遊戯
蕩ける様に笑った鬼は、俺に手を差し出す。
ゆっくり、ゆっくり形のいい唇が動いていく。
人にそっくりな鬼は、額の角と鋭い歯だけが異常に目立つ。
『よこせ。』
「い、茨木童子!! あなたは茨木童子よ! 」
叫び声。普段はもっと綺麗なのに、喉が裂けそうに叫ぶからもったいない。
「あなたの主は酒呑童子! そうでしょう!? ならここにはいない! ここにはあなたの主はいないの!!」
あぁ、鬼が葉月の方を見た。
全く感情のない顔で。美しすぎるその顔で。冷たく光る瞳で。
『頭が弱いのも、過ぎると憐れだな。我が主の場所を間違うと思うか? それとも小娘、我を愚弄するか? この茨木童子を』
その言葉で、向かい合っていた術者のほとんどの心が折れた。心が折れる、音がした。
「じゃ、じゃあなんでここに居るのよ! 早く迎えに行けばいいじゃない!」
『だから、来たのだ。鍵を取りに』
「え.......?」
名付きの鬼。人が名前を付けた鬼。触れられない、届かないから。こちらから繋げた化け物達。陰陽師、術者じゃ敵わない。戦う、殺すを生業とする武士。今はもう居ない、武士達でないと、敵わない。
『冷めた。女も要らぬ、喰う気も失せた.......去ね』
静かに振り上げた腕が。
「【
あれ、今術使ったの俺だな。なんで今こんなレベルの術を。無駄だろ、馬鹿だな俺。
『一臣、よこすならお前は逃がしてやるぞ。さあ! 鍵をよこせ!』
「.......お前、鍵取りに来たのか?」
「!? バカ!! 何言ってんの!! やめな!! お姉ちゃんが逃がしてあげる!! だからやめな!!」
『うむ、うむ! 物分りがいいな一臣! さあさあ、鍵を!』
こいつは、鍵を取りに来た。笑ってしまう。だから兄貴も姉貴も皆、俺に来るなと言ったのか。本当に、笑ってしまう。
「.......これ、鍵」
首に下げた、古びた鍵。
本部管理部最重封印庫、その最深部の扉の鍵。
この鍵は、2つのうちの1本。2つで1つの古い鍵。
1本は零様が持っている。
そしてもう1本の鍵は、隊長達の間で回されている。
隊長が敗れたら零様が。
万が一零様が敗れたら隊長が。
壊して葬り去るために。二度と開かぬ扉にするために。
『おお、おお! それだそれだそれだ!! それさえあれば良い! たとえ半分足りなくとも、あとは我の爪で開ける!!』
「うん、そっか」
「やめな!! 何考えてんの!!」
『一臣、よこせ』
大きめな古い鍵を、首から外して。
俺は、笑って差し出した。
『ああ、やっと、やっとやっと!! 会える!! 会える会える会える!!』
鋭い爪が、大事そうに鍵をつまもうとして。
「はい残念バーカ!!」
びゅっと、俺の糸に引かれた鍵が吹っ飛んだ。山の中に飛ばしたので、こいつより俺が先に見つける。
『なっ』
「おい、アホ雑魚鬼野郎。人の名前間違えてんじゃねえぞ」
震えるな。笑え。
お前のせいで皆怪我した。
お前のせいで皆心が折れた。
お前のために戦ったのに。お前のために立ち向かったのに。
お前が笑って倒さなかったから。だから皆こうなった。
最低で雑魚なのは俺だ。俺は恥じない隊長になると決めたのに。ハルに、隊長とは何か教わったのに。
「来い、タイマンだ。お前なんて俺一人で十分なんだよ。この人たちはお前にはもったいない」
『.......』
葉月が連れてきた俺の式神。一体では少し心配だが、ちょっと大袈裟に作ってあるので怪我の治療も鬼相手に盾になるぐらいもできるはずだ。
たとえ今、目の前の鬼が信じられないほどの力を撒き散らしていようとも。
「ふぅー.......おい、茨木童子」
『.......我の、名を、呼んだな』
「いばらきかいばらぎか、わかんねぇんだよぉぉぉぉ!! かかってこいやぁあああ!!」
『和臣。分かっているからな』
「あぁっ」
姉が悲鳴を上げた。
俺とコイツはお互い名前を呼んだ。繋がった。固く、堅く繋がった。
どちらかかが消えなければ、コイツはずっとこちら側に居る。元々昼夜関係ないような化け物だが、より強くこちら側に踏み込んでくる。俺という繋がりを辿って。
笑える。これで、本当に。生きるか死ぬかしかなくなった。
「【
『あぁ、また』
奴の腕が飛んだ。その腕を糸で釣りながら。山に飛び込んだ。
「鍵!! 鍵ちょうだい!! 頼む!!」
きゃっきゃっと笑い声がした。ぽとりと目の前に落ちてきた鍵を拾う。そのまま首に下げて、服に入れて。
『和臣ーーーーー!!!!』
札をばら撒いて走る。半分は皆の治療に。もう半分は期待できない足止めに。ざくざく山を走りながら、大声で叫ぶ。
「大丈夫!! 俺勝つよ!! 大丈夫!!」
くすくす笑い声がする。後ろで、どぉんと何かが倒れる音がした。
『鬼ごっこか。和臣、負けるなよ』
「負けない!! 早く帰んなきゃだから!!」
目の前が開ける。用意された遊び場。
奴には悪いが、ここは俺のホームグラウンドだ。負けない、負けられない。
この山は俺が勝つことしか望んでいない。だってその方が面白いから。好きな選手が勝った方が気持ちいいから。でも、それだけ。応援だけ。手は出さない。だって遊びだから。この山にとっては、これはどこまで行ってもゲームだ。
『鍵はお前ごと持っていく!! 首と
「残念だな俺は未成年!! 全年齢版をよろしく頼むぜ!!」
糸を引き絞る。
そして。
「鬼さんこちら!! 手の鳴る方へ!!」
ぱちんっと、指を鳴らした。
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