拐されてトカゲ取られて内輪揉めの組織を押さえこんでその人達守ろうと悪魔にボコられて。知らない人だらけだったし、挙句守った全員一条さんに消されたんだぞ。そのために守ったんだけどさ! 散々だよ! なんて日だ!


「.......ばかずおみ」


 葉月の肩に顔を埋めた。情けないが号泣。


「ごめんんん!! 怖かったあああ!! もう家帰れないと思ったああああ!!」


「.......知らない人とは話さないで。危機感を持って。防犯ブザーは? 買ったでしょう?」


「机の上ぇ.......」


「ばか」


 その後ずっと葉月に怒られ慰められた。涙は止まらなかった。


「葉月」


「なによ。寝るまで一緒にいてあげるから、ちゃんと寝なさい」


「なんか子供扱いばっかだな.......」


 もうすぐ大学生(予定)なんですが。大人ですよもうすぐ。


「あら。じゃあ勉強する? 教科書を出してちょうだい」


「いじわる」


 葉月ごとベットに倒れ込んだ。ああ、シャツ汚れてるから着替えなきゃ。そう思って。




 気づいたら真昼間だった。葉月は隣で寝ている。待ってどういうこと。まさか俺は葉月とただ添い寝したのか。健全な一夜か。そうだよな自分を信じていいんだよな。

 ダラダラと冷や汗を流していると。


「...............................France」


「ひっ」


 何故かフランスパンを持った一条さんが、ドアの前に立っていた。


「...............................Are you .......ready?」


 いえーい。

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