こぼれ話(2)

しちじょーさん

 友達は多い方だ。会話に困ることはほとんどないし、ノリも悪い方ではないと思う。うるさいとよく言われるが、面白いことは大声で言った方が面白いのだから仕方ない。


「おい、田中! 中学でも一緒じゃん!」


「おー!高瀬、可愛い子いたか?」


「バッカ、まだ分かるわけねぇだろ。これからクラス行くんだから」


 中高一貫校のこの学校に入ったのは、親の勧め、というか脅迫。俺に高校受験など不可能だと言われ、塾という地獄に放り込まれ奇跡的に滑り込んだ学校だった。


「あ、あいつ」


 友達の目線を追えば、少しダボついた制服を着た男子。


「俺男子に興味ねぇぞ」


「ちげーよバカ。あいつ、七条んとこの次男だろ」


「しちじょー? 言いずら」


「ばーか! 知らねぇの? ここら辺の土地ほとんど七条さんとこの土地なんだぞ。山の方じゃすっごい有名なんだってさ。父さんが言ってた」


「へー」


 正直どうでもよかった。金持ちのボンボンか、ぐらいにしか思っていなかった。


「.......あいつ、どこ行く気だ?」


「トイレじゃね?」


 教室に行けば、なんとそのしちじょーさんの席の後ろだった。仲良くしようかな、なんて考えとは裏腹に、しちじょーさんは教室に来なかった。


「サボりか、さすがボンボン」


「田中ー! 今日お前ん家行っていいー?」


「いいぞいいぞ!ゲームしようぜ!」


 その日の夜。隣りに住んでいるばあちゃんの家に言って、しちじょーさんと同じクラスだと言えば、ばあちゃんもじいちゃんも、粗相のないように、などと言っていた。なんだか面白くない。


 次の日。校門の前でしちじょーさんを見た。しかも、綺麗な女の人と一緒だった。ますます面白くない。


「和臣、教室まで行ける? 先生呼ぼうか?」


「姉貴、さすがに.......」


 金持ちのボンボンは過保護らしい。そのまま横を通り過ぎようとした。


「あ、ほら和臣。あの子も1年生よ。ついて行きな」


「「.......」」


 しちじょーさんも俺も、黙って下駄箱に行く。教室につけば、しちじょーさんは俺の前に座った。


「おお.......たどり着いた.......」


 何やらおかしな事を言っていたが、俺はもうしちじょーさんとは関わらないつもりだった。金持ちとは感覚が合わない気がする。


 その日1日、しちじょーさんは人気者だった。主に教師から。年寄りの先生には露骨に媚びを売られ、若い先生は平等に接しようとして逆に厳しくなっていた。


「.......」


 その度しちじょーさんはムスッとして、教師が後ろを向いた瞬間舌を出したりしていた。


 昼になった時、しちじょーさんは女子に呼び出された。面白くないどころじゃない、嫌いだ。


「七条くん、私の家ね.......!」


 女子に呼び出されておきながらしちじょーさんはムスッとしていた。


「.......俺ご飯まだなんだけど。用事ないなら帰っていい?」


 もうダメだった。


「しちじょー!! お前、調子乗ってんじゃねー!」


 廊下に出ていってしちじょーさんに向かい合う。


「なんだその態度! 女子に呼び出されたんだぞ!? バーカっ! お前が凄いんじゃねえから! 凄いのはお前ん家! お前はただのふっつーーの中学生なんだよ! チビ!」


 言った後、先生が走ってきて俺を小突いた。


「田中!! お前、いい加減にしろ!」


 いつの間にかあの女子はいなくなっていて、教室からたくさんの人が覗いていた。

 しちじょーさんは、何故かきょとんとしている。


「ほら、田中! 謝れ!」


「うっせえ! 謝るならしちじょーが女子に謝れ!」


 また教師に小突かれる。


「.......ふふ」


「「は?」」


 何故かしちじょーさんが笑いだした。


「あはは! その通りだ! ふふふ。ごめんな、さっきの女子! 」


 しちじょーさんはゲラゲラ笑って、大声で言った。


「そーだよ、俺は普通の中学生だ! いくら媚び売られても知らねぇし、俺に何言っても俺の家は関係ないぞ! それと!」


 ビシッとしちじょーさんが俺を指さす。


「お前のがバーカっ! あとチビじゃねぇし!」


「はあ?」


「ひひひ。なんだ、中学って面白いじゃん」


 しちじょーさんはまだニヤニヤしている。

 なんだかイラついて、教師を振り払って軽く殴った。


「お前のがチビだ! 学校まで送ってもらってるくせに!」


「.......いたい.......なんで殴るの? やっぱ中学こわい.......」


「「え?」」


 まさかと思ったがべそをかきはじめた。俺も教師も、なんなら見ていた生徒全員が慌て出す。殴り合いの喧嘩を予想していた全員が、違う意味で緊張し始めた。


「え、おい。嘘だろ? 泣くほど?」


「.......別に泣いてないし」


 完全な嘘だった。


「.......なんかごめん」


 なんだか俺が悪い気がして、思わず謝ってしまった。


「.......別に。痛くなかったし」


 完全に嘘だ。

 しちじょーさんはちょっと目線をズラして言った。


「.......あのさ、学校まで送ってもらってるのはさ、」


 教師が周りの生徒を追い払って、廊下に2人だけになる。しちじょーさんは小声で言った。


「俺、教室までたどり着けなくて。昨日迷子になって7時まで帰れなくて」


「は?」


「だから今日は助かったんだ。お前に着いてったら教室着いた。ありがと、バカ」


「誰がバカだー!」


 ひひ、と笑いながらしちじょーさんは教室に戻って行った。


 それから、俺がちょっと家を早く出て校門前でしちじょーさんを待つようになって、和臣とよく遊ぶようになって。高校でもクラスが同じで。


「和臣、やべぇぞ! 女子テニス部の練習試合だ!」


「なに!? あのはしたない格好でか!? 」


「しかも.......」


「なんだ!?」


「隣の女子校との合同練習だ!」


「うおおおお!!」


「最高だぜーー!」


 和臣と2人で窓を開けて外にむかって叫ぶ。


「お前ら、バカだな.......」


 山田が呆れた様に言う。


「田中には敵わねぇよ、な! バカ」


「俺は天才の情報収集者だろうが! チビ!」


「おぉ!? もうすぐ成長期が来るんだよ!」


「落ち着け、2人ともバカだから」


 俺はもう校門前でしちじょーさんを待つことはないけど。


「和臣、遊びにいこーぜ!」


「おう!」


 俺の友達のバカが、学年一の美少女を奪ったのはもう少し後の話。




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