格好

 

『.......私の和臣が、勝つのに。手を、出したな』


 低い、深い声がした。

 息をするのも許さない、心臓が動くのも許さないと、圧倒的に違いを見せつける。


『.......気に食わない。どいつもこいつも』


「待って。手伝ってくれたんだ、あのままじゃ負けてたから!」


 兄貴の隊の人達はもう誰も立っていない。座り込んだり、倒れたり。姉と兄貴は、真っ青な顔で。葉月は、真っ白な顔で、俺を見ていた。

 俺の首に手をまわして、俺の背中に乗った白い子供を見ていた。


『負けてない。和臣は負けてない』


「違う、違うんだよ。あの鬼を倒したって、あのままじゃ俺は」


『和臣』


 ゆっくりと頭を撫でられる。大切な玩具を壊さないよう、ゆっくりと。


『.......私の和臣。許してやろう、お前が好きだから』


 さっと血の気が引いた。兄貴の副隊長さんが表情を緩めたが、違う。


「待て!! 分かった! あげるよ! 好きな物あげる! だから許して!! ごめん許して!」


『もう許した。私の和臣、愛らしいな、かなしいな』


「分かった!! 目玉、目玉やるよ!! 全部!! だから許して!! 俺、この人たち好きなんだ!! ずっと一緒にいたいんだ!!」


『私も和臣と一緒が良いな』


「よし! 全部やる!! 俺のことやるよ!! ほら、だから」


 ーーすべてけして、かずおみもらうよ


 耳元でふふ、と笑い声を聞いて。感じたこともないほどの絶望感の中で。


 しゃんっ、と鈴が鳴った。



「お待ちください。それでは貰いすぎですよ」



 手元に灯りを持って、静かにやってきたのは。


「父さん.......」


「面白くなかっただけ。それだけでそこまで奪うのは、七条私たちとの約束に反している」


『.......煩い』


「ルール違反です。今回は、これで許してくださいませんか?」


 父さんが取り出したのは、1着の着物。


『.......和臣』


 白い子供を見る前に。

 唇を奪われた。

 口の中に、ぬるりと何かが入ってくる。それが満足するまで俺の中を舐めて。


『.......美味かった。許そう』


 きゃはっと笑い声がして。白い子供は消えた。


 しばらく呆けて、誰も動かなかった。


「ほら、怪我してる人は来なさい。手当してあげよう」


 父さんのいつも通りの声で、はっと我に帰った。


「そ、そうだ怪我!! 兄貴怪我!! 怪我見せろ!!」


「.......和臣」


「どこだ!! どこ怪我した! 骨、骨は!? 足りないとこはないな!?」


 なら大丈夫。治す、治せる。


「座れ! あ、姉貴は!? 指、治すから! 葉月、葉月も怪我」


 まだ札はあったか。さっき全部出してしまっただろうか。他人の札は少し扱いずらいが、兄貴の胸元に手を突っ込んで札を貰う。


「わっ、何するんだ!」


「【しき】」


 隊員さん達の治療もしなければ。兄貴の怪我、あんなに血が出ていた。どうしよう、もし、もし、いなくなってしまったら。


「落ち着け和臣。お前の大袈裟な式神のおかげでもう大体治ってる」


「それよりあんたよ!! あんなのとやり合って、怪我は!? 指以外はどうなのよ!」


「へ、平気。平気だから、ごめん。ごめん2人とも、ごめん」


「なに泣いてんだ。 しょうがないな、兄ちゃんがおんぶしてやろうか?」


「さすがにお姉ちゃんは無理よ。あんた重くなったから」


 手は止めない。術は正確に。霊力が無いなら別のものを絞り出せばいい。


「和臣、和臣落ち着いて。和臣、お願い。私を見て」


 葉月が走ってきて、俺の手を握る。それでも、手は止めない。もっと緻密に、もっと流れるように。もっと高くへ。もっと遠くへ。


「和臣、戻ってきて。私の所に、戻ってきて」


 ぐっと顎を掴まれて、唇を奪われた。さっきとは違って、ただ暖かく触れるだけ。


「.......目の前で浮気とは、いい度胸じゃない。私の和臣私の和臣って、馬鹿みたいだわ。葉月の和臣なのに」


 訳が分からないが、涙が止まらなくなった。


「ご、ごめん。ごめん、ごめん。俺、俺最低だ」


「そうね。あそこまでガッツリキスを見せつけるなんて、中々の最低ね」


「ち、違う。俺、俺が、初めっから、いや、俺がいなかったら」


 あの鬼は俺を狙ってきた。俺が鍵の当番だったから。


「和臣、私、あなたのこと好きなの。大好き」


 すっと視界が広がる。周りの人達の顔が見えてくる。


「泣き虫でも、情けなくても好きよ。あなたの隣りは私の場所なの。何処にも行かせないわ」


 周りの人達は、顔色は最悪だが。笑っていた。


「和臣、着るなら着なさい。着ないなら帰りなさい」


 父が差し出したのは、黒い着物。胸元に円の染抜き、袖に2本の線。隊長の証。



 それを受け取って。服の上から羽織った。



「.......葉月、怪我ないな。なら治療行くぞ。兄貴、隊の人で急ぎの人教えろ。俺がやる」


「了解」


 ニヤッと笑った兄貴は、隊員達に指示を出していく。姉も門下生達をまとめて、父は1人で色々と後片付けをして。


 その後、花田さんから電話が来た。やけに焦っていたが、豆まきの威力を知りましたと伝えれば、折り返しますと言って切れた。


「いやー、俺めちゃくちゃ情けなかったなぁ。あんなにテンパって、だっせぇ。終わった後もダサかったなぁ」


「別にそうでも無いわ。あなた普段もっと酷いもの」


「んん.......反論出来ない.......。カッコよくなりたい.......」


「バカね。周り見なさいよ」


 兄貴の隊員さん達は、皆興奮気味だ。名付きの鬼を見て、ハイになっているのだろうか。それとも山の主のせいか。


「和臣が勝ったから、皆興奮してるのよ。あんなの、初めて見たって言ってたわ」


「ええ.......まあ、でも普通にしてたらこんなの見ないか.......」


 最後の1人の治療を終えて、地面に座った。葉月も隣りに座る。


「和臣、平気?」


「何が? 治療ならあと3人くらいで限界だけど」


「あなた顔色悪いのよ。怪我は自分で治してたけど.......無理しないであとはお兄さん達に任せましょう?」


「そうだな。はぁ、しんど。今日暇な予定だったんだけどなぁ」


「深々とキスまでしちゃってね。随分嬉しそうだったわよ、あの子」


「.......し、嫉妬?」


「そうね」


 思わず持っていた札を破いた。なんですと。


「.......そ、そうですか.......」


 もう少し何かあるだろ俺。しっかりしろ馬鹿野郎。


「それで? 私にはないのかしら?」


「ひぇっ」


 強気過ぎないか葉月さん。ここはいいのか。俺はどうすればいいんだ。行っていいのか。退いた方がいいのか。


「あなたからして」


 いえす葉月様。


 そして、自分で言っておいてガチガチに緊張している葉月が面白可愛くて。ついついいじめてしまったりして。真っ赤に怒った葉月が俺の腕をつねるまで、肉食の小鹿として頑張ってしまったりして。


「.......失礼しました」


「〜〜!!」


 ばしばし叩かれる。

 失礼しました。またお願いしていいですか。


「和臣!!」


 やけに焦った兄貴が走ってくる。


「なんだまた何かあったか?」


 立ち上がろうとして。ガバッと服を捲られた。


「いやぁぁぁ!!?? 変態ーーー!!! やめて兄弟じゃシャレにもならないからああああ!!」


「っ! お前これ!」


「やめて嫁入り前だからあああ!! まだ清らかなんでええええ!!」


「動くな声出すな立つな!!」


「ひぃいいい!! 兄貴が犯罪者にいいいい!!」


 そのまま抱き上げられる。毎回思うが兄貴馬鹿力だよな。俺もう結構重いよ。


「お前これもう治療後か!? 内蔵なかやってるから俺じゃどうしようも.......」


 バタバタ走っている。俺の肩から着物がずり落ちて。それの裏に張った札の効果が切れる。


「兄貴.......」


「どうした、大丈夫だ五条呼ぶから! お前の副隊長が連絡入れてるから!」


「いっづぁ.......ちょ、痛い.......泣く.......」


 衝撃。吐きそうなぐらい痛い。山は怒っていないはずなので、山から出たらどれだけ痛いんだこれ。


「なんで黙ってたんだ!!」


「.......ちょ、と。初めの分、カッコつけたくて.......ここなら、平気だし.......」


「バカ!!!!」


「ひぃん」


「泣くな余計痛いだろ!!」


 もう絶対骨折れてる。絶対中やってる。もうやだ痛い疲れた眠い。


 その後ハルが来るまで数時間。山の中で泣いていた。痛み止めの札などとっくに使い切った。

 背中も腹も胸も痛い。もう全部痛い。


「いだぁあい」


「動くんじゃない!! 」


「こわぁあい」


「お、お姉ちゃん怖くないわよ? ほら、お、怒って.......怒って.......」


「おこってるじゃんかあああ」


「お願いもう動かないで!! もう怒ってないから! 泣かないの、葉月ちゃん見てるよ!」


「泣いてなぁあい」


「和臣どこが痛いか言え。吐きそうな感じはないか? 血は出てないな? 話してるから大丈夫だと思うが.......意識あるな?」


「わがんなぁあい」


 葉月が手を握ってくれるがもう痛くて訳が分からない。


「五条隊長いらっしゃいました!! でも山に入れないとおっしゃってます!!」


 兄貴の副隊長さんすいません。せっかく仕事終わったのに居残らせてすいません。たぶん俺のこと嫌いなのにすいません。


「和臣行くぞ!! 一瞬頑張れ!!」


 もうどう足掻いても痛い。なら、寝てしまうか。


「ばかずおみ!!! 起きなさい!!」


「いたいんですよぉぉ.......」



 それから、山の境でソワソワしていたハルを見つけて。兄貴が躊躇いがちに山の外へ踏み出した一歩で、一気に気を失った。



 ーーーーーーー


 和臣(弟)は、めちゃくちゃ甘ったれべそかきボーイです。ナチュラルに甘やかされます。

 和臣(隊長)は、仕事服の裏にいつも痛み止めの札を貼ってたりします。でも大体いつも自前のアドレナリンで何とかなってます。


 今回、もし近くに姉や兄がいなかったら和臣は意地でも最後まで我慢して痛いなんて言わないです。

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