味方
思い切り地面を蹴って。
押し倒した老人ごと、部屋の隅へ転がった。
さっきまで立っていた位置に落ちてきた天井の上には。
『Hi! Nice to meet you! And.......』
赤黒い、何かと。
『Good bye!』
大勢の外国人。おそらく全員西の術者、魔導師と呼ばれる人達だ。老人の話だと約100人。げんなりする。
東京の悪魔事件の時、金髪美少女は情報をくれた。
悪魔を日本へ送った人物と、その組織について。
60年前は、「彼女」が契約した悪魔を「聖人」が日本へ持ち込んだ。その時に、2体。1体は60年前に総能が退治し、もう1体はずっと沖縄のおかしなじいさんの中に封じられていたが、去年退治済み。
東京の悪魔は、「本」を求め組織ぐるみで送った。それが、1体。
今、「聖人」を殺すために、1体。
この組織は、ひっくり返ったのだ。目的のためなら手段を選ばない、そういう組織に変わった。自称聖人の老人は、もうこの組織には不要なのだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
老人の前に立ち、息を吸った。
「総能罰則規定第5条第1項!」
足を肩幅に開く。
「国外の能力者が日本の一般人へ危害を加えること、又はその可能性のある行為!」
札を撒く。胸をはる。トカゲのランプを老人へ押し付ける。
「第2項! 国外の能力者が日本の術者へ危害を加えること、又はその可能性のある行為! 第5項! 組織的な日本への干渉行為!」
老人が目を見開いて固まる。
「.......そして! 第1条第2項! 公に露出する可能性のある能力、術、及び怪異の使用!」
「ま、まちなさい.......」
震える老人の声を無視して。
「当組織は、以上の罰則規定に違反したため日本の総能より罰則が下る!執行は日本時間零時である! よって、それまで!」
「まちなさい! 僕は、日本へ危害を加えた! 殺されて然るべき人間だ! 君たちもそのために来たのだろう!」
壁を張る。西の術に負ける気は、一切ない。3戦目の悪魔など、ゴキブリよりも怖くない。
「他のいかなる組織、人間、怪異にも手出しはさせない! 俺達は罰則規定にのみ従って動く。それ以外の事情には一切左右されない!」
先ほど俺とトカゲの事を話した男2人が駆け寄ってきた。2人ともボロボロなのに老人の前に立って。
悪魔と、かつての仲間たちを睨みつける。
「零時まで、1人だって死なせない! クーデターのどっちにつこうが関係ねぇ! お前らを潰すのは、日本の総能だ!」
一気に人間を縛り上げる。半分ぐらいは何が起きたのかも分からず失神した。七条くん知名度ゼロだからね、みんな糸だなんて知らないもんね。どんまい。
『おやおや? 日本人.......しかも、あなたでしたか! これは失礼! では、もう一度挨拶を』
じゃあ、俺も挨拶を。
「『グッバイ!』」
突き出された赤黒い拳は、糸で死ぬ気で切り飛ばす。多少の怪我は覚悟して、腰を落として。上半身を捻って、まっすぐ勢いを乗せて。
十円玉を握りしめた拳で、悪魔の顔面に一発殴り込む。
そのまま、上へ。
「【ignis】」
「【
何人かの魔導師が襲ってくる。俺の術は通じているし、相手の術も通じている。正直術勝負なら負ける気は全くしないが、今は手が足りない。ほっといてくれ。そしたらほっとくから。大人しくして。
『いやはや! 痛いですねぇ! 腕は飛びましたし顔面は人から遠ざかりました! せっかく似せたのですが!』
「全員落ち着いて!? 俺一人しかいないの! 順番!」
ちゃんと相手してあげるからみんな並んでくれ。
手の治療をしながら、後ろの老人に襲いかかる魔導師達を散らす。早く、早く上に。
自分の心臓が、怯えているのに気付かぬうちに。
「【ligatur】」
「【ventus】」「【algeo】」
「【
あっ。
『私は下に行きたいのですよ』
殴られる。顔面と、背中。
俺はそのまま石の床にキスだ。
「.......【
起き上がれない。ならとりあえず、人間だけでもと縛り上げる。
「君.......!?」
「What's !? 悪魔か!?」
「ツヨイ」
一緒に縛り上げた老人と男2人が驚いている。
うるせぇ。俺はあんた達の味方じゃないんだってば。あと悪魔じゃないよ、俺がやったんだよ。だから安心してくれ。でもごめん。本当はこの術人に使っちゃダメなんだ。危ないから。手加減するから許して。
『? あっけないですねぇ.......本当にあなたですか? わざわざおかしな契約まで結んだのに.......』
鼻血と、それ以外の血の味と。
『人殺しごときで契約したのがあほらしくなってしまいます』
思い切り、赤黒い鋭く尖った槍が、石の床に刺さった。転がって避けたはずなのに、脇腹から血が滲む。
「ジャパニーズボーイ! 逃げろ! 子供が見ていいものじゃない! 祓魔師を呼べ! 番号は電話帳の初めのページに書いてある!!」
「テレフォンボックス」
「祓魔師お手軽かよ!」
意地で跳ね起きた。血を吐き捨てる。大丈夫、大丈夫。茨木童子の方が強かった。大丈夫。こんなの全然痛くない。山の外だってこれぐらい大丈夫。
『嫌な言葉を聞きました。殺しましょう』
嫌そうに、赤黒い顔を歪めて。悪魔が、縛り上げた人間達へと手を向ける。1人が、日本語で叫んだ。
「!? おいおい、俺は契約主だそ!?」
『私は「人殺し」を契約したんですよ! 沢山殺した方がいいでしょう?』
ざあっと、何人かの顔から血の気が引いた。ああ、馬鹿だな。知らなかったのか? 悪魔とは。
人の望は醜いと、信じ込んでる醜いやつなのさ!
『全員殺してしまいましょう!』
「わっとたいむいずいっとなーう!」
叫んだ。鼻血と、赤い唾液が飛ぶ。
『?』
「3時半ダヨ」
「いいから早く逃げなさい!」
老人が声を張り上げる。
やめた方がいい、血管が心配だ。
「よっしゃあああああ!! アフタヌーンティーと行こうぜ!」
スーツの上着を脱いで、悪魔の顔面に投げつける。目隠しというか、気休めだ。
『血のフレーバーティーですか? 魔導師の血は美味しいですからね!』
先ほど座っていた1人がけの椅子を、思い切り投げつける。重かったのであまり持ち上げられず悪魔の腰に当たった。椅子は赤黒く変色して砕け散る。
あと30分。
あと30分で、ハルと一条さんが来る。
それまで、全員生き残ればいい。
「【
『これは! 穴があきました!』
「喜んでん、じゃねぇ! ドMかよ!」
息が上がる。それを無視して、暖炉の横にあった鉄の棒を投げつけた。ざくり、と悪魔に刺さる。
『これも刺さりました!』
ボロりと、鉄は赤黒く変色して崩れ落ちた。
「【
何やらゴソゴソ動いている魔導師達を縛り直す。本気で動かないでくれ。今更じいさん殺すとか言ってんじゃねぇよ。状況見ろや。
『.......そろそろティータイムにしませんか? 』
「茶菓子は用意してんだろうな!」
暖炉の薪を、投げつけようとして。
『お別れのハグです! 赤いお花は手向けにどうぞ!』
抱きしめられた。悪魔に。
「ぁ.......」
軋む体も、緩む糸も。滲む赤も、視界を埋める赤黒さも。
全て、瑣末事だった。
「.....................................BANG」
俺達の勝ちだ。
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