離愁

 現在。外国から来た金髪2人が帰って、総脳の警戒態勢は解かれた。姉も兄貴も通常の仕事をしているし、妹は俺と遊んでくれない。

 仕事に行こうとしたらトカゲが死んだフリをしたり、ごうごうと燃えだしたりして結局連れてくることになったりしたが、だいたい通常運行。

 いつも通り、中田さんの運転で東京へ行く。夕方の高速道路を走る車内で。


「し、七条和臣! それサラマンダー!?」


「うん。可愛いでしょ?」


 ゆかりんの目の前にランプを差し出す。トカゲが誇らしげに首を傾げた。


「ひっ! 怖い怖い怖い!! も、燃えてるし! 西の物なんて訳わかんないじゃない!」


「そうよね町田さん! 人間の女の子より河童とトカゲが好きなんて、訳が分からないわよね!?」


「葉月まで何言ってんの!?」


 トカゲがぺそっとひらべったくなる。さらに炎まで弱火に。悲しいな、可愛い子に訳わかんないとか言われたら悲しいよな。俺も。


「え!? な、なに、死んだ!? 私が悪いの!? ごめん! よく見たら結構可愛い!! 可愛いから!」


 めらっと炎が上がる。良かったな、可愛い子に可愛いって言ってもらえて。ということで葉月、俺は? 河童とトカゲとは別ベクトルであなたが好きなんですが。


「いやぁ! 皆さんお元気で何よりです! 今本部は大荒れでしてね! 今日の仕事で外に出られて私も中田も助かったんですよ!」


「ハンドルが握りたくて仕方なかったんです。アクセルの踏み込みの感覚が足りなくておかしくなりそうでした」


 毎度思うが中田さんはどうしたんだ。最高の笑顔の中田さんを見なかったことにして、話題を戻す。


「本部はまだ大変なんですか? もう金髪さん達帰りましたよね?」


「いやぁ、隊長のサラマンダーも含め中々の物が持ち込まれましてね! 管理部が荒れていまして!」


「杉原管理部長が花田部長に青汁をぶちまけて本部で大乱闘になったんです」


 こっわ。


「.......ちっ。あの野郎のおかげで俺まで.......!」


 ビクッと葉月とゆかりんが固まる。2人とも涙目で俺の肩を叩いて、花田さんがおかしいと訴えてくる。そうだね、俺も泣きたい。ただ、ここは俺が。身を呈して雰囲気を戻さなければ。


「す、杉原さんも大変ですね! 花田さんもお疲れ様です!」


「いやぁ、お気遣いありがとうございます隊長!」


 急にいつも通りの優しい花田さんの笑顔に戻って、葉月とゆかりんが混乱していた。可哀想に、飴をあげよう。そしてさっきのことは忘れた方がいい。


「そろそろ到着しますのでね! 今回の仕事の説明を、私からしてもよろしいでしょうか?」


「お願いします」


「今回の仕事は、東京タワーでの調査になります。ミサキの目撃情報があったので、その調査及び発見し次第の退治になります」


 飴を3つ口に入れたゆかりんが挙手した。


「ミサキってあのミサキですか? 見たら死ぬって言う」


 葉月がぎょっとしたように俺を見た。怯えているのかと思ったら、口パクで「目を潰す」と言われた。思考がアグレッシブ。


「そうです。七人ミサキと言った方がわかりやすいかも知れませんね」


 七人ミサキ。

 常に6人の霊の行列で、7人目を探し彷徨う妖怪。7人の列になれば先頭の1人が成仏できるが、そうすればまた6人の列になってしまう。こうして永遠に7人目を探す行列なのだ。

 恐ろしい特徴として、見ただけで7人目に加えられるということがある。見た人は高熱を出してその日の夜には死ぬらしい。そして7人目にされるのだ。ビックリどっきりアンラッキー。


「ふははは! ミサキも七条おれが来てびっくりだな! 本物の7番目だぞ! 」


 ゆかりんと葉月が何事も無かったように前を向いた。奇跡的にウケない。完全になかったことにされた。薄々勘づいていた事だが、そろそろ俺も考えなくてはならない。

 大阪へ行こう。笑いの武者修行だ。


「あの、見たら死ぬのに目撃情報があるんですか?」


「はい。今回の情報提供者は人間ではなかったので」


 へぇ。随分人間に親切なやつもいたんだな。河童か? まさか東京タワーに河童がいるのか? 連れて帰っていいですか。


「もしミサキを見ちゃったらどうするんですか?」


 またゆかりんが手を挙げて質問した。


「死ぬ前に全部まとめて還してしまえばいいんですよ。和臣隊長がいれば一瞬です。ですよね、和臣隊長っ!」


「ま、まあ、負けはしないかと.......」


 中田さんの圧が強い。優止は一体何者なんだ。これを上回る圧を出せるのか優止。覇気か。覇王色の覇気か。


「皆さんもうすぐ到着しますよ。ああ、目の前に東京タワーが見えますね」


「おお.......! 赤い! デカい! すごい!」


「和臣.......可哀想になる語彙力ね.......」


「そう言えば私、東京タワーの目の前で大食いバトルしたことある。途中からあの赤い色が憎たらしくなったわ」


「4年前の年末特番だね? あれはベストバウトだった。大食いクイーンを30グラム差で倒したのは泣いたよ」


「そこまで覚えてるなんて.......! あんた本当に私のファンね! ふふん! いいわ! 和臣くんへってサインをあげる!」


「やったー!!」


 とうとう、とうとうゆかりんのサインを貰える。出会って3年。やっとここまで来た。

 カバンの中からペンと色紙を取り出していると。


「っ!」


 きぃいっ! と車が急停止した。真ん中の座席に座っていた俺を、ばっと出てきた葉月の腕が支えた。嘘、やだ何この気持ち。情けなさとトキメキが混じって訳が分からない。とりあえず好き。好きです。結婚して。


「中田!? どうした!? 急停車なんて.......!」


「う、上に。タワーの、階段に、」


 前の、東京タワーを見れば。


「わっ! 警察!! 花田さん一緒に来て!」


「了解!」


 慌てて車を飛び降りる。そのまま、目の前の東京タワーへ走り寄った。


「お姉さーーーん!! どうしたんですかーー!!」


 階段の手すりを乗り越えて、フラフラと下を見ていた女性がビクッと俺を見た。花田さんが優しく話しかける。


「少々お話しませんか? そちらへ行ってもよろしいでしょうか?」


「.......」


「お姉さん、俺飴持ってます! 一緒に食べましょう!」


「.......」


 女性はじっと俺を見て。


「    」


 何かを呟いた。


「お姉さん、そっち行ってもいいですか? ちょっと待ってて」


 花田さんと赤い階段を登る。カツンカツンという足音が、嫌に響いていた。


「.......隊長」


「すいません俺全然こういうの分かりません。警察来るまで、何とか.......」


 自殺。その言葉がぐるぐる回って、嫌な汗が滲んだ。


「お姉さん、俺と話しましょう? 何味が好きですか?」


「.......」


 女性は顔を伏せたまま。


「飴とガムだったらどっちが好きですか? あれ、もしかしてしょっぱい物派?」


 じわじわと汗が止まらない。笑顔を意識しているものの、ドクドクと自分の心臓の音が耳につく。


「.......た」


「ん? どうしました?」


 パトカーのサイレンが聞こえてきた。よし、よし。これで。あと少しで。


『見つけた』


 瞬きなど、していない。

 一瞬にも満たない刹那の間に。


 目と目が触れ合う程の距離で。



 赤黒い暗い瞳が、俺の奥を覗いていた。



 息を詰める間もなく。


『お』


 見た目は、女性から男性へ。


『ま』


 赤黒い瞳は、人とは違う瞳孔を持って。


『え』


 頭の横で大きく主張するのは、太く巻いた角。


『かあああああああああああ!!』


 がっと赤黒い手が俺の首にかかる。


『あの時は同僚がお世話になりました! 東京を潰すために来たのですが、もしかしたらと待っていて正解でしたね!』


 ギリギリと、赤黒い腕が首を締めていく。

 花田さんの目が見開かれるのと。

 下で車のドアから3人が転がり出てくるのと。

 パトカーのサイレンを。

 ゆっくり、確認した。それを最後に。





『ルーーーール違反のおおおおお!!! 狂人がああああああああああああああ!!!!』



 赤黒いそれは、あの時のような醜さはないけれど。



『契約の意味をおおおおおお!!! 教えてやるよおおおおおおおお!!!』



 沖縄の時のような絶望感を持って、俺の首を折った。



『グッバイ!』


 グッバイ。

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