勝負
「お母さん、俺と話しましょう」
「いやぁ!!」
「お母さん、嫌でも話しましょう。葉月さんの事です」
「.......和臣」
「葉月、座ってるか、外に出るか。どっちでもいい。だけど、今は俺が話す」
「.......ええ」
葉月が椅子に座り、俺はまた話し出す。
「まず、初めに言っておきます。あなたが思っている普通、それは俺達には当てはまりません。そもそも、見ている世界が違います」
「あ、頭がおかしいのよ! 幽霊だなんて、信じられない!」
「信じなくて結構です。むしろ見えもしないのに下手なことをされるより断然いい。でも、お母さん」
ぐっと腹に力を入れる。
「頭がおかしいなんて言うな! 自分の娘だろ、真剣に話してるだろ!? 少しは分かり合える努力をしろ!」
「な、なによ! 大声出すなんて、出ていって!」
「あなたはさっきから大声でしたよ。それから、出ていきません。きちんと話しましょう」
「うっ、うっ、.......」
「なぜ泣くんですか? どこか痛いですか? 酷い言葉をかけられましたか? 今この場で泣いていいのは葉月さんだけだ。あなたに泣く資格はない」
「うううう」
「冷静になってください。話をするだけです。分かってもらうための、はじめの一歩だ」
「.......」
机に突っ伏して動かない葉月のお母さんから目をそらさず、続ける。
「.......俺も、ずっと普通が欲しかった。1番価値のあるものだと思っていました。でも、葉月さんが、言ってくれたんですよ。私の普通はこれだって、俺の普通になってくれるって」
「.......」
「葉月さんは優秀です。必ず成功する、成功させる。あなたの言う普通ではないですが、立派に仕事をしてみせる」
「.......」
「俺が、幸せにします。絶対。.......何かありますか?」
「.......な、なんで.......普通の、普通の、」
「まだ普通と言いますか.......。俺達の仕事も、俺達も、普通なんですよ」
「.......」
「葉月さんのこと、まだ受け止められませんか?」
「.......」
「.......あなたのそれはワガママだ。あなたの願望だ。あなたのエゴだ。あなたのための、呪いの言葉だ。葉月さんの事を考えて、きちんと向き合ってください」
「.......だ、だって、」
まだやるか。俺が座り直した時。
「これは、君の負けだな。香織」
リビングに入ってきたのは、背の高い男。
目元が葉月にそっくりだった。
「葉月、なかなかの名将を連れてきたな。完敗だろ、香織」
「.......宏樹さん、でも」
葉月のお父さんが席に着く。
「敗者が勝者に要求できる事など1つもない。私達の負け、彼らの勝ちだ」
「.......」
「葉月、父さん達の負けだ。だが、お前の言うことを全て信じている訳でもない。お前の仕事もまだ何も知らない。今でも、大学にいって普通の会社に入ることを勧める」
「お父さん、私」
「だが。私達は敗者だ。何も言えない。.......結果で示せ、逃げ道はない。いいな」
「当たり前ね。結果は必ず出すわ、それに逃げるなんて有り得ない。私が振り返る時は、私が死ぬ時よ」
2人が同じ顔をして見つめ合う。
お母さんの方はもう呆けてしまっていた。
「.......ここ、戦国武将の家?」
葉月の気の強さはお父さん譲りか。というか、気が強いと言うより時代を間違えている。
「ぶっ」
「へ?」
見ると、お母さんが笑っていた。
「.......そう言えば、お母さんは笑い上戸だったわね」
葉月が驚いたように言った。
「ぶ、武将.......」
まだ笑っている。.......なんだ。
「.......きっと楽しい家になるよ」
俺は席を立って、腰を折る。
「葉月さんをここまで育ててくれてありがとうございます。それから.......」
顔を上げるとお母さんもお父さんも俺を見ていた。
「ここからは俺が。任せてください」
「そうか」
お父さんが立ち上がって俺の前に立つ。
「娘が欲しいか」
「はい。1番欲しい、絶対に」
「そうか。.......また来なさい、それは別の勝負だ」
「負けません」
「.......タオルを持ってこよう。悪かったね」
お父さんがリビングを出ていって。
「あの、お母さん。もしよろしければ、ウチの店に来てください。和服も悪くないですよ」
紅茶に濡れた呉服屋の名刺を渡す。
「買い物ついでに、葉月さんの所に寄れるかも知れませんね、あくまで普通の買い物のついでで」
「.......」
名刺を机に置いて、お母さんは黙り込む。
「それから、別に大学は行って大丈夫です。葉月さんは頭もいいですし、学びたいなら行くべきだ」
「え? 行っていいの?」
葉月は目を見開いている。
「逆になんでダメなんだ? 兄貴だって大学に行ったし、俺も行けたら行くけど」
「.......はやとちりね、人は失敗を踏み越え生きていくのよ」
「やっぱり武将か.......」
お母さんの肩が震えていたのは、笑っていたからでは無いかもしれない。
そのあと、葉月の家を出て直接海に向かう。
もう夕方だった。
「和臣」
「なんだ? あ、コンビニで何か買う? お腹すいたもんな」
「ありがとう。.......好きよ」
耳も顔も真っ赤な葉月の唇が、俺の頬にとまる。
「.......お腹すいたわね。行きましょう」
手を引かれて葉月の後ろをついて行く。
やっぱり、ヒロインは俺らしい。
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