炎上

「うーあーあー.......ううー」


「ちょっと、変な声出さないでよ」


 葉月が2個目のケーキを食べながら言う。助手席を見れば、花田さんの七三分けが緩んでいた。


「皆今までありがとう!! これからも元気でね!! まさかこんなにソッコーで呼び出されるなんて予想外だぜ!! さらば定職! さらば人生!」


「七条和臣、それ食べないならちょうだい」


 俺のケーキを葉月とゆかりんが半分ずつ食べた。胃袋底なしか。


「.......隊長」


「花田さん.......。俺が消えたら花田さんが隊長ですね」


「やめてください縁起でもない!」


「パーキングエリア入りますよー」


 京都ってなんで国内なんだろう。永遠にたどり着かなければいいのに。


「和臣、そんなに大変なの? 大丈夫?」


「.......葉月」


 飲み物を買おうと思ったら間違えておしるこを買ってしまった。夏場に置いとかないでくれ。


「見捨てないでぇ.......」


 自販機の側面に額を押し付ける。責任を取るなど言ったがめちゃくちゃ怖い。どうしよう何されるんだ俺。打首? もしかして打首? 一条さん来ちゃう?


「見捨てないわよ。情けないわね」


 葉月がお茶をくれた。冷たかった。


「俺多分打首だけど.......」


「なら私は腹を切るわ。処刑人の首を持ってね」


 うっそでしょ。どういう事。


「だから死ぬ気で首を守りなさい。.......ほら」


 葉月はちらっと周りを確認して。

 俺の頬にキスをした。


「.......頑張れる?」


「.......頑張る.......」


 土下座でも何でもしよう。とりあえず首は繋ぐ。やってやる。



 そして、中田さんが「下道したみちって、もえますよね!」と言って高速を降りて、やけに早く京都に着いてしまった。


「.......うそん」


「隊長! 全て杉原に擦り付けましょう! そもそもアイツが全て悪いんです! セクハラで無理やり迫られた事にしましょう!」


 花田さんが名案だと言いたげに俺を見る。七三分けはゆるゆるで、目が泳いでいた。


「.......俺は今から、最高に情けないです。権力に媚へつらいます。泣いて喚いて許しを請います.......すいませんこんな隊長で」


「隊長.......!」


 女子達は着替えに行った。俺と花田さんはもう着替えたので、廊下で皆を待つ。


「.......和臣隊長じゃないのん。早かったわねん」


 サイズ感の違いを感じる杉原さんが来た。唇はカサカサだった。


「.......杉原さん。覚えてます?」


「.......当たり前じゃないのん」


 3人でため息を着いて、やってきた女子達と一緒に廊下を進む。他とは違う襖を開けて。用意されていた座布団に座った。


「揃ったか」


 ざっと頭を下げる。ふっと現れた白い人は。


「.......七条和臣」


「はっ」


「あまり、他人の夢を見るな。帰れなくなるぞ」


「はっ」


 めちゃくちゃバレてる。全部バレてる。冷や汗が止まらない。そして、気づいた。今既に頭を下げている。これでは土下座で謝れないではないか。


「.......全員顔を上げろ」


 ばっと頭をあげる。後ろでゆかりんが震えているのが目に入った。


「では」


 ビクッと肩が跳ねた。

 なぜなら。


「.......解散」


 白い人が、白い人差し指を真っ赤な唇にあてたから。鋭い目が、俺たちを見回す。おそらく、もう誰もこの事は口にできない。奪われた、この事に対する声を。


「杉原」


「はっ」


 解散と言いつつ誰も動かない。白い人がまだここに居るからだ。


「インターネット.......それに関する新たな罰則規定は、考えたか?」


「はっ」


 杉原さんが胸元から分厚いファイルを取り出した。零様がそれが受け取ると、分厚いどころじゃなかった。凶器だ。


「.......ならば今回は、新たな罰則規定の、零件目の事例だ」


 たぶん、見間違いだ。俺以外誰も動かなかったので、本当に見間違いの可能性が高い。でも。


「零は、私が持とう」


 ニヤリと、一瞬唇が上がった気がした。


「罰則規定については協議を行う。では」


 全員ばっと頭を下げる。


「励めよ」


 ふっと白い人が消えて。杉原さんと花田さんが突っ伏した。中田さんはしきりにメガネを拭っていて、葉月とゆかりんは真っ青だった。


「.......え? 持ってくれるの?」


 まだ正式なルールでは無い。にもかかわらず、それの零件目として、あの白い人は今回の件を処理してくれるのか。


「.......花田、どうしようアタシ.......」


「.......落ち着け杉原.......」


 震えるゆかりんを立たせる。葉月はさっきからずっと唇を噛んで前を睨んでいたが、やっぱり怖かったのか俺の袖を握っていた。


「.......惚れちゃったわん!! 何よあれん! 零様素敵ー!!! 一生着いてくんだからん!!」


「杉原管理部長! 私応援します!」


「やっだぁ瑠美じゃないのん。この後暇? また作戦会議しましょん?」


「了解です師匠」


 やっぱりこの2人知り合いか。ていうか師匠かよ。


 そして、何事もなく時が過ぎて。

 3日後、当主と隊長、本部の幹部達が集められた。

 新しい罰則規定について話し合い、普段空気よりも存在感のない俺がめちゃくちゃ発言した。高校の情報の教科書まで持ってきて熱弁した。これからの時代これは絶対に必要だと叫んだ。

 その甲斐あってか、なくてか。すんなり新たな規定が定まった。杉原さんが優秀なのか、ほぼ原案のまま通った。


「いやぁ、さすが隊長です! 八条のご当主も納得なさってましたね! 保守派もタジタジでしたよ!」


 保守派の家は、四条、七条、八条、九条。なんとウチも保守派でした。


「.......疲れました.......たぶん俺もうダメだ.......」


 先輩からは褒められたが、父と兄貴が引いていた。反抗期だと思われてる気がする。


「あっ! お兄さ.......七条和臣!」


 ぱたぱたと足音が聞こえて、目の前に小さな男の子、蹴三さんがいた。


「あれ、今日も本部に来たの?」


「今日はね、七条和臣に会いに来た」


「蹴三、七条さんに失礼ですよ! 本人の前では呼び捨てにしてはいけません」


「姉上」


 追いかけてきたのは、第三隊隊長三条鞠華さん。今日は普通の着物で、あの素晴らしい格好ではなかった。ショック。


「.......お兄さん。あのね」


「うん?」


 屈んで目線を合わせると、耳元でこそこそと話された。


「ゆかり帰ってきた。この間はごめんね」


「.......ゆかりん帰ってきたの?」


 どういう事だ。


「七条和臣関係ないって言われた。ゆかりが元気なかったの、口内炎のせいだった」


 俺は口内炎の罪を着せられ蹴り落とされそうになっていたのか。無念。


「.......ゆかりがね、僕が大人になっても、まだ好きなら」


 待て。


「僕のお嫁さんになってもいいよって。だから、僕もう七条和臣の事なんでもいいや」


「.......え?」


「七条さん。ウチのゆかりがお世話になっています。いつかはどうもありがとうございました。どうぞ今度ウチの蹴鞠大会へお越しください。.......コテンパンにしちゃいますからっ」


 可愛く笑った鞠華さんは、確か上二人の兄を蹴落として隊長になったすごい人。だが今はそんなことはどうでもいい。

 鞠華さんが蹴三さんの手を引いて帰って行く。最後に手を振りあって。三分考えて。


「.......隊長?」


「ゆかりんは永遠のアイドルだあああああ!! やめてやめて俺達のゆかりんがああああ!!」


「隊長落ち着いてください! 他の方がいらっしゃいますよ!」


「ゆ、ゆかりんは結婚しません!! いやぁああああ!! 」


 花田さんに小脇に抱えられて、人気のない廊下を進んでいく。花田さんが周りに誰もいないことを確認しつつ俺を車に乗せた。


「隊長、他の方に見られては色々大変です.......」


「炎上じゃああああ!!」


 家に帰って妹とゆかりん会議を開いた。単純にキモイと言われた。

 葉月に相談したところ、年下の男とアイドルの恋愛漫画を貸してくれた。


 大炎上だった。

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