面談

 輝かないゴールデンウィークも後半になり、明日からは大規模な呪術のかけ直しが始まる。

 と言っても、俺達の隊の仕事は周りの整備や妖怪退治が基本だ。


「か、和臣!」


 バタンっとドアを開けて葉月が入ってくる。

 今はドアに札をはっていない。

 さすがに宿舎では中田さんも大人しいようだった。

 というか、優止もターゲットにされて攻撃が分散されている。持つべきは友だな。


「おお、急だな」


「どうしよう!?」


「何が?」


「さ、さっきから、携帯にすごい電話がきてて」


「お?」


「メールもすごいの! ここにいるってバレたんだわ!」


「.......親御さん?」


「どうしよう!?」


「.......メール、見せて」


 葉月から受け取った携帯には、通知が軽く百を超えたメールに、不在着信も数え切れないほど。


「.......」


 1番上のメールには、居ることは分かっている、帰れ、どこにいる、ずっと駅を見張ってるからな、と言う言葉の数々。


「こっわ」


「.......どうしよう?」


「うーん.......。この感じだとなぁ.......」


「.......手紙、1度も返事がないの」


「.......葉月が嫌なら、車で帰っちゃおうか。残りの仕事はやっとくから」


「.......でも」


「まだ時間が足りないだろ。ゆっくり伝えればいいよ」


「.......」


「じゃあ、花田さんに言って車を.......っうお!?」


 葉月の携帯が震える。画面には大きく、「水瀬 香織」とある。


「.......出るわ」


「え? 葉月、ちょっと!?」


「私が、和臣の前で逃げるなんてしないわ! 勝負よ! 」


 俺から携帯をひったくって葉月が電話に出る。

 なぜ俺の彼女はこんなに男前なのか。いや、漢前なのか。


「お母さん! 私よ!」


「は、葉月.......もうちょい優しく」


「今仕事中なの!」


「ああ.......そんな事言ったら.......」


「帰らない! 私はこれが普通なの! お願いだから受け入れてよ!」


「ああ.......」


「関係ないでしょ!?」


「葉月、優しく、優しく。落ち着いて」


「.......やってやろうじゃない!」


「ええ.......何を.......?」


 勢いよく携帯を切った葉月がぐるりと振り向く。


「和臣!」


「は、はい!」


「今から勝負にいくわ! 絶対に勝ってみせる!」


「.......落ち着いて.......」


 ピタリと葉月が止まる。

 急に眉を寄せて口をへの字に結ぶ。


「.......葉月」


「.......なに? 私なら勝てるわ、大丈夫。札だって沢山持ってるし、殴り合いになったら顎先を狙うわ」


「いや、そういう物騒なのはやめようよ.......。そうじゃなくて、俺も行っていい?」


「.......でも」


「役に立たないかもだけど.......隣りにいるって、どこだって葉月と一緒に行こうって、思うんだ」


「.......」


「ダメ?」


「.......来て。隣りにいて」


「おう、任せとけ!」


 そして、俺達は戦場に向かう。

 2人で仕事着の着物を来て、俺は手袋と指環まで持って、勝負に勝ちに行く。


「ふーーー。行くわよ」


 葉月が、インターホンを睨みつけ、一息に押す。

 大きな白い家の扉が、開いた。


「はーい。おかえりなさい」


 優しく笑って出迎えたのは、上品な美人奥様。


「ほら、葉月。家に入りなさい」


 どういう事だと葉月を見ると、小声で耳打ちされる。


「お母さんは世間体を何よりも気にするわ。家の外では穏やかな人を崩さないのよ」


「.......」


「あら? その子は?」


 俺はばっと頭を下げる。


「初めまして。葉月さんとお付き合いさせていただいています、七条和臣と申します!」


「あらあら、早く家に入ってくださいね」


 笑顔で招かれる。葉月のあとについて家に上がれば。


「さ、リビングへどうぞ」


「.......ウチのリビングは、防音なの」


 恐ろしくなってきた。


「さ、座って?」


 大人しく机に座って、葉月のお母さんと向かい合う。

 葉月が席に着いた瞬間。


「どこ行ってたの!? やっぱり1人暮しなんてさせるんじゃなかった!」


 きーーんと響く声で怒鳴り立てる。


「お母さん、話を聞いて」


「なんで普通にしてくれないの!? そんな格好で男とうろつくなんて! ご近所さんに見られたら!! 」


「.......これが私の仕事着よ。それに、和臣の隣りにいるのが私なの」


 葉月は感情を抑えて静かに話す。


「そもそもバイトなんて許してないっ! お金に困ってると思われるじゃない! 」


「.......バイトじゃないの。私が一生続ける仕事なの」


「何言ってるのよ!? あなたは大学をでて、普通に就職して、普通に結婚して、幸せになるのよ!」


「.......私の普通はそうじゃないの。それでも、私は幸せなのよ」


「今どき大学を出てないなんて有り得ない!! 早く現実を見なさい!」


「お母さんこそ、私を見て! ずっと普通の子じゃなかった私を受け入れてよ!」


「いやぁぁあ! いい加減にしなさいっ!! もう仕送りしないわよっ!!」


「それは今関係ないでしょ!? それに、この間全部仕送りは返したじゃない!」


「なんでっ! なんでお母さんの言うこと聞かないのよおおお!」


 とうとう泣き出した葉月のお母さんを見て、葉月が唇を噛む。俺も、少し限界に近かった。


「なんで、なんでっ!」


「お母さん、私の事、ゆっくりでいいから受け入れて。手紙でいいから、返事をして」


「なんでっ! 宏樹さんには、私の育て方が悪いって言われるっ! 普通に育てたのにっ! なんでっ!」


「.......お父さんにも、手紙を書くわ」


「あああっ! なんでよぉっ! 普通にしてよ、私の子供でしょおお!!」


 バンッと机を叩いたのは、俺だった。


「お母さん、葉月さんは、あなたときちんと向き合ってます。あなたも、きちんと向き合ってください」


「なんでこんな子連れてくるの! 普通の会社の、普通の人と幸せになってよぉお!!」


「.......俺は、普通に、なれませんが。葉月さんを、俺の普通にしたいんです」


「ああああ!」


 ばしゃんっ。とかけられたのは、お母さんが飲んでいた紅茶。


「和臣!」


「.......アイスティーで良かった。大丈夫、俺濡れるの慣れてるから」


 顔を拭って、しっかり葉月のお母さんを見る。


「お母さん、娘さんは、真っ直ぐで、かっこよくて、可愛くて、素敵な人です。これ以上なにが欲しいんですか?」


「あああっ!」


「和臣、もう帰りましょっ! こんな人もう知らないっ!」


「葉月、ダメだ。今日は勝ちに来たんだ。ここでは引けない」


「.......和臣?」


「俺は、もう引かない。もう黙っていない。もう葉月の事を悪く言わせない」


「.......和臣、あなた」


「お母さん、顔を上げてください。俺と話しましょう」


 椅子に座ったまま、両足を軽く開く。

 葉月のお母さんを見つめて、机の上で拳を握る。


「.......怒ってる?」


 負ける気など、微塵もない。

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