当選

 鍵を開けた。


 何もない。門を抜けて、裏山へ入ろうとして。


『あ。デた』


 目の前の小鬼を消し飛ばした。周りの雑魚も塵にして。


 目の前に突き出た拳を地面に転がって避けた。


「!?」


『あぁ、出たな』


 拳を握りながら笑うのは、美しい女。肩の出たワンピースに、白い日傘。真っ赤に弧を描く唇から、やけに鋭い歯が覗く。


『おお、おお! やはりそうか! 1つ目で当たるとは我も中々運がいい! いや、必然か! 何せ我らは頭を使う! 人の考えることなど赤子の手をひねるよりも簡単に分かるのだからな!』


 まずいまずいまずいまずい。

 桁違いだ、次元が違う。目の前のこいつは強すぎる。

 だって。


『名乗れ、人間』


 こいつ、本当はこんなもんじゃない。わざと弱く見せている。本来なら、きっと。一瞬で兄貴の隊を喰い潰すレベルだ。


「【律糸りっし】!!」


『聞こえなかったのか。名乗れ』


 せめて山に入れば。まだ勝ち目はある。兄貴達は、こいつを見たのか。

 全く意味のなかった術を置き去りに、横へ向かって走る。そのまま山に。


『3度目だぞ。名乗れ』


 目の前に女が現れて。つまらなそうな顔で、ゆっくり俺に手を伸ばす。


「「【滅糸の一めっしのいち鬼怒糸きぬいと】」」


 女は気だるげに腕を払う。山から転がり出てきたのは、血だらけの兄貴と、無表情の姉。兄貴は俺を見た瞬間顔を歪めた。


「来るなって言っただろ!!」


「じゃあ下がってろよバカ兄貴!! そんな血だらけでどうすんだ!!」


『ん、ハズレか。お前はもういいぞ』


「【四壁よんへき守護しゅご六歌ろっか】!!!」


 2人の前に張った壁は1枚を残して割れた。拳を戻した女は。


『我は、気が長くない。だが人の道理というものも知っているのでな! 貴様らに合わせるよう言われたのだ』


 女はニコリと笑って。消えた。


「!? 【六面ろくめん守護しゅご百歌ももか】!!」


 兄貴達の前に立って、壁で覆う。衝撃は来ない。ただ、息が詰まるような緊張感は消えない。


「兄貴、姉貴これ.......そ、そうだ血! 怪我、怪我見せろ!」


「バカ! お前が来たら意味ないんだ!!」


「何言って.......!! じゃあ誰がアレ倒すんだよ!! ハルも零様もいないんだぞ!! 俺しか.......っ」


 あぁ。言ってしまった。俺が1番言いたくないこと、認めたくないことを言ってしまった。兄貴も姉も、どんな顔を。


「前見なバカ!!」


 姉が叫んで。

 壁が割れて、美しすぎる男の顔が現れた。


『アタリ、名乗らないのなら、我が名を当てよう』


「っ!【滅糸の一めっしのいち鬼怒糸きぬいと】!!」


『ほぉ。.......で?』


 ゆっくりと手が伸びる。鋭い爪に、太い腕。額から伸びるのは、艶やかな2本の角。


『うむ。彦次郎! お前彦次郎だろ!』


「何ぼーっとしてんだ!! お前が下がれ!!」


 ぐいっと引っ張られて、横から血だらけの兄貴が飛び出した。札を撒きながら術をかけ、糸を張る。


 俺の首根っこを掴んだ姉も、糸を緩めない。


「逃げな、早く」


「何言って」


「あんた邪魔! 気持ちブレんなら来んじゃない!! 家で布団かぶって寝てな!!!」


『ハズレか。彦助、彦麻呂、彦八.......彦臣』


 バタバタと、兄貴の隊の人達がやって来る。ダメだ、兄貴だってあんなに血だらけのに。来ちゃダメだ。


『惜しいな。彦臣、正臣、.......あぁ! 一臣か!』


 あ。バレた。繋がる。


「違うわよバカ鬼!! あんたなんかに思いつく名前なわけないでしょ! さっさとその粗末な角折って消えな!」


『女か。いいな、女はいい。柔らかいからな』


「黙りな! 私より弱い男に興味はない! 3K揃えて出直しな!」


『気が強い、気が強い。まあ、悪くない。.......ふむ』


 鬼がぶんっと腕をふった。ばきっと嫌な音がして、兄貴が吹っ飛ぶ。


『男は要らんな。一臣以外、要らん』


「.......え?」


 今、何が、誰が。


「女好きも品がなきゃ最低だバカ鬼! 【滅糸の三めっしのさん至羅唄糸しらべいと】!!」


 姉の背中を見て、自分が地べたに座っているのが分かって。

 頭がやけに霞みがかって、どこか他人事のように目の前の出来事を見ていた。


 ああ、姉貴頑張ってるなぁ、とか。

 あぁ、兄貴のとこの隊員さん達結構強いなぁ、とか。

 あれ、葉月が来てるなぁ、とか。

 兄貴、動かないなぁ、とか。


『一臣』


 あぁ、名前バレてんな。字が違うけど、苗字はバレてないけど。こんなのが俺の名前知ったらどうなるんだろう。元々めちゃくちゃ強いのに、こっち側にズカズカ踏み込んできたらどうなるんだろう。


『よこせ。一臣』


 こいつさっきから何を欲しがってるんだろう。おかしな奴だな、俺何も持ってないのに。

 あぁ、兄貴の副隊長さんが飛び出した。

 ダメだよ、怪我しちゃうよ。

 札だって1枚も届いてないのに、何してるんだろう。

 姉貴だって指痛いのに、何してるんだろう。

 葉月なんて涙目なのに、何してるんだろう。


「逃げな! こんなのお姉ちゃんだけで余裕だから! あんたさっさと逃げな!」


 姉が振り返らず叫ぶ。

 門下生達が札を投げても。糸を張っても。

 何一つ届いていない。当たり前だ、立っている位置が違う。あれは、境界を弄ぶ、上に立つ者だ。


『一臣、出せ。早く、疾く。百鬼夜行が終わらぬうちに』


 だから、何を。


『我らの主を、迎えに行かねば』




 俺、何してるんだろう。

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