夏日
「へいへい皆さんお久しぶり!! 退院日に京都に呼びつけられたんだけどもしかして総能ブラック!?」
静まり返った。着替えに寄った家の居間が凍りついた。
すいませんもう1回やり直していいですか。
「.......ど、どうも退院しました.......おかげさまで.......」
ブリザード顔負けの冷たさ。リテイク!!
「.......こ、こんにちは〜」
めげるなテイク3!!
「.......すいませんでしたぁっ!!」
姉が泣き出した。
「えっっっ。えっ、えっ、ね、えっ、姉ちゃん、えっ」
しゃくりあげる姉と、机に突っ伏して肩を震わせる葉月。兄貴と父はひっくり返った。妹は涙目。
「す、すいませんすいません。あの、え、あの.......え?」
「和兄のばかあああ.......」
「わ、ごめん、ごめんな、え? え、だって、え?」
妹を抱き上げる。日に焼けたな。
「わ!!! バカ何やってんだ!!」
兄貴が立ち上がって妹をひったくる。おやめなさい泣いてるでしょうが。
「え、あの.......退院、したん、ですけど....... 病院、から.......連絡、いってると、思ったん、ですけど.......」
「だ、だって、だ、だっ、てっ」
姉が話し出す。とりあえず座って目の前の麦茶を飲んだ。父が有り得ないほどのスピードで俺からコップを奪った。なんだなんだいじめか。
「だ、って。め、面会、謝絶で、みっ、3日、な、何も、連絡、な、なかった」
「あぁ、色々連絡来すぎて.......携帯充電切れちゃった。ごめん」
葉月がガバッと起き上がる。涙でぐしゃぐしゃで、真っ赤な顔をしていた。
「ばか、ばかばかばかばかばかっ!! ばか!!」
「ごめん。あれ、でも花田さんから連絡いかなかった? 生きてるし元気って」
「だから何!? 病院から出てこなくて会えないのに信じられないわよっ!! ばかっ!!」
「ごめん.......別に怪我は.......まあそんなに.......アレだったから、4日で退院したし。ハル来たから怪我治ってるし元気だって、伝言を頼んだつもり....... だったり」
「なんで私達より先に花田さんに連絡するのよ!! なんで!! なんでよぉ.......」
俺はあと15分で家を出なくてはいけない。だがこんな雰囲気を残しては行けない。どうしよう。
「は、花田さんが1番初めに携帯に連絡くれて.......その間メールも着信もすごくて.......充電切れ.......」
「公衆電話!! 公衆電話があるだろう!?」
「びょ、病室から出れなくて.......」
「どこが元気なんだーーーー!!!!」
本当に元気だったんだ。ハルが骨を繋いで傷ついた中身も多少治してくれて。ただちょっと1日の睡眠時間が長すぎて心配されただけだ。痣や見た目が治らないので、俺の胴は今真っ青。というか紫。グロテスクで医者にビビられた。それでも元気で飲食運動オールオッケーだ。
「元気だったし、元気なんだ。本当に。心配かけてごめん」
「何度目だ!! こんな事なら縛り付けて蔵に仕舞っておくぞ!!」
父が怒鳴った。初めて見た。
「.......」
だって俺鍵当番だったから。だってあんな鬼無傷で倒すなんて無理だから。だって山の中なら多少無理がきくから。だってあのままじゃ皆死んじゃうから。だってあのまま何もしなかったら、俺はもう二度と立ち上がれないから。
「.......だって」
「だってじゃない!! いい加減にしろ!!」
泣きそうになった。父が長い説教ではなく怒鳴って怒るなど、初めてだ。
「ごめんなさい.......」
俺だって怪我したくてしてる訳じゃない。俺だって余裕で勝てる相手なら無傷で済ます。俺だってハルに頼んで治療の術習ったし、練習した。でも。
「全然ダメだ俺.......ごめん.......」
とんだ自惚れ野郎だ。兄貴や姉貴の方が百倍強い。いくら糸が使えて術が使えて札が書けたって。そんなんじゃ全然ダメだ。1人で自惚れてほかの人が怪我したらパニクって。全然ダメだ。
「.......和臣。着替えて来なさい」
「え?」
「着替えて来なさい」
慌てて立ち上がって着替えに行く。時計を確認すればあと5分で出なければ間に合わない時間だった。
「.......父さん、ごめんあと5分.......で.......」
居間に戻れば、全員正座でこちらを見ていた。
「七条和臣隊長。今回は流石だったな。鍵を持っていたのがあなたで良かった。名付きの鬼を、討伐するとは。七条当主として、敬意を」
「第七隊隊長としても。助かった、感謝する」
姉も葉月も、何故か妹まで頭を下げて。せっかく怒られても泣かなかったのに、ツンと鼻の奥が痛くなった。
「.......つ、次は、余裕で、勝ちます」
「「「次はない!!」」」
立ち上がって、てくてく近づいてき妹は、ぎゅっと俺の腰に抱きついた。
「.......いなきゃヤダって言った」
「.......うん」
もう一度抱き上げる。まだまだ軽い。絶対あと何十年かは俺が抱き上げる。他の野郎に任せるものか。
「「「さて、行くか」」」
「ん?」
「お前が呼ばれてるんだ。俺達も呼ばれたんだよ」
「ちょっと、皆急ぎな。一家揃って遅刻なんてシャレにもならないわ」
「父さん事前の当主会議すっぽかしちゃったぞ。いつも怒る側なのに.......」
皆スタスタ玄関へ向かい、葉月もいつも通りの表情で歩いていく。
妹も行くと言うので、全員でいつもは来ない大型の車に乗って。
京都に付いて、兄貴に首元を掴まれ姉に胸ぐらを掴まれ葉月に手を繋がれ廊下を進む。父はなんと俺に紐を括った。花田さんが走ってきて、乱れた七三分けで色々誤解して謝っていた。
「和臣ぃー!! 頑張ったねぇ! 凄いよぉ!」
「あ、ハル。この間はありがとう、助かったよ」
飛びついてきたハルは、すっと表情を消した。うっすら笑みは浮かべているのに、何の感情も読み取れない。
「.......和臣ぃ。ちゃんと区切っておきなさぁい」
「ん?」
周りの音が遠ざかる。大きな和室の中には、たくさん人がいるはずなのに。俺とハルしか居ない様だった。
「私も和臣も、きっとちょっとズレてるのねぇ。だから、重しをもらうのよぉ。立場と、部下と、他人の命。これを重しにして、自分を皆と同じとこに縛り付けてるのぉ」
「.......」
「でもぉ、それだけじゃ無理なのよぉ。いくら重しをつけたって、いくらみんなに望まれたって。私達はいつの間にか自由なのぉ。遠くて、高くて、深い所に行っちゃうのねぇ」
「.......ハル」
「私は別に皆の隣りにいなくてもいいけどねぇ。.......皆と同じ場所にいるって思ってぇ、ホントは1人は悲しいでしょお? 区切りなさぁい、和臣」
「ハル」
立ち上がって、ハルの前に立つ。
「欲しいんだ。どんなにズレてたって欲しいんだ。だから、繋いでもらったんだ」
「.......」
「いくら俺がズレたって、隣に呼んでくれる人がいるんだ。待っててくれる人がいるんだ。だから」
ハルが、にっこりと笑った。びっくりする程、美しい笑顔だった。
「「手は離さない」」
ふっと音が戻ってくる。相変わらずガヤガヤとしていて、先輩と八条の当主がバトルをしていた。
「.......和臣。頑張ろうねぇ」
「おう」
ハルの副隊長の勝博さんがやって来て、ハルは「治ってよぶなぁ!」と言いながら席に戻っていった。
その後ふっと現れた白い人に、褒められているのに震えが止まらないと言う謎のお言葉を貰って。
俺が消しきれなかった奴の片腕は、零様が抱いていた。俺の不始末を、白い人は何も言わずに抱いていた。
まだ百鬼夜行の途中なので持ち越しで早めに解散となり、俺は花田さんと2人で謎の掛け軸が飾ってある部屋に居た。
「.......こ、今回.......あまりのイレギュラーでして.......報酬の、目処が立っておらず.......」
「花田さん落ち着いてください。部屋の外にいる人たちは気にしないでください」
バレてないと思っているのか、うっすら開いた襖から3つの目が覗く。流石に父と兄貴は帰ったか。
「申し訳ありません隊長.......! まさか私のせいで御家族方と連絡が取れなくなっているとは.......!! 伝言もまさか御家族への唯一の連絡とは露知らず.......!」
「いえ、携帯ぶつけて電池がバカになってたんです。花田さんは10分で切り上げてくれたじゃないですか」
また携帯を買い換えなければ。俺は携帯を壊しては買う為に給料貰ってんじゃないんだぞ。
「直接ご実家に伺うべきでしたのに.......」
「いやいや、今本部の方が大変じゃないですか。花田さんはまず自分の家に帰った方がいいです」
その後報酬と仕事の話をして。
「お疲れ様です隊長。.......さすが、隊長です。.......これは総能発足以来の大事ですよ、名付きが出るのも、ましてや倒すなんて事も」
「おう! なんたって俺は隊長だからな! 鍵取られた隊長より、鬼退治に成功した隊長の方がいいだろう?」
花田さんはメガネを押し上げて目元を押さえた。
「.......一生ついて行きます」
「え!? やったー!!」
その後妹を抱き上げて、葉月と手を繋いで姉に引きずられて帰った。
百鬼夜行も終わりかけ。曖昧な境界の夜を、皆それぞれ駆けていく。
「和臣」
「なに?」
夜中の縁側。夏の蒸し暑い、質量のある空気の中。
「あなたの指が好き。長くて細く見えるのに、私より大きいあなたの手が好き」
貴女の指が好きだ。白くて細くて、壊れてしまいそうで怖いけど。そんな心配を跳ね除ける、強くしなやかな貴女の手が好きだ。
「あなたの目が好き。どこからそんなに涙が出るのか、目が離せない光るあなたの瞳がすき」
貴女の目が好きだ。どうしてそんなに強く光るのか、綺麗で目が離せない貴女の瞳がすきだ。
「あなたが好き。手を離さないのは私よ。私、あなたがいないと窒息しちゃうの」
「.......あんまり可愛いと、俺が窒息させちゃいますよ」
耳元で、甘い吐息をかけられて。首に白い指が這う。
「溺れさせて」
夏の、夜の話。
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