眩燿

 今車を運転できる人がいないので、全員車で待機となった。

 和臣は明るいところで見たらびっくりするぐらいボロボロだった。


「隊長、本当に大丈夫ですか?」


「いや、俺より花田さんの方が心配なんですけど.......ていうか素手で海坊主殴ったって聞いたんですけど.......」


 和臣は山童を抱いて助手席に座っている。車に向かう途中でお礼を言いに来た山童を見つけた和臣は、「絶対川に連れてって河童にする!! 絶対つれて帰る!!」と言って無理やり捕まえていた。花田さんに連れては帰りませんと怒られていたが、せめて帰るまで抱いていたいと言って、和臣は山童に飴玉をあげていた。


「まさかダムに海坊主とは.......自殺者も、引きずり込まれただけかもしれないですね」


「元々そういうスポットでしたので、色々溜まって海坊主が出たのかもしれませんね」


 1番怪我をしている2人が1番話している。中田さんは随分前に寝てしまった。


「.......七条和臣、あんたなんでここに居るの? 五条隊長と怨霊退治してるんじゃ.......」


 町田さんが聞くと、和臣はすっと目を逸らした。


「.......予想外のメンバーが来て、早く終わったんだ。まあ、怨霊も予想外でボロクソにされたけどな! ははは!」


「隊長、笑えませんよ」


 和臣はまた山童に飴玉をあげた。


「まあ、あっちの仕事も終わったんで。ちょっと休んで第九隊の方に行こうと思ったんですけど、少し心配だったんで寄ったんです。まだ皆いるかなと思って.......そしたらタクシー途中までしか連れてってくれなくて、めちゃくちゃ迷子になりました。遅れてすいません」


「.......和臣、私、ごめんなさい」


 着物を握る手に力が入った。


「? 何が? 別に怖かったのはしょうがないし.......最後は完璧だったし、謝ることなんてないぞ! 俺一応師匠だし!」


「.......違うの。私、あなたの話も聞かないで勝手に怒って.......」


 私、最低だ。


「え? 葉月が話聞かない!? 嘘だろ葉月はすごい話聞いてくれるよ!! そんな事言ったら本気で話を聞かない人達に失礼だ!!俺はこの数日で気づいた! コミュニケーションの大事さに!!」


「.......現在進行形で話を聞いてないのはあんたよ」


「やめてゆかりん!! 今それ言われると泣きそう!!」


 和臣は助手席から振り返って、私の口に飴玉を入れた。スイカの味がした。


「.......なんで葉月がそんなに落ち込んでるのか分からないけど。気にしないでよ、俺葉月に会えてめちゃくちゃ嬉しいんだから」


「.......和臣。あなた、五条隊長と仕事に行くの怖かった? 助けて欲しかった?」


「へ? いや、仕事行く時は別に.......早く帰りたいとは思ったけど、怖くはないよ。怨霊だって俺とハルがいればすぐ片付くかな、って思ってた」


「.......あのメール、どうしてあんなにふざけてたの?」


「え。いや、面白いかなって思って.......」


 なんだ。和臣は別に助けて欲しくなどなかったのか。それはそうだ。だって和臣は私より断然凄い術者で、私なんかに助けを求めるはずもない。花田さんの言う通り、笑いながら仕事に行ったのかもしれない。


「.......そう」


「あ、あんまりお気に召さなかったみたいですね.......なんか食べる? って言っても俺飴しか持ってないけど.......」


 この人は。頼りないのに、頼りになって。情けないのに、かっこいい。人の話は聞かないし、よくふざけるけどとても優しい。泣き虫なのに、全然泣かない。


「和臣、好きよ。大好き」


「「ひぇっ」」


 町田さんと和臣が同じ声を上げて固まった。花田さんはくつくつ笑いを堪えていて、中田さんは寝ながらもぞもぞ動き出した。


「.......」


「.......七条和臣、なんか言いなさいよ。あと葉月! こんな密閉空間でそんな事言って、雰囲気どうなるか考えなさいよ! 私完全に邪魔じゃない!」


「町田さんは邪魔なんかじゃないわ」


「.......葉月、あんたちょっと七条和臣に似てきた?」


 そんな事はない。私はあまり表情がないが、今も自分で言っておいて恥ずかしいし、心臓の音がうるさい。


「.......そろそろ出発しますか?」


「中田、スピードには気をつけてくれ」


 起きてきた中田さんが運転席へ移る。花田さんは助手席に座って、和臣が後部座席へ移った。山童を逃がして泣いていた和臣は、ボソッと呟いた。


「.......耳赤いですよ」


 聞かなかったことにした。


 それから、車が出発して5分も経たないうちに花田さんも和臣も寝てしまった。


 宿に着いて、和臣と花田さんを起こして車から降りる。和臣が全く起きないので、花田さんが背負った。


「.......隊長、相当お疲れのようですね」


「部長! 隊長の分の部屋が足りません。同室で構わない人がいるといいですね」


「.......野暮だよ中田。というか、仕事中! 隊長は私と同室! 全員今日は休養に務めるように!」


「「「了解」」」


 夕方まで寝て、夕ご飯の時間にもう一度集まった。

 和臣はまだ寝ているらしい。

 ご飯を食べて、ダムについての報告をした後。残りの調査は本部へ引き継ぐと言うことになった。


 昼間寝てしまったので、目が冴えてしまった真夜中。飲み物を買いに出た廊下に、和臣がいた。


「ちょっと、こんな時間に何してるのよ」


「あれ、葉月。それはこっちのセリフなんだけど.......公衆電話ってどこにあるか知ってる? 」


「こんな時間に電話?自分の携帯はどうしたのよ」


「.......スッパリ真っ二つになった。せっかく防水の買ったのに.......」


 和臣が電話をかけている間、じっと彼を見ていた。真面目な顔をしたと思ったら、急に慌てた顔で頭を下げる。困ったように笑ったり、小さな声で反論したり。表情が忙しい人だな、と思った。


「.......はい、失礼しまーす。.......ああ、めちゃくちゃ怒られた.......」


 電話を置いた和臣と部屋に戻る。花田さんの部屋の前まで来た時。

 ぐいっと腕を引かれて、抱きしめられる。ゆっくり頭を撫でられた。


「.......俺も大好きですよ」


 小さなお茶のペットボトルをくれた和臣は、暗い廊下で眩しそうに笑った。

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